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30歳、売れない元バンドマン。ダンジョン配信のBGM係になったら、Sランク美女たちの攻撃と「神曲」がシンクロして世界中でバズった件  作者: 伊達ジン
第1章:爆音のプレリュード

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第23話 二日酔いの仙女と、筋肉痛の重騎士

 8億円のクランハウスでの新生活、記念すべき最初の朝。

 一階の広大なリビングは、野戦病院のような惨状を呈していた。


「……うぅぅ、頭が割れる……誰か、私の頭の中で銅鑼を鳴らすのをやめさせてくれ……」


 最高級のイタリア製本革ソファの上で、斉藤ナナが毛布にくるまりながら呻いている。

 昨夜の引っ越し祝いのハンバーガー・パーティの後、彼女は一人で新居のワインセラーを発見し、数本を空けて見事に轟沈したのだ。


「……いででででっ! 動かん! 私の広背筋と大腿四頭筋が悲鳴を上げている……!」


 そのソファの下、大理石の床の上では、ザーナ・ベリシャが巨大な海星のように大の字になってピクピクと痙攣していた。

 彼女は昨夜、新居の広さにテンションが上がりすぎた結果、防音のトレーニングルームで自分の大盾をベンチプレスの要領で何百回も持ち上げ、そのまま床で寝落ちして極度の筋肉痛に陥っていた。


