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30歳、売れない元バンドマン。ダンジョン配信のBGM係になったら、Sランク美女たちの攻撃と「神曲」がシンクロして世界中でバズった件  作者: 伊達ジン
第1章:爆音のプレリュード

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14/50

第14話 コソボからの黒船、金髪の重戦車

 『腐食の森』攻略から数日後。


 俺と斉藤ナナは、浅草の『ホッピー通り』にいた。


 平日の昼下がりだというのに、通りは赤ら顔の呑兵衛たちで賑わっている。

 路面に並べられた簡易テーブルと丸椅子。煮込みの匂いと、ジョッキがぶつかり合う音。

 これ以上ないほど「昭和」な空間だ。


「……で、なんで俺たちはここで飲んでるんですか?」


 俺はジョッキの結露を指で拭いながら尋ねた。

 向かいに座るナナは、既にジョッキを半分ほど空け、至福の表情で煮込みを突っついている。


「親睦会だと言っただろう、リーダー」

「親睦会ねぇ……。環さんと千夏さんは誘わなくて良かったんですか?」

「あいつらは忙しそうだし、何よりこの空気感は分からんだろう」


 ナナは煮込みの大根を口に運び、熱っ、と声を上げた。

 今日の彼女は、いつものチャイナドレスではなく、ゆったりとした刺繍入りのスカジャンにデニムという、少しヤンチャな私服姿だ。

 長い黒髪を一本に縛り、ノーメイクに近い薄化粧。

 それでも隠しきれない美貌に、周囲のオヤジたちがチラチラと視線を送っているが、本人は気にする様子もない。


「それに、お前とは一度サシで飲みたかったんだ」

「光栄ですね。説教じゃなきゃいいんですが」

「バカ言え。礼だよ、礼」


 ナナはニカっと笑い、俺のジョッキに自分のジョッキをぶつけた。


「あの時のワルツ、良かったぞ。あんなに気持ちよく踊れたのは久しぶりだった」

「そいつはどうも」

「私な、実家が厳しいんだ。伝統芸能としての『舞』を叩き込まれて育った。型、型、型……息が詰まりそうだったよ」


 彼女は遠い目をした。

 Sランク『精霊舞踏家』。その華やかな称号の裏には、俺たちには想像できない重圧があるのだろう。


「だから反動で酒に溺れたのか?」

「うるさいな。……でも、お前の選曲には『自由』があった。型にはめ込むんじゃなくて、私の動きに合わせてくれる。まるで、即興のセッションみたいにな」

「元バンドマンですからね。ボーカルを気持ちよく歌わせるのがベースの仕事です」


 俺が言うと、ナナは嬉しそうに目を細めた。


「気に入った。やっぱりお前は私の専属になるべきだ」

「だから断りますって。……ほら、おかわりどうします?」

「黒ホッピー! 中多めで!」


 俺たちは飲み続けた。

 浅草から上野へ。アメ横を冷やかし、立ち飲み屋で串カツを食い、公園のベンチで缶ビールを開ける。

 傍から見れば、休日の昼間からイチャつくカップル……というよりは、悪友同士の飲み歩きだ。

 だが、その距離感は心地よかった。

 環の「独占欲」とも、千夏の「駆け引き」とも違う。

 もっとフラットで、対等な関係。


「……ふぅ。食った食った」


 日が傾きかけた頃、ナナが満足げに腹をさすった。


「さて、シメはどうする? ラーメンか?」

「いや、さすがに食いすぎでしょう。少し場所を変えませんか。美味い酒と、いい音楽がある店