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30歳、売れない元バンドマン。ダンジョン配信のBGM係になったら、Sランク美女たちの攻撃と「神曲」がシンクロして世界中でバズった件  作者: 伊達ジン
第1章:爆音のプレリュード

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第16話 深層への鍵、やる気のない天才スカウト

 『サウンド・オブ・ブレイブ』にSランクタンクのザーナ・ベリシャが加わり、俺たちの戦力は盤石になった――はずだった。


「――っ、またかよ!」


 ザーナの怒声が響く。

 新宿第3迷宮、第27階層『機巧の回廊』。

 迷路のように入り組んだ通路の壁から、無数の毒矢が発射されたのだ。


 ガガガガガッ!


 ザーナが巨大なタワーシールドを構え、矢の雨を受け止める。

 さすがは鉄壁の防御力。矢は盾に弾かれ、彼女自身には傷一つついていない。

 だが、問題はそこではない。


「おい! さっきから5メートル進むごとに罠が作動してるぞ! どうなってるんだ!」

「仕方ないでしょ、解除できないんだから!」


 後方で村上環が叫び返す。

 彼女もまた、床から飛び出した槍をギリギリで回避し、冷や汗をかいていた。


「私の『精霊舞踏』でも、無機質な罠の探知は専門外だぞ」


 斉藤ナナが鉄扇で矢を払い落としながらボヤく。

 そう、ここに来て俺たちのパーティの致命的な欠点が露呈していた。

 火力はある。防御もある。回復もある。指揮もある。

 だが――『罠を見つけ、解除する専門家』がいないのだ。


 これまでの浅層・中層は、罠の数も少なく、環の勘や俺の注意喚起でなんとかなっていた。

 しかし、深層に近づくにつれて、ダンジョンの殺意は跳ね上がる。

 特にこの『機巧の回廊』は、モンスターよりもトラップが主体のエリアだ。物理的な矢や槍だけでなく、転送魔法陣やガス噴射など、力押しではどうにもならない罠が満載されている。


