第15話 長身美女たちの女子会
翌朝、午前9時。
都内某所にある俺のアパート――『サウンド・オブ・ブレイブ』の仮事務所兼、機材倉庫兼、俺の自宅のインターホンが、けたたましく鳴り響いた。
ピンポーン! ピンポーン!
ドンドン!
「開けろ、音柱! いるのは分かってるんだぞ!」
ドア越しに聞こえるハスキーボイス。そして扉を叩く暴力的な音。
近所迷惑だ。俺は慌てて玄関に向かい、鍵を開けた。
「……おはようございます、ザーナさん。ドアを壊すのは勘弁してください」
「遅い。Sランクを待たせるとは何事だ」
ドアを開けると、そこには仁王立ちするザーナ・ベリシャの姿があった。
今日の彼女は、昨日とは違うラフな格好だ。タンクトップにカーゴパンツ、そしてサングラス。
だが、その身長と、隠しきれない筋肉質な肢体、そして背中に背負った巨大なギターケースが、狭いアパートの廊下を完全に圧迫していた。
「入るぞ」
「どうぞ。狭いですが」
ザーナがズカズカと上がり込む。
そして、リビングに入った瞬間、彼女は鼻を鳴らした。
「……なんだ、先客か」
6畳ほどのリビングには、既に3人の女性が陣取っていた。
村上環、坂本千夏、そして斉藤ナナだ。
彼女たちはローテーブルを囲み、深刻な顔で会議……ではなく、朝からドーナツを食べていた。
「あら、本当に来たのね」
千夏がコーヒーカップを片手に、眼鏡の奥からザーナを見上げる。
「ようこそ、『サウンド・オブ・ブレイブ』の貧乏事務所へ。私がプロデューサーの坂本千夏よ」
「知っている。動画で見た顔だ」
ザーナは千夏には軽く頷いたが、その隣にいる環とナナには挑発的な視線を向けた。
「よお、昨日のチビ。二日酔いは治ったか?」
「ああん? 誰がチビだ、この電柱女」
ナナが即座に反応し、食べかけのオールドファッションを握りつぶす。
環もまた、無言で立ち上がり、俺を背に隠すように前に出た。
「……近藤さん。この人、不法侵入?」
「いえ、一応アポありです。昨日の夜、強引に取り付けられました」
「ふうん。……で、何の用?」
環が冷たい声で問う。
Sランク同士の睨み合い。
狭い部屋の空気が、ピリピリと帯電するような錯覚を覚える。
俺のアパートが物理的に爆発するのも時間の問題かもしれない。
「用件は昨日言った通りだ。私を雇え」
ザーナは空気を読まず、空いていたパイプ椅子にどっかりと座った。
長い脚を組み、不敵に笑う。
「お前たちのパーティには『壁』が足りない。私がその穴を埋めてやる。報酬は言い値でいい。条件は一つ、私が満足する『音』を提供し続けることだ」
「……随分と上から目線ね」
環が不快げに眉をひそめる。
「必要ないわ。私の剣があれば、防御なんていらない」
「ハッ、強がりだな剣姫。お前の戦い方は見てきたが、あれは『殺られる前に殺る』だけの特攻スタイルだ。格下相手ならいいが、深層の耐久力があるボス相手にはジリ貧になるぞ?」
ザーナの指摘は的確だった。
実際、これまでの苦戦は全て「守りの薄さ」に起因している。
「それに、お前もだ、踊り子」
矛先がナナに向けられる。
「お前の回復は強力だが、発動までにタイムラグがある。私が前線で時間を稼げば、お前はもっと優雅に舞えるはずだ」
「ぐっ……」
ナナが言葉に詰まる。
正論だ。タンクがいれば、アタッカーとヒーラーの負担は劇的に減る。
千夏がタブレットを操作しながら口を開いた。
「……戦力的なメリットは計り知れないわね。Sランクのタンクなんて、求人を出しても絶対に来ない人材よ」
「だろ? 賢いプロデューサーは話が早くて助かる」
「でもね」
千夏は眼鏡を押し上げた。
「チームワークはどうなの? 環とは相性最悪みたいだし、ナナとも喧嘩腰。連携が取れなきゃ意味がないわ」
