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30歳、売れない元バンドマン。ダンジョン配信のBGM係になったら、Sランク美女たちの攻撃と「神曲」がシンクロして世界中でバズった件  作者: 伊達ジン
第1章:爆音のプレリュード

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第18話 罠解除のリズム、彼女は指パッチンで道を開く

 新宿第3迷宮、第27階層の最深部。

 『機巧の回廊』を統べるボス、『クロックワーク・ガーディアン』が、重々しい金属音と共に立ち上がった。

 それは、四本腕を持つ巨大な機械仕掛けのケンタウロスだった。

 通常のボスと違うのは、部屋全体が彼の一部として機能していることだ。壁、床、天井、至る所に無数の銃眼や隠し刃、魔法陣が仕掛けられており、ボスが歯車を鳴らすたびに、部屋中から全方位の飽和攻撃が飛んでくる。

 力押しでは決して突破できない、初見殺しの要塞。


 ――だが、今の俺たちにとって、それはただの「ガラクタの山」に過ぎなかった。


「……五月蠅いです」


 パーティの最後尾。

 俺のすぐ隣に立つ太田真生が、気怠げに呟いた。

 彼女の目は半開きで、やる気は微塵も感じられない。だが、その手には音叉型の短剣が握られている。


 俺はミキサーのフェーダーを調整し、ベースの弦を優しく弾いた。

 今回の俺の役割は、前衛のテンションを上げることではない。

 真生の【絶対調律】を極限まで引き出すための、「静寂」を作ることだ。


 ボォォォン……。


 深く、どこまでも澄んだ低音のサイン波が広がる。

 環境音楽。

 俺の奏でるベースラインが、ダンジョン特有の不快な反響音や、機械の駆動ノイズをマスキングし、真生の耳にとって最適な「無響室」を作り出す。


「……うん、いい音です。これなら、クリアに視えます」


 真生が短剣の腹を指で弾く。

 チィィィン……という澄んだ音が、俺のベースの低音と美しく和音った。

 その瞬間、彼女の瞳に異質な光が宿る。

 彼女には見えているのだ。この空間に張り巡らされた、目に見えない罠の魔力回路が。歯車の噛み合う周波数が。


「右壁面、30度の角度。毒ガス噴射管の共振点……そこ」


 真生が指を鳴らす。

 パチン、と乾いた指パッチンの音が響いた。


 直後。

 右の壁の中で、「バキンッ!」という何かが破裂する音がした。

 ボスの号令で噴射されるはずだった毒ガスが、管の内部で逆流し、機能停止する。


「なっ……!?」

「今のは一体……?」


 前線で大剣を構えていた村上環と、魔銃を構えていた坂本千夏が驚愕の声を上げた。

 真生の指パッチンは、ただの音ではない。

 対象の物質や魔力が持つ「固有振動数」を完全に把握し、それと全く同じ周波数の音波を叩きつけることで、共振現象を引き起こして物理的に破壊する神業だ。


「次。床下、半径5メートルの転送魔法陣。魔力波形がBマイナーで不協和音。……うるさいから、黙って」


 パチン。

 再び指が鳴る。

 淡く光りかけていた床の魔法陣が、ガラスが割れるようにパリンと砕け散った。


「すげえ……」


 俺はベースを弾きながら、思わず感嘆の息を漏らした。

 彼女が指を鳴らすたびに、部屋中の凶悪なトラップが次々と無力化されていく。

 これまでは一歩進むごとに罠を警戒し、解除に数十分を費やしていたのが嘘のようだ。ダンジョンの攻略速度が、文字通り倍、いや10倍以上に跳ね上がっている。


「ガガ……ピピピピ……!」


 自慢の罠をすべて潰されたクロックワーク・ガーディアンが、混乱したような電子音を発した。

 四本の腕を振り回し、直接的な物理攻撃に切り替えて突進してくる。

 だが、ギミックを失った図体だけのボスなど、俺たちの前衛陣の敵ではない。


「ハッ! 罠がなけりゃ、ただのデカい案山子だぜ!」


 ザーナ・ベリシャが前に出る。

 彼女の巨大なタワーシールドが、ボスの剛腕を正面から受け止める。

 ズドォォン! という凄まじい衝撃音が響くが、ザーナは一歩も引かない。【反響防御】が衝撃を音波に変換し、逆にボスを怯ませる。


「環! 千夏! 今だ、やっちまえ!」

「言われなくても!」


 環が地面を蹴り、赤い閃光となって宙を舞う。

 後方からは、斉藤ナナが鉄扇を舞いながら【浄化の舞】で攻撃力上昇のバフをかける。


 ザーナが止め、千夏が魔弾で関節の装甲を撃ち抜き、ナナのバフを受けた環が大剣を叩き込む。

 完璧な連携。一切の淀みがない。

 真生が罠という「ノイズ」を消し去ってくれたおかげで、アタッカーたちは純粋な戦闘だけに集中できているのだ。


 ギャリィィィン!!