「クソッ、イライラするな! 全部ぶっ壊して進むぞ!」

「待ってザーナ! 壁を壊すと天井が落ちる仕掛けになってるわ!」


 坂本千夏が慌てて止める。

 彼女のドローン先行偵察も、熱源感知が主であるため、冷たい機械仕掛けの罠までは見抜けない。


「……撤退しましょう。これ以上はリスクが高すぎます」


 俺は苦渋の決断を下した。

 BPMを落とし、撤退用の曲に切り替える。

 Sランクを3人も抱えておきながら、たかが「罠」ごときで足止めを食らうとは。

 ダンジョン攻略の奥深さを、俺たちは痛感させられた。


 地上に戻り、俺のアパートで作戦会議が開かれた。

 狭いリビングに美女4人とむさ苦しい男1人。人口密度が高い。


「……というわけで、スカウトよ。優秀な盗賊か、罠師が必要だわ」


 千夏がホワイトボードに『求ム! 罠解除のプロ』と書き殴る。


「でも千夏、普通のスカウトじゃ私たちの速度についてこれないわよ?」


 環がドーナツをかじりながら指摘する。

 もっともだ。

 俺たちのパーティは、俺のBGMによる高速戦闘が売りだ。足の遅いスカウトでは、戦闘中のお荷物になってしまう。

 Sランク級の戦闘速度に対応でき、かつ複雑な罠を一瞬で解除できる技術を持つ人材。

 そんな都合のいい人間が……。


「……いるのよ、一人だけ」


 千夏が眼鏡を光らせた。

 彼女はタブレットを操作し、一枚のプロフィール画面をモニターに映し出した。


『太田 真生』


 年齢:20歳。

 職業:Aランク探索者。

 特記事項:探索者ギルドの「罠解除成功率」歴代1位。


 写真には、色素の薄いボブヘアの少女が写っていた。

 ただし、その表情は死んでいる。

 半開きの目、猫背、そして「帰りたい」と顔に書いてあるようなアンニュイな雰囲気。


「Aランクの音響解析士……? 聞いたことないジョブだな」

「特殊職よ。彼女はね、音で『視る』の」


 千夏が説明する。

 真生は、空間の反響音や魔力のノイズを聞き分けることで、隠された罠の構造や敵の位置を完全に把握できるらしい。

 まさに、今の俺たちに必要な人材だ。


「でも、問題があってね」

「なんだ? 性格が悪いのか?」


 ザーナが身を乗り出す。


「性格というか……極度の『引きこもり』なの」

「は?」

「基本的に家から出ない。探索も気が向いた時しか行かない。依頼しても『だるい』『眠い』で断られる。ここ半年は稼働実績ゼロよ」


 千夏は肩をすくめた。


「才能はあるのに、やる気がマイナス方向に振り切れてるのよ。私も何度か声をかけたけど、インターホン越しに門前払いされたわ」

「……なるほど。難攻不落ってわけですか」


 俺は腕を組んだ。

 だが、他に選択肢はない。深層に進むには、彼女の力が必要だ。


「行きましょう。俺たちが直接」

「え、行くの? 迷惑がられるわよ?」

「迷惑上等です。それに、頑固な引きこもりを外に連れ出すのに、一番効く特効薬を知ってますから」


 俺はキッチンを見て、ニヤリと笑った。


 太田真生の自宅は、都内でも下町情緒が残るエリアの、築40年は経っていそうなボロアパートだった。

 壁には蔦が絡まり、錆びた階段がギシギシと音を立てる。

 Sランクパーティが訪れる場所ではない。


「うわ、なんか出そう……」


 環がドン引きしている。

 俺たちは2階の角部屋、201号室の前に立った。

 表札はない。ドアノブにはコンビニ袋がぶら下がっている。


 ピンポーン。

 千夏がインターホンを押す。

 反応なし。


 ピンポーン、ピンポーン。


 ……沈黙。


「留守か?」

「いえ、電気メーターが回ってます。いますよ」


 俺はドアに向かって声をかけた。


「太田真生さん。サウンド・オブ・ブレイブの坂本千夏と仲間たちです。お話があります」


 シーン。

 完全無視だ。

 ザーナが痺れを切らして、「私がドアを蹴破ってやろうか?」と物騒な提案をしてくる。


「待ってください。強硬手段は最終手段です。まずは……兵糧攻めだ」


 俺は持参したキャンプ用の大型クーラーボックスと、カセットコンロを取り出した。

 ここは角部屋で、玄関前には少し広めの共用スペースがある。

 換気扇の排気口は、すぐそこだ。


「ここで料理する気か? 正気か?」

「ええ。引きこもりの最大の弱点は『食生活』です。コンビニ飯ばかり食ってる人間に、家庭的かつ暴力的な匂いを嗅がせれば、本能がドアを開けさせる」


 俺は手際よく準備を始めた。

 今日のメニューは、手間がかかるが味は最強のイタリアン、『ラザニア』だ。


 まずはミートソースを作る。

 合い挽き肉を強火で炒め、脂が透明になるまでじっくりと火を通す。そこに香味野菜のみじん切りと赤ワインを投入し、アルコールを飛ばす。

 最後にホールトマトと、隠し味の味噌、そしてローリエを入れて煮込む。

 グツグツという音と共に、肉とトマトの濃厚な香りが廊下に充満し始める。


「いい匂い……」


 環とナナが喉を鳴らす。

 次にベシャメルソースだ。

 バターで小麦粉を炒め、牛乳を少しずつ加えて伸ばしていく。ダマにならないよう、丁寧に、根気よく。

 仕上げにナツメグとパルメザンチーズを加えることで、コクと深みを出す。


 そして、パスタ生地だ。

 市販の乾燥パスタではない。今朝打ってきたばかりの生パスタシートだ。

 モチモチとした食感と、小麦の香りが段違いだ。


「組み立てますよ」


 耐熱容器にバターを塗り、ミートソース、ベシャメルソース、パスタ、チーズの順に重ねていく。

 これを5層繰り返す。


 「ラザニア」とは「積層」の美学だ。何層にも重なった旨味が、口の中で一体となる瞬間こそが至高なのだ。


 俺は簡易オーブンに容器を入れ、加熱を開始した。


 ――15分後。


 チーン、という軽快な音が鳴った。

 蓋を開ける。


 ジュワアアアアア……ッ!