「クゥ〜ン?」


 豆柴のファズが、床で痙攣するザーナの顔をペロペロと舐めているが、ザーナは首を動かすことすらできないらしい。


「お前らなぁ……Sランクの威厳はどこに置いてきたんだよ」


 俺はため息をつきながら、アイアンキッチンの前に立った。

 二階ではまだ環と千夏が寝ているし、地下の防音室では真生が死んだように眠っているはずだ。

 俺はこの手のかかる問題児たちのために、朝食兼治療薬を作ることにした。


「二日酔いと筋肉疲労か。なら、内臓から温めて血流を良くする『特製スパイス・スープカレー』だな」


 俺は巨大な鍋を用意し、多めの油を引いた。

 まずはホールスパイスのテンパリングだ。クミンシード、マスタードシード、カルダモン、クローブを油に入れ、弱火でじっくりと香りを引き出す。

 パチパチという音と共に、鮮烈で薬効感のあるスパイスの香りがキッチンに広がる。


 そこにみじん切りにしたニンニク、生姜、玉ねぎを加え、きつね色になるまで炒める。

 続いてパウダースパイス。コリアンダー、ターメリック、そして発汗作用を促すカイエンペッパー。

 トマトのざく切りと鶏の骨付き手羽元を投入し、たっぷりのチキンブイヨンで煮込んでいく。


「仕上げはこいつだ」


 俺は粗挽きのブラックペッパーを大量に投入し、さらにタマリンドペーストでキュッとした酸味を加えた。

 小麦粉を使わない、南インドの「ラッサム」に近いシャバシャバの薬膳カレーだ。

 スパイスの香気成分が空気中を漂い、リビングのゾンビ二匹の鼻腔をくすぐる。


「……なんだこの匂い。胃が、胃袋が強制的に目覚めようとしている……」

「……スパイシーな匂い……肉をよこせ……」


 ナナとザーナがゾンビのように這いずってきた。

 俺は深皿にターメリックライスを盛り、熱々のスープカレーをたっぷりとかけた。


「今日のペアリングはこれだ。二日酔いの脱水症状には最強の飲み物だぞ」


 グラスに注いだのは、真っ白な『ソルティ・ミント・ラッシー』。

 濃厚なヨーグルトに、岩塩とレモン果汁、そして叩いて香りを強めたフレッシュミントを混ぜ合わせたものだ。

 甘さは控えめで、塩気と酸味、ミントの清涼感が際立っている。


「ほら、食え。胃薬より効くぞ」


「「いただきます……」」


 二人はスプーンを握り、スープカレーを口に運んだ。

 その瞬間、二人の目が見開かれた。


「カハッ……! 辛い! でも美味い! ブラックペッパーの刺激で毛穴がぶわっと開く……!」

「タマリンドの酸味が最高だぜ……肉もホロホロに崩れる……!」


 ガツガツとカレーを掻き込み、辛さで息をついたところに、ソルティ・ミント・ラッシーを流し込む。

 ヨーグルトが胃粘膜を保護し、岩塩が失われたミネラルを補給し、ミントがアルコールで荒れた息をリフレッシュする。


「……ふぅ。生き返った」


 完食したナナが、顔に赤みを取り戻して満足げに息を吐いた。

 ザーナもカレーの効能で血行が良くなったのか、顔色は良い。だが。


「……美味かった。美味かったが、やはり筋肉が痛い。箸を持つ手も震えていたからな。誰か回復魔法を……」

「私の『精霊舞踏』は、踊らないと発動しない。そして今の私は踊りたくない」


 ナナが冷たく言い放つ。

 仕方がない。俺はベースを手に取り、小型のミキサーとアンプをザーナの元へ運んだ。


「髭、何をしようってんだ?」

「回復魔法の代わりだ。うつ伏せになれ。そしてこのアンプを、痛い背中の筋肉に密着させろ」

「はぁ?」


 ザーナは怪訝な顔をしながらも、言われた通りにうつ伏せになり、俺が背中に小型アンプを乗せた。

 俺はベースとミキサーを繋ぎ、エフェクターの『オクターバー』をオンにする。


「俺の【音響共鳴】の応用だ。超低周波の音波を筋肉に直接当てて、血流を爆発的に促進させ、乳酸を分解する。『音響マッサージ』だな」


 俺は一番太いE弦を、親指で弾いた。

 ボゥンッ……という、耳で聴くというより内臓で感じるような重低音が鳴り響く。

 アンプが激しく振動し、その震動がザーナの強靭な背筋に直接伝わる。


「……っ!? な、なんだこれ……筋肉の奥深くまで、波が……っ」

「どうだ? 効いてるか?」

「あ、ああ……っ。そこ、すごくいい……もっと、強く……っ」

「よし、BPMを上げるぞ」


 ズズズズズズッ! と連続して低音を叩き込む。

 ザーナがビクンビクンと体を震わせ、妖艶な声を上げ始めた。


「あっ、あぁんっ! 筋肉が、ほぐれていく……っ! はげしっ、激しすぎるぞ、髭ぇっ!」

「我慢しろ、乳酸が散ってる証拠だ」


 ――ガチャリ。


 その時、二階から降りてきた階段の扉が開いた。


「おはよう、近藤さん……って、え?」


 パジャマ姿の環と、その後ろで目をこすっている千夏が、リビングの光景を見てフリーズした。

 うつ伏せで変な声を上げる長身の美女と、その背中に謎の機械を押し当てて激しく腰を動かす男。


「ちょ、ちょっと近藤さん!? 朝からリビングでザーナに何やってるのよ!! ド変態!!」

「違う! これは音響マッサージだ!」