 環の【円月殺】が、ボスの動力源である胸の魔石を真っ二つに両断した。

 ガーディアンは機能を停止し、崩れ落ちて巨大な鉄屑の山へと変わった。


「……終了、ね。お疲れ様」


 千夏がドローンを回収しながら、眼鏡を押し上げる。

 戦闘時間はわずか3分。

 この階層の平均討伐時間が1時間であることを考えれば、異常なタイムだ。


「はぁ……終わりましたか。帰っていいですか」


 真生は短剣をしまい、その場にぺたりと座り込んだ。


「まだ帰らないわよ。ドロップ品の回収があるでしょ」

「私は荷物持ちじゃありません。それに……頭を使いすぎて、もう脳みそが限界です。糖分が足りません。餓死します」

「大袈裟ねぇ……」


 環が苦笑するが、真生の顔色は本当に青白かった。

 異常な集中力で空間内のすべての音を処理するのは、想像を絶するカロリーを消費するのだろう。

 俺はベースを背中に回し、バックパックから愛用の機材を取り出した。


「待たせたな。今日はアンタのために、とびきり冷たくて甘い特効薬を用意してきたぞ」

「……おやつ、ですか」


 真生の半開きの目が、ほんの少しだけ見開かれる。

 俺が取り出したのは、魔石駆動式のポータブル・アイスクリームメーカーだ。

 ダンジョンの最深部でこんなものを持ち歩いている探索者は、世界中探しても俺くらいだろう。


「今日のメニューは『ジェラート』だ。ただのアイスクリームじゃない、本場イタリア仕込みの空気を含んだ滑らかなやつだ」


 俺はクーラーボックスから、昨夜のうちに仕込んでおいたジェラートのベース液を取り出した。

 新鮮な牛乳、生クリーム、砂糖、そして今日の主役であるフレーバー。


「今回は『ピスタチオ』だ。シチリア産の最高級ピスタチオペーストを惜しみなく使っている」


 薄緑色のベース液をマシンに流し込み、スイッチを入れる。

 ウィィィン……という静かな駆動音と共に、内部のパドルが回転し始める。

 急速冷却されながら、適度な空気が練り込まれていく。この空気の含有量が、ジェラート特有の「ねっとりとした滑らかさ」を生み出すのだ。


「いい匂い……ナッツの香ばしい匂いがします」

「甘いものは別腹だぜ!」


 真生だけでなく、環やザーナ、ナナ、千夏もわらわらと集まってきた。

 さっきまで死闘を繰り広げていたSランク探索者たちが、アイスメーカーの周りで目を輝かせている図は、なんともシュールだ。


「ジェラートができるまで、ペアリングの飲み物を作ろう。今日の飲み物はこれだ」


 俺は別の水筒から、琥珀色のシロップを取り出した。


「『クラフト・レモネード』。単なるレモン汁と砂糖じゃない。レモンの皮と果汁に、蜂蜜、クローブ、カルダモン、シナモンを加えて一晩煮詰めた特製シロップだ」


 グラスに氷をたっぷりといれ、シロップを注ぐ。

 そこへ、強炭酸のミネラルウォーターを一気に注ぎ込んだ。

 シュワァァァッ! という爽快な音と共に、黄金色の泡が弾ける。

 柑橘系の爽やかな酸味に、スパイスの複雑でエキゾチックな香りが混ざり合い、それだけで喉が鳴るような香りが周囲に漂った。


「ピーッ、ピーッ」


 マシンの完了音が鳴った。

 蓋を開けると、そこには絹のようになめらかで、艶やかな薄緑色をしたジェラートが完成していた。


「できたぞ。特製ピスタチオジェラートだ」