 焦げたチーズとトマトの香りが、爆発的に広がった。

 表面は狐色に焼け、端の方ではソースがグツグツと沸騰している。

 換気扇の排気口に、あえて匂いを送るように団扇で扇ぐ。


「……ゴクリ」


 千夏が唾を飲み込む音が聞こえた。

 その時だ。


 ガチャリ。

 鉄の扉が、ゆっくりと開いた。


 隙間から顔を出したのは、幽霊のように色の白い少女だった。

 ボサボサの髪。サイズの合わないスウェット。目の下には濃いクマがある。

 彼女は眠そうな目をこすりながら、鼻をヒクつかせた。


「……何、この匂い」


 その視線が、オーブンの中のラザニアに釘付けになる。


「こんばんは、太田さん。夕食のデリバリーです」


 俺は営業スマイルで言った。

 彼女は俺と、後ろに控える美女軍団を交互に見て、最後にまたラザニアを見た。

 葛藤している。警戒心と食欲が戦っている。


「……ピザ頼んでない」

「ピザじゃありません。特製ラザニアです。生パスタを使ってます」

「……いくら?」

「お代は結構。ただ、少しお話を聞いていただければ」


 彼女は数秒沈黙し、それからドアチェーンを外した。


「……入れば」


 勝った。

 俺たちは勝利のアイコンタクトを交わし、薄暗い部屋へと足を踏み入れた。


 部屋の中は、予想に反して整頓されていた。

 ただし、壁一面に吸音材が貼られ、窓は遮光カーテンで閉ざされている。

 部屋の中央には巨大なスピーカーと、複数のモニターが鎮座していた。

 典型的な「音響オタク」の部屋だ。


 俺はローテーブルに熱々のラザニアを置いた。

 真生は布団にくるまったまま、じっとそれを見つめている。


「飲み物はこれです」


 俺がクーラーボックスから出したのは、ガラスのジャグに入った赤い液体。


 『サングリア』だ。


 安い赤ワインに、オレンジ、レモン、リンゴ、そしてシナモンスティックを一晩漬け込み、最後に少しのブランデーと炭酸水を加えた自家製カクテル。


「……お酒?」

「ラザニアのような濃厚な料理には、果実味のあるサングリアが合います。チーズの塩気を、フルーティーな甘さが包み込んでくれる」


 グラスに注ぐと、ルビー色に輝く液体の中にフルーツが踊る。

 真生はおずおずとグラスを受け取り、一口飲んだ。


「……ん」


 彼女の目が少しだけ開いた。


「美味しい……。飲みやすい」

「でしょう? さあ、ラザニアも熱いうちに」


 俺が取り分けた皿を渡すと、彼女はフォークで層を突き崩した。

 とろりと溶け出すチーズとベシャメルソース。

 それを口に運ぶ。


「……っ」


 真生の動きが止まった。

 咀嚼するたびに、彼女の無表情な顔に、微かな紅潮が差していく。


「……これ、ヤバい」


 ボソリと呟く。


「コンビニのラザニアと全然違う……。パスタがモチモチで、ソースが肉々しくて……」

「生パスタですからね。それに、ミートソースには隠し味に味噌を使ってます。ご飯にも合うような、深いコクが出るんです」


 彼女は無言で食べ進めた。

 そのスピードが上がっていく。

 一口食べてはサングリアを飲み、口の中をリセットして、また濃厚な一口へ。

 止まらない。


 俺たちは彼女が完食するまで、静かに見守った。

 やがて、皿が綺麗になった頃、真生はふぅと息を吐き、満足げに腹をさすった。


「……ごちそうさま」

「お粗末様でした」


 俺は空いた皿を片付けながら、切り出した。


「さて、本題ですが……」

「断ります」


 真生は即答した。