「連携? そんなもの、音柱が繋げばいい」
ザーナが親指で俺を指した。
「音楽があれば、言葉はいらない。昨日の夜、こいつの選曲は私の魂に届いた。こいつが指揮するなら、私はお前らとも合わせてやれる」
全員の視線が俺に集中する。
責任重大だ。
俺は頭を掻きながら、ため息をついた。
「……まあ、戦力として欲しいのは事実です。性格に難はありますが」
「難があるのはお互い様でしょ」
千夏が苦笑する。
確かに。リズム音痴の剣姫、酒乱のダンサー、銭ゲバのP。そして今、戦闘狂のタンクが加わろうとしている。
まともな人間が一人もいない。
「分かりました。とりあえず、仮採用ということで」
「よし! 決まりだな!」
ザーナがバン! と手を叩いた。
「じゃあ、歓迎会だ! 酒を出せ、酒を!」
「……朝の9時ですよ?」
「関係ない。コソボでは契約成立=宴だ。ほら、私のとっておきを持ってきてやったぞ」
彼女は足元のバッグから、ボトルを数本取り出した。
見たことのないラベルの洋酒。そして、高級そうな赤ワイン。
「お、いい酒じゃんか」
ナナの目が輝く。チョロい。
環も「……まあ、Sランクが入ってくれるなら、お祝いは必要ね」と満更でもなさそうだ。
千夏に至っては「経費浮いたわ」と計算している。
結局、俺のアパートはなし崩し的に宴会場と化した。
「かんぱーい!」
4人の美女がグラスを合わせる。
俺はというと、キッチンに追いやられ、ひたすらツマミを作らされていた。
冷蔵庫の余り物で作った「無限ピーマン」や「チーズの味噌漬け」が、飛ぶように消えていく。
「おい髭! 次はもっと腹にたまるものがいいぞ!」
「私、麺が食べたいわ。近藤さんの作る麺料理、気になってたの」
ナナと環が勝手なリクエストを飛ばしてくる。
麺か。
俺は腕組みをして考えた。
現在時刻は11時。早めのランチには丁度いい。
そして、テーブルの上にはザーナが持ってきた高級な赤ワイン『ジュヴレ・シャンベルタン』が開けられている。
赤ワインに合う麺料理。
パスタ? いや、それでは普通すぎる。
俺はこの個性的なメンバーを唸らせるため、もっと攻撃的なメニューを選択することにした。
「……よし、ラーメンにしましょう」
「ラーメン?」
「赤ワインにラーメン? 合うのそれ?」
千夏が疑わしげな目を向ける。
俺はニヤリと笑った。
「普通のラーメンじゃ合いませんよ。でも、俺が作るのは『鴨とポルチーニの特製醤油ラーメン』です」
俺は冷蔵庫の奥から、とっておきの食材を取り出した。
合鴨のロース肉。そして乾燥ポルチーニ茸。
「まずはスープです」
寸胴鍋に、丸鶏とモミジ、そして香味野菜を入れて煮出す。
今回は強火で白濁させるのではなく、弱火でコトコトと煮出し、澄んだ清湯スープを取る。
そこに、水で戻したポルチーニ茸の戻し汁を加える。
途端に、キノコの芳醇で土っぽい香りがキッチンに立ち込めた。
「うわ、いい匂い……!」
「なんか高級フレンチみたいな香りがする」
女性陣がキッチンを覗き込む。
俺は別の小鍋で『鴨油』を作った。鴨の皮をじっくり炒め、脂を抽出する。そこに刻んだポルチーニ茸を入れ、香りを移す。
これが香味油だ。
「次にタレです。醤油は3種類ブレンドします。キレのある濃口、コクのある再仕込み、そして甘みのあるたまり醤油。そこに……」
俺はザーナの持ってきた赤ワインを少し拝借し、鍋に入れて煮切った。
アルコールを飛ばし、ブドウの酸味と渋みだけを残す。それを醤油ダレに合わせる。
「ワインにはワインを、です。これでスープとワインの架け橋を作ります」
トッピングの準備に取り掛かる。
