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30歳、売れない元バンドマン。ダンジョン配信のBGM係になったら、Sランク美女たちの攻撃と「神曲」がシンクロして世界中でバズった件  作者: 伊達ジン
第1章:爆音のプレリュード

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第20話 俺たちの価値は、俺たちが決める

 大手クラン【Noize】のマネージャー・木崎が、青ざめた顔で逃げ帰った後のこと。

 閉まった玄関ドアを見つめながら、俺のアパートには奇妙な静寂が落ちていた。


 俺はミキサーのフェーダーをいじり、手に持った安物のベースギターの弦を弾いた。

 ズゥン、という低音が、狭い部屋の空気を震わせる。


「……たく。せっかくの食後のいい気分が、安いノイズのせいで台無しだな」


 俺がそう言うと、怒りで肩を震わせていた村上環が、深く息を吐き出して俺を睨みつけた。


「近藤さん。なんで止めたの」

「止めるだろ。いくらムカつくからって、玄関先で魔銃を構えたり、大剣を抜こうとしたりするのは過剰防衛だ。傷害事件で捕まったら、それこそあいつらの思う壺だぞ」


 俺がたしなめると、ソファに座っていた坂本千夏が「チッ」と舌打ちをした。


「分かってるわよ。でも、あいつ……プロデューサーである私の前で、うちの『要』をただのオッサン呼ばわりしたのよ? あのまま撃ち抜いてやろうかと思ったわ」

「私もだ。私の背中を預けるに足る男を侮辱するとは、コソボなら即座に決闘だぞ」


 ザーナ・ベリシャが、ギリギリと拳を握りしめながら同調する。

 斉藤ナナは「酒が不味くなる」と鉄扇をパタパタと仰ぎ、太田真生に至っては「あの男の声、周波数が不快すぎます。鼓膜が腐りそうでした」と嫌悪感を隠そうともしない。


「……お前らなぁ」


 俺は苦笑して、ベースをスタンドに立てかけた。


「あいつの言うことも、世間の常識から見れば一理あるんだよ。俺は戦えないFランクで、歳も30だ。お前らみたいな、才能の塊みたいな若い連中が、俺の泥舟に乗ってるのは勿体ないって思う奴がいても不思議じゃない」

「そんなことない!」


 環が、弾かれたように声を上げた。

 彼女はツカツカと俺の前に歩み寄り、俺の胸ぐらを掴む勢いで見上げてきた。


「私の剣のスピードを、誰よりも理解して引き出してくれるのは貴方だけよ! 他の誰がどんなに洗練されたBGMを作ろうと、貴方の『音』じゃなきゃ、私の体は動かないの!」


 その瞳は、涙ぐんでいるようにすら見えた。

 怒りではない。俺が自分自身を卑下したことに対する、悲しさと歯痒さだ。


「そうよ、近藤さん」


 千夏も立ち上がり、腕を組んだ。


「私たちがNoizeなんかの誘いに乗るわけないじゃない。あそこの演出はペラペラで嘘くさいのよ。それに、私たちが欲しいのは『作られた完璧なステージ』じゃない。貴方がその場で鳴らす、泥臭くて熱い『生のグルーヴ』なの。……少しは自分の価値を自覚しなさいよ、この鈍感オヤジ」

「千夏の言う通りだぞ、髭。お前の飯と酒がなきゃ、私はもう戦えん」

「私は、店長の静かなベース音がないと外に出たくありません」


 ナナと真生も、それぞれの言葉で俺への依存……いや、信頼を口にする。


「……ハハッ」


 俺は、思わず声を出して笑ってしまった。

 バカバカしい。何を少し感傷的になっていたんだろうか。

 俺の目の前には、俺の音を、俺の作る飯を、世界で一番求めてくれる最高のメンバーが揃っているじゃないか。


「……悪かった。俺が間違ってたよ」


 俺は環の頭にポンと手を乗せた。彼女はビクッとしたが、振り払うことはしなかった。


「俺たちの価値は、世間や大手クランが決めるもんじゃない。俺たち自身が決めるんだ。俺たちが奏でる音が最高だっていうなら、それで十分だろ」

「……当たり前よ」


 環が少しだけ顔を赤らめ、そっぽを向いた。


「よし、空気の入れ替えは終わりだ!」


 俺は手を叩き、キッチンの方へと向き直った。


「さっきフォーを食ったばかりだが、感情を爆発させたせいでお前ら、腹減ったんじゃないか?」


 その言葉に、美女5人のお腹が、申し合わせたように「きゅるる……」と可愛らしい音を立てた。

 全員が一斉に顔を赤らめる。


「……怒ったら、カロリー消費したみたい」

「Sランクの燃費の悪さを舐めないでよね」


 環と千夏が言い訳をする。

 俺は冷蔵庫を開けた。


「今日の夕飯はもっと後にするつもりだったが、前倒しにしよう。あの野郎の顔を忘れるくらい、ガツンとパンチの効いた『肉』を食わせてやる」


 取り出したのは、巨大なタッパーに漬け込んでおいた牛肉の薄切りだ。


「今日のメインは『プルコギ』だ。韓国風の甘辛い焼肉だな。ただ醤油で炒めるだけじゃないぞ」


 俺はホットプレートをローテーブルの中央にセットし、準備を始めた。

 プルコギの味の決め手は、漬け込みのタレにある。

 醤油、砂糖、ごま油、たっぷりのすりおろしニンニクとネギ。そして、最も重要な隠し味。


「タレの中に、すりおろした『梨』と『リンゴ』をたっぷり入れてある。果物の酵素が肉のタンパク質を分解して、歯がいらないくらい柔らかくするんだ。自然な甘みとフルーティーな酸味も加わって、味が何層にも深くなる」


 熱したホットプレートに、タレごと肉を豪快に投入する。

 一緒に漬け込んでいた玉ねぎ、ニラ、ニンジンといった野菜も一緒に炒める。


 ジュウウウウウウウッ!!


 焦げる醤油とごま油、そしてニンニクの暴力的な香りが、部屋中に爆発的に広がった。

 換気扇を全開にしても追いつかないほどの白煙と匂い。

 これこそが、不快なノイズを完全に上書きする「最高のライブ」だ。


「うわぁ……! なにこれ、さっきまでお腹いっぱいだったはずなのに、胃袋が強制的に空けられる匂いがする!」

「肉! 肉だ! スパイスの効いた肉!」


 千夏とザーナが、箸を持って身を乗り出してくる。

 肉の色が変わり、タレが煮詰まって照りが出てきたところで、俺はホットプレートの温度を下げた。


「完成だ。サンチュとエゴマの葉を用意してある。ご飯に乗せてもいいし、葉っぱで肉と一緒にキムチや特製のサムジャンを包んで食ってくれ」


「「「いただきます!!」」」


 女性陣が一斉に箸を伸ばす。

 環はサンチュに肉を山盛りに乗せ、大きな口を開けて一口で放り込んだ。


「……んんっ!!」


 彼女の猫目が見開かれる。


「柔らかい……! 牛肉なのに、口の中でフワッて解ける! それに、ただ甘辛いだけじゃなくて、果物の爽やかな香りが後味をさっぱりさせてくれるわ!」

「エゴマの葉の独特の香りが、肉の脂と最高に合うわね。これ、無限に食べられるやつよ!」


 千夏も絶賛しながら、二つ目の肉包みを作成している。

 真生は無言で、どんぶり飯の上に肉をバウンドさせて一心不乱にかき込んでいる。


「待て待て、今日のペアリングはこれからだ」


 俺は冷蔵庫から、大きな紙パックを取り出した。

 グラスに注ぐと、真っ白な液体が波打つ。


「……牛乳?」


 ナナが怪訝そうな顔をした。

 酒飲みの彼女にとって、食事に牛乳を合わせるというのは予想外だったのだろう。


「ただの牛乳じゃない。牧場から取り寄せた、乳脂肪分4.5%の超濃厚なジャージー牛乳だ。キンキンに冷やしてある」


 俺は全員にグラスを配った。


「プルコギのタレの辛味と、ニンニクの刺激。それを、この冷たくて濃厚な牛乳で洗い流すんだ。牛乳のカゼインが辛味成分を和らげてくれるし、肉の旨味とミルクのコクが口の中で混ざり合うと、悪魔的な美味さになる」


「ほんとにぃ……?」


 半信半疑のナナが、プルコギを口いっぱいに頬張った後、冷たい牛乳を一口飲んだ。


「……ッ!!」


 ナナの動きが止まった。

 そして、信じられないものを見るような目でグラスを見つめた。


「……合う。なんだこれ、凄くマイルドになる。口の中の脂っこさがミルクの甘みでリセットされて、またすぐに濃い味の肉が欲しくなる……!」

「うわ、本当だ! 焼肉に牛乳って子供の飲み物かと思ったけど、このスパイシーなタレにはこれしかないってくらいベストマッチね!」


 千夏も牛乳を煽り、また肉に手を伸ばす。

 甘辛い熱々の肉と、冷たくて濃厚な牛乳。

 極端な温度差と味のコントラストが、無限の食欲を引き出していく。

 酒で流し込むのとは違う、どこか部活終わりのような健全なエモさ、それでいて背徳的な満足感がそこにはあった。


「……美味しい。すごく、落ち着きます」


 牛乳のグラスを両手で持ち、口の周りに白いヒゲを作った真生が、ふにゃりと笑った。

 俺は自分も牛乳をグラスに注ぎ、ホットプレートの前に座った。


「それじゃあ、改めて」


 俺がグラスを掲げると、4人のSランク、1人のAランクの美女たちが、一斉にグラスを合わせた。


「大手クランのクソみたいな提案を蹴り飛ばした、俺たちの『音』と『誇り』に」

「乾杯!」


 カチン、とガラスのぶつかる音が部屋に響く。

 

 俺の家は、相変わらず狭くて、機材だらけで、男の一人暮らしのむさ苦しさが漂っている。

 だが、今の俺には、どんな高級タワーマンションよりも、このテーブルを囲む時間が愛おしかった。


「おいオッサン、肉が足りないぞ! もっと焼け!」

「近藤さん、牛乳のおかわり!」

「はいはい、分かってるよ。今日は肉ならいくらでもあるから、心ゆくまで食え」


 俺は苦笑しながら、追加の肉をホットプレートに投入した。

 ジュウッという心地よい音と、弾けるような彼女たちの笑い声。

 それは、どんなBGMよりも最高のアンサンブルだった。


 俺たちの価値は、俺たちが決める。

 誰に何を言われようと、俺の鳴らすベースラインの上で、彼女たちは世界一輝くのだから。


 満腹になった俺たちは、明日からの新たなダンジョン攻略に向けて、さらに結束を強めていた。

 次なる舞台は、未知の領域。

 だが、この『サウンド・オブ・ブレイブ』の狂ったグルーヴなら、どんな敵が来ようと踊り明かせる気がしていた。

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