 食後の余韻に浸りながらも、その声には拒絶の意志があった。


「ダンジョンはうるさいから嫌い。人も多いし、疲れるし。私はここ(部屋)で静かにしていたい」

「……音響解析士としての才能を腐らせるのは勿体無いと思いますが」

「才能なんてどうでもいい。働きたくない」


 筋金入りだ。

 千夏が困った顔をする。環やザーナは「力ずくで連れて行くか?」という顔をしている。

 だが、俺は気づいていた。

 部屋に入った時から、彼女の視線がチラチラと「ある一点」に向けられていることに。


「……太田さん。そのモニターに映ってる波形、何ですか?」


 俺は部屋の隅にあるPCモニターを指差した。

 そこには、複雑な音響解析ソフトが立ち上げられ、ある音声データの波形が表示されていた。


「これ……俺たちの配信動画の音声データですよね?」


 真生の肩がビクリと跳ねた。


「……別に。ただの分析」

「分析? アンタ、俺たちのファンなのか?」


 ザーナがニヤニヤしながら覗き込む。


「ち、違う! ただ……このベースの周波数が気になっただけ」


 真生は慌ててモニターを隠そうとしたが、俺は見逃さなかった。

 彼女は俺が流したBGMの低周波成分を解析し、それがどうやって環の生体リズムと同期しているのかを研究していたのだ。


「……気になりますか? 俺の音」

「……少しだけ」


 真生はバツが悪そうに唇を尖らせた。


「貴方の音、変なの。ただの音楽じゃなくて、魔力波形が乗ってる。どうやって共鳴させてるのか、理屈が分からない」

「理屈じゃありませんよ。感覚です」

「感覚……? そんな曖昧なもので、あんな完璧な同期ができるわけない」


 彼女は食い下がってきた。

 音響オタクとしての探究心が、引きこもりの殻を破り始めている。


「なら、確かめに来ませんか? 現場で」


 俺は畳み掛けた。


「俺の横で、俺が出す音を一番近くで解析できる特等席を用意しますよ。それに……」


 俺はニヤリと笑った。


「ダンジョン攻略中も、休憩のたびにこれくらい美味い飯を出します。アツアツのラザニアも、焼きたてのパンも、極上のスイーツも」

「……毎日?」

「ええ、毎日です。俺のレパートリーは尽きませんよ」


 真生の目が揺れた。

 未知の音への興味。そして、抗いがたい食欲。

 二つの欲望が、彼女の「働きたくない」という理性を侵食していく。


「……うるさくしない?」

「俺が制御します。不快なノイズは、俺のベースで消してやる」

「……すぐに帰れる?」

「定時退社を約束します。俺たちと組めば、攻略速度は倍になる。残業なしのホワイトな職場ですよ」


 真生は長い沈黙の後、小さくため息をついた。


「……分かった。少しだけ、手伝う」


 彼女は布団から這い出し、ボサボサの髪をかき上げた。


「その代わり、私の耳を満足させてくれなかったら、即帰るから」

「交渉成立ですね」


 俺は手を差し出した。

 真生はおずおずと、その小さく冷たい手で握り返してきた。


 こうして。

 やる気のない天才スカウトが、美味しいラザニアと好奇心に釣られて、重い腰を上げた。

 これで役者は揃った。

 俺たち『サウンド・オブ・ブレイブ』は、いよいよ深層という未知の領域へ踏み出すことになる。


 だがその前に、まずはこの薄暗い部屋から彼女を引っ張り出し、日光に当てるところから始めなければならないようだが。

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