鴨ロース肉は、皮目をパリッと焼いた後、醤油ダレと赤ワインで煮込み、余熱で火を通す。いわゆるコンフィのような状態だ。
それを薄くスライスすると、鮮やかなロゼ色の断面が現れた。
「エロいわね、その肉」
千夏がゴクリと喉を鳴らす。
俺は麺を茹で始めた。
今回の麺は、全粒粉入りの特注麺。香りが強く、ポルチーニの風味に負けない力強さがある。
茹で上がった麺を湯切りし、丼へ。
琥珀色に輝くスープを注ぎ、麺を整える。
その上に、鴨チャーシュー、焼きネギ、メンマ、そして彩りのクレソンを添える。
最後に、トリュフオイルを数滴垂らして完成だ。
「お待たせしました。どうぞ」
俺は4つの丼をテーブルに運んだ。
湯気と共に、醤油とポルチーニ、そしてトリュフの複雑な香りが爆発する。
「……美しい」
ザーナがほう、と息を漏らした。
彼女たちは箸を手に取り、まずはスープを一口啜る。
「……ッ!!」
全員の動きが止まった。
「な、何これ……! 深い! 鶏の旨味の後に、キノコの香りが押し寄せてくる!」
「醤油ラーメンなのに、まるでコンソメスープみたい……でも、しっかり和の味もするわ」
「麺が美味い! 小麦の香りがスープに負けてないぞ!」
ズルズルッ! という音が響き渡る。
Sランク美女たちが、頭を突き合わせてラーメンを啜る姿は壮観だ。
「ここで、ワインです」
俺は彼女たちのグラスに、赤ワインを注ぎ足した。
ザーナが麺を飲み込み、ワインを口に含む。
「……ハハッ! 最高だ!」
彼女はバンとテーブルを叩いた。
「合う! このスープの土の香りと鴨の脂が、ピノ・ノワールの酸味と完璧にマッチしている! まるで極上の鴨料理を食った後みたいだ」
「本当だわ……ラーメンの後味が、ワインで洗練されていく……」
「やばい、これ止まらないやつだ」
ラーメンを啜り、鴨肉を齧り、ワインを流し込む。
その無限ループに、全員が没頭していた。
俺も自分の分を食べながら、その光景を眺めた。
長身金髪のザーナ、スレンダーな環、小柄なナナ、そして赤毛の千夏。
タイプも国籍もバラバラな4人が、俺の作ったラーメンと、俺のアパートという狭い空間で一つの円を作っている。
不思議な一体感があった。
「……ねえ、近藤」
完食したザーナが、満足げに吐息を漏らしながら言った。
「お前の『音』だけじゃなく、『味』も気に入った。これなら私の背中を預けるに値する」
「そいつは良かった。胃袋を掴めばこっちのもんですね」
「フフン、調子に乗るなよ。……だが、悪くない」
彼女は頬杖をつき、少し酔った目で俺を見た。
「この狭い部屋も、案外落ち着くものだな。コソボのアジトを思い出す」
「私の部屋より居心地いいかもね。生活感があって」
環も同意するように頷く。
「おい髭、おかわりはないのか? 替え玉だ!」
「ご飯入れてリゾットにしましょうよ!」
ナナと千夏が騒ぎ出す。
俺はやれやれと立ち上がり、残ったスープにご飯とチーズを投入する準備を始めた。
俺の静かだった日常は、完全に崩壊した。
狭いアパートは、世界最強クラスの美女たちのたまり場と化してしまったらしい。
だが、窓から差し込む陽光と、彼女たちの笑い声に満ちたこの空間は、かつてのバンド時代の部室のような懐かしさを感じさせた。
俺たちは、まだ名前も決まったばかりの急造パーティだ。
不協和音だらけで、トラブルの予感しかしない。
けれど、こうして同じ釜の飯を食い、同じ酒を飲めば、どんなリズムだって合わせられる気がした。
「ほら、リゾットできましたよ。熱いから気をつけて」
「わーい!」
歓声が上がる。
俺はジャケットを脱ぎ、Tシャツ姿で鍋を振るった。
Sランクたちの饗宴は、まだまだ終わりそうになかった。