 俺はディッシャーでジェラートを丸くすくい、冷やしておいたガラスの器に盛り付ける。

 最後に、ローストした砕きピスタチオを散らしてアクセントを加えた。

 全員にジェラートの器と、レモネードのグラスを手渡す。


「いただきます」


 真生が誰よりも早くスプーンを手に取り、ジェラートを口に運んだ。

 その瞬間、彼女の動きがピタリと止まる。


「……っ!」


 無表情だった顔に、じわじわと血色が戻っていく。


「なにこれ……凄く、なめらか。舌の上で溶けるっていうより、消えるみたい」

「空気を絶妙に含ませているからな。味はどうだ?」

「濃厚です。ピスタチオの豆の味がガツンと来て、生クリームのコクが後から追いかけてくる……。コンビニのアイスとは次元が違います」


 真生は夢中でスプーンを動かした。

 他のメンバーも同様だ。


「うわ、美味しい! ナッツの女王って言われるだけあるわね」

「このザクザクしたトッピングの食感も最高だぜ!」


 環やザーナも大絶賛だ。

 俺はニヤリと笑い、グラスを指差した。


「口の中が甘くなったら、そのレモネードで洗い流してくれ」


 真生がレモネードを一口飲む。

 炭酸の刺激と共に、彼女が小さく「あ」と声を漏らした。


「……すっきりします。レモンの酸味だけじゃなくて、スパイスの香りが奥深いから、ジェラートの濃厚なミルク感に負けてない」

「そうだ。ジェラートの『重さ』を、レモネードの『軽さ』と『酸味』がリセットしてくれる。これで、また無限にジェラートが食えるって寸法だ」


 濃厚と爽快の往復運動。

 疲労した脳髄に、極上の糖分とビタミンが染み渡っていく。

 真生の顔からは、先程までの「帰りたい」というオーラは完全に消え去り、代わりに至福の表情が浮かんでいた。


「……ふぅ。ごちそうさまでした。生き返りました」


 綺麗に空になった器を置き、真生はレモネードのストローを弄りながら言った。


「どうだ、俺の労働環境は。少しは気に入ったか?」


 俺が尋ねると、真生は少しだけ視線を逸らし、スウェットの袖を弄りながら答えた。


「……まあ、悪くないです。店長のベースの音があれば、耳も痛くないし」


 そして、彼女は俺を真っ直ぐに見て、今日初めての小さな、本当に小さな微笑みを浮かべた。


「明日も、このレベルのおやつが出るなら……定時までは、しっかり働いてあげます」

「言ったな? 俺のレパートリーはまだまだ底なしだぞ。覚悟しておけよ、天才スカウト」

「……楽しみにしています」


 塩対応の天才少女が、完全に俺の「音」と「飯」に陥落した瞬間だった。

 環が「ちょっと、近藤さんに甘えすぎじゃない?」と口を尖らせ、ザーナが「ハッハッハ、お前もすっかりこのパーティの虜だな!」と真生の頭を撫で回す。

 真生は「やめてください、髪が乱れます」と嫌がりながらも、本気で逃げようとはしなかった。


 これで、本当にピースは揃った。

 前衛、後衛、回復、索敵。そして、それらを束ねる俺の音楽。


 『サウンド・オブ・ブレイブ』は、今度こそ深層の壁を越える。


 俺は空になった器を片付けながら、明日からのさらに激しいセッションに向けて、心の中で静かにフェーダーを押し上げた。

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