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30歳、売れない元バンドマン。ダンジョン配信のBGM係になったら、Sランク美女たちの攻撃と「神曲」がシンクロして世界中でバズった件  作者: 伊達ジン
第1章:爆音のプレリュード

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第28話 リミックス、融合する世代

 地鳴りのような咆哮と共に、新宿第3迷宮のゲートからスタンピードの第三波が溢れ出した。

 今度の敵は厄介だ。空を埋め尽くすほどの『ブラッド・ガーゴイル』の群れと、地上を地響きと共に進軍してくる巨大な『アーマー・ベア』の混成部隊。

 立体的な波状攻撃。通常の防衛陣形では、あっという間に上空から突破されてしまうだろう。


「ちょっとプロデューサー! 上から来るよ!」


 Z世代の天才DJ、アナスタシア――アーニャが、俺の隣でホログラムコンソールを操作しながら叫んだ。

 彼女は先ほどの「レチョンとレッドブル」の暴力的なカロリー摂取により、完全に魔力と体力を回復させている。


「分かってるわ! ナナさん、対空結界! ザーナは地上の熊どもを食い止めて!」

「任せろ!」

「ええ、私の舞で空を塞ぎます」


 坂本千夏の的確な指示のもと、パーティが動く。

 だが、この圧倒的な物量を捌き切るには、さらなる「爆発力」が必要だった。


「おいおじいちゃん! 私が合わせてあげるから、分かりやすいリフを弾きなよ!」


 アーニャがヘッドホンを片耳に当てながら、挑戦的な笑みを向けてきた。


「へいへい。なら、この泥臭いグルーヴについてこれるか?」


 俺はミキサーのイコライザーをいじり、ベースの低音域と高音域を極端に強調した。

 そして、太いE弦を親指で強く叩き、細いG弦を人差し指で引っ張り上げる。


 バチッ! ベンッ!


 パーカッシブな、打楽器のようなベース音が戦場に響く。

 BPM110。ファンクやディスコ・ミュージックで多用される、思わず首でリズムを取ってしまうような、跳ねるビートだ。


「……ッハ! 悪くないじゃん、そのアナログ音!」


 アーニャの青灰色の瞳が、獲物を見つけたように輝いた。

 彼女の指先が、虚空のホログラムパッドを高速で叩く。

 固有スキル【サンプリング・キャスト】。

 彼女は俺の弾いたスラップベースの生音をその場で「録音」し、瞬時に切り刻み、ピッチを変化させてループさせた。


「私のビートを乗せるよ! Drop it!」


 ズズンッ、タッ! ズズンッ、タッ!

 俺のアナログなベースラインの裏に、アーニャの作り出したTR-808風の重く沈み込むキックドラムと、チキチキと細かく刻むトラップ風のハイハットが重なる。

 フューチャー・ファンク。あるいはエレクトロ・スウィング。

 昭和・平成の泥臭い生楽器のウネりと、最新のデジタルネイティブなビートが、次元を超えて完璧に融合したのだ。


「うおっ……!」


 俺自身、その予想外の化学反応に鳥肌が立った。

 俺のスキル【音響共鳴】が、アーニャの魔力波形を取り込み、かつてない規模のバフとなってパーティ全員に降り注ぐ。


「……なんだか、体が羽みたいに軽いっ!」


 最前線にいた村上環が、驚愕の声を上げた。

 彼女の体がブレる。跳ねるようなファンクビートに乗った彼女のステップは、重力を無視しているように見えた。

 大剣『紅姫』が、ドラムのキックに合わせてアーマー・ベアの分厚い装甲をバターのように切り裂く。


「フフッ、最高のダンスミュージックね!」


 斉藤ナナが鉄扇を優雅に翻し、空中に不可視の音響結界を展開する。

 上空から急降下してきたガーゴイルたちが、結界に激突して次々と墜落していく。

 そこへ、千夏の二丁魔銃が火を噴く。


「サビ行くわよ、近藤さん、アーニャちゃん!」


 千夏の放つ魔弾が、シンコペーションのリズムで敵の眉間を的確に撃ち抜いていく。

 ザーナの盾が鳴らす金属音も、真生の罠解除の指パッチンも、すべてがこの巨大な楽曲のパーカッションとして機能していた。


「アーニャ! 4小節後にブレイクだ! そこでアンタの最大火力を叩き込め!」

「言われなくても! 私の『氷のドロップ』、見せてあげる!」


 俺はベースの弦をミュートし、一瞬の静寂を作った。

 アーニャが両手を高く掲げ、全ての魔力をコンソールに注ぎ込む。


 そして――。


 ガガァァァァァンッ!!!


 俺のフルテンの低音と、アーニャの極大の氷結魔法が完全に同期して炸裂した。

 絶対零度の嵐が戦場を吹き荒れ、残っていた数百体の魔物を一瞬にして美しい氷の彫像へと変えた。

 直後、その氷像たちは音響の共振によって、粉々に砕け散った。

 ダイヤモンドダストが朝日に照らされ、キラキラと輝きながら舞い散る。


『第三波、完全沈黙! スタンピードの兆候、消滅しました!』


 ギルドの指揮官からのアナウンスが響き渡った。

 長い、長い夜が明けたのだ。


「……はぁっ、はぁっ……」


 アーニャがホログラムを解除し、その場にぺたりと座り込んだ。


「どうだ、おじいちゃんと一緒に演るライブは」


 俺がベースを背負い直して近づくと、彼女は肩で息をしながら、ポツリと言った。


「……最高だった」


 彼女は顔を上げ、俺を真っ直ぐに見た。

 その瞳に、敵意や見下すような色はもうない。


「アナログの音って、なんかモッサリしてて嫌いだったけど……アンタの音は、生きてた。私のビートを、何倍にも大きくしてくれた。……悔しいけど、認めてあげる」

「そいつはどうも」

「だから……」


 アーニャはスニーカーのつま先を見つめ、モゴモゴと呟いた。


「私も、入れてよ。その『サウンド・オブ・ブレイブ』ってパーティに」

「おや、あんなにソロにこだわってたのに?」


 千夏がニヤニヤしながら歩み寄ってくる。環やザーナたちも、微笑ましく彼女を見下ろしていた。


「う、うるさいな! 一人でやるより、こっちの方が気持ちよく音を出せるって分かっただけだし! それに……」


 アーニャはチラッと俺を見た。


「この人が作るご飯、毎日食べられるんでしょ? だったら、割に合うかなって」

「結局そこかよ」


 俺は苦笑し、手を差し出した。


「歓迎するよ、天才DJ。これからは俺たちの音を、アンタのセンスで最高にリミックスしてくれ」

「……うん。よろしく、プロデューサー」


 アーニャが俺の手を握り返す。

 これで総勢7名。

 世代も国境も超えた、最強で最狂のバンドが、ここに完成した。


 昼前。

 泥のように疲労した俺たちは、世田谷の8億円のクランハウスへと帰還した。

 全員が限界寸前で、玄関の重い扉を開けるのも一苦労だ。


 だが、扉を開けた瞬間。


「クゥーン! クンクンクンッ!」


 短い尻尾をちぎれんばかりに振って、赤茶色の小さな毛玉が弾丸のように飛び出してきた。

 豆柴の『ファズ』だ。

 俺の靴紐にじゃれつき、クンクンと匂いを嗅ぎ、全身で「おかえり!」を表現している。


「ただいま、ファズ。お留守番偉かったな」


 俺がしゃがんで撫でてやると、ファズは嬉しそうに俺の手をペロペロと舐めた。


「……えっ。なに、これ」


 背後で、アーニャが硬直していた。

 彼女は目を丸くして、俺の足元で転げ回るファズを凝視している。


「あ、アーニャちゃんは初めてよね。うちの最年少メンバーで、番犬のファズよ」


 千夏が紹介すると、アーニャは恐る恐るファズに近づいた。

 ファズは新しい人間の匂いに気づき、トコトコとアーニャの足元へ歩み寄り、そのスニーカーの匂いを嗅いだ後、ポスンと彼女の足の甲に顎を乗せた。

 見上げるような、つぶらな黒い瞳。


「……ッッ!!」


 アーニャが音にならない悲鳴を上げた。

 そして、膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込み、震える手でファズのフワフワの背中を撫でた。


「な、なにこの生き物……温かい。柔らかい。尊い……っ! ロシアの犬はもっとデカくてゴツいのに、なんでこんなに丸いの……っ!」


 Z世代のクールな天才DJは、生後2ヶ月の豆柴の破壊力に瞬殺された。

 ファズが彼女の手を舐めると、アーニャは「あぁぁぁ……」と完全に限界オタクのような声を漏らし、床に突っ伏してしまった。


「さてと。人間たちのメシの前に、まずはファズのご飯だな」


 俺はキッチンへ向かった。

 昨夜から帰っていないので、ファズも腹ペコのはずだ。

 冷蔵庫から、犬用にストックしてある鶏胸肉を取り出す。

 小鍋でお湯を沸かし、胸肉を中までしっかりと茹で上げる。味付けは一切しない。

 茹で上がった肉を、熱いうちに細かく、ファズの小さな口でも食べやすいように手で裂いていく。

 さらに、茹でたニンジンとブロッコリーを極小のみじん切りにし、彩りと栄養をプラスする。


「クゥン、クゥーン……」


 鶏の茹で汁の甘い香りに釣られて、ファズが俺の足元でピョンピョンと跳ね始めた。

 待ちきれないようだ。


「待て待て、今冷ましてるからな」


 俺は仔犬用の高品質なドライフードを器に入れ、そこに栄養価の高いヤギミルクを少しだけ注いでふやかす。

 その上に、先ほど裂いた鶏胸肉と野菜をトッピングし、最後に冷ました鶏の茹で汁を少しかけて完成だ。


「よし、ファズ。おいで」


 俺がリビングの床にご飯の器を置くと、ファズは猛ダッシュで近づいてきた。

 だが、すぐには食べない。


「おすわり」


 ファズがちょこんと腰を下ろす。


「待て」


 短い尻尾が床をパタパタと叩いている。視線は完全に器の鶏肉に釘付けだ。鼻をヒクヒクさせ、口元からは少し涎が垂れそうになっている。


「……よし!」


 その合図と同時。

 ファズは器に顔を突っ込み、ハフッ、ハフッ、ハチャチャッ! と凄まじい勢いでご飯を食べ始めた。

 小さな三角の耳が、食べる動きに合わせてピコピコと動く。

 鶏肉の旨味とヤギミルクの甘さがたまらないのだろう。時折「ふんすっ」と鼻息を荒くしながら、無心で口を動かしている。


「……可愛すぎる。動画撮っていい?」


 アーニャがスマホを構え、地を這うようなアングルでファズの食事風景を激写し始めた。


「ほら、ゆっくり食えよ。誰も取らないから」


 俺が背中を撫でてやると、ファズはチラッとこちらを見て尻尾を振り、またすぐにご飯に夢中になった。

 あっという間に器が空になり、ファズはペロペロと最後まで皿を舐め回す。

 顔を上げると、鼻の頭に白いご飯粒が一つ、ちょこんとくっついていた。


「ブフッ」

「……なにそれ、あざとい。あざとすぎる……っ!」


 俺が吹き出し、アーニャが身悶えする。

 環や千夏たちも、そのあまりの可愛さに疲れを忘れて破顔していた。


 ファズは満足げに小さく「ゲプッ」とゲップをし、俺の足元でゴロンと仰向けに寝転がった。ポンポンに膨れたお腹を見せて、無防備に寝落ちしようとしている。

 

「……さて。じゃあ、次はお前らの番だな。何が食いたい?」


 俺がエプロンを締め直して振り返ると、リビングに転がる6人の美女たちが、一斉に俺を見た。


「「「肉!!」」」


 見事なユニゾンだった。

 やれやれ。俺の休日は、まだまだ遠そうである。

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