「言い訳しないで! ファズの教育に悪いからやめなさい!」


 環がクッションを投げつけてきて、リビングは朝から大騒ぎとなった。


 誤解を解くのに30分を要したが、音響マッサージの効果は絶大だった。

 完全に筋肉痛から回復したザーナは、革ジャンとデニムというワイルドな私服に着替え、リビングに現れた。


「よし、体が羽のように軽い! 絶好調だ!」


 ザーナはバンバンと自分の太腿を叩き、俺の首根っこを掴んだ。


「おい髭! お前のマッサージの腕前、見直したぞ! 今日はオフだろ? 私に付き合え!」

「は? 付き合うって、どこへ……うわっ!」


 ザーナは抵抗する俺を小脇に抱え、そのまま玄関へ向かって歩き出した。


「ちょっとザーナ! 近藤さんをどこへ連れて行く気よ!」

「デートだデート! 昼飯食ったら返してやるよ!」


 環の制止を振り切り、俺は豪邸の外へ連れ出された。

 ガレージの前に停まっていたのは、ザーナの愛車である漆黒の超大型アメリカンバイクだった。

 魔導エンジンを積んだ特注品らしく、車体には無骨なリベットが打ち込まれている。


「乗れ。しっかり掴まってろよ、振り落とされるからな」


 ザーナがバイクに跨り、エンジンをかける。

 ドゥルルルルンッ! という、腹の底に響くような野太い排気音。

 俺はため息をつきながら、その後ろのシートに跨った。身長差のせいで、俺の方が完全にザーナの背中に隠れる形になる。


「行くぞ!」


 ザーナがアクセルを捻ると、バイクは弾かれたように急加速した。

 強烈なGに耐えきれず、俺は慌てて彼女の引き締まったウエストに両腕を回してしがみついた。


「ばっ、バカ! スピード出しすぎだ!」

「ハハハハハ! 最高だろ! エンジンのビートを感じろ!」


 第三京浜を南下し、俺たちはあっという間に横浜方面へと向かった。

 ザーナの運転は荒っぽいが、不思議と安定感があった。彼女の体幹がブレないからだ。

 風を切り裂きながら走るうちに、俺も恐怖より爽快感が勝ってきた。


 やがてバイクは、海沿いのひらけた公園の駐車場に停まった。

 潮の香りが鼻をくすぐる。

 平日だからか人は少なく、東京湾の穏やかな波の音が聞こえてきた。


「……ふぅ。いい風だ」


 ザーナはヘルメットを脱ぎ、プラチナブロンドの長い髪をバサッと揺らした。

 自動販売機で買ってきた温かい缶コーヒーを、俺に投げてよこす。


「サンキュ」


 俺たちは防波堤に腰掛け、海を眺めた。


「お前、バイクの趣味があったんだな」

「ああ。コソボにいた頃からの相棒さ。戦場跡の荒れ地を走り抜けるには、これくらいのパワーが必要だったからな」


 ザーナは缶コーヒーを一口飲み、海を見つめた。

 その横顔は、ダンジョンで見せる戦闘狂の顔とも、今朝の騒がしい顔とも違い、どこか寂しげで穏やかだった。


「コソボは内陸国だからな。海はないんだ。だから、日本のこの広い海を見ると、なんか……心が落ち着くんだよ」

「平和だからか?」

「……平和すぎるくらいにな」


 彼女は自嘲気味に笑った。


「私は戦うことしか知らない。盾を構え、敵の攻撃を受け止め、殴り倒す。それだけが私の価値だ。……でも、日本のダンジョンで戦ってると、時々虚しくなることがあったんだ。私は何のために戦ってるんだろうってな」


 ザーナの青い瞳が、俺の方を向いた。


「でも、お前の『音』を聴いて、分かった気がする」

「俺の音?」

「ああ。お前のベースラインは、不思議なんだ。血を沸き立たせるほど激しいのに、心の奥底にある『恐怖』や『虚無感』を優しく包み込んでくれる。まるで、戦場にいるのに、安全な基地にいるような安心感がある」


 彼女は俺の隣に少しだけ距離を詰め、その大きな手で俺の肩をバンと叩いた。痛い。


「だから、私はお前になら完全に背中を預けられる。私がお前たちを守る。だから、お前はずっと私のために最高のBGMを鳴らし続けろ。約束だぞ、リーダー」


 ザーナの真っ直ぐな言葉。

 不器用だが、これ以上ないほどの最大級の賛辞と信頼だった。


「……ああ、任せとけ。アンタが盾を構える限り、俺の音は絶対に止まらない」


 俺が缶コーヒーを掲げて微笑むと、ザーナは嬉しそうにニカっと笑い、自分の缶をぶつけてきた。

 カチン、という軽い音が響く。


「よし! しんみりしたのは終わりだ! 腹が減ったな、髭!」

「俺はまだ朝のカレーが残ってるんだが……」

「関係ない! 中華街まで走るぞ! 海鮮だ、海鮮! あと豚まんも食う!」


 ザーナは立ち上がり、大きく伸びをした。

 その背中は広く、頼もしく、そしてどこまでも自由だった。


「帰ったら、また環たちに怒られそうだな……」

「ハッ、あいつらには豚まんの土産でも買って口塞いでおけばいいさ。行くぞ!」


 俺たちは再びバイクに跨った。

 エンジン音と潮風が混ざり合う中、ザーナの背中越しに見える景色は、どこまでも澄み切っていた。

 Sランクの重騎士との強引なデートは、悪くない……いや、むしろ最高の休日となった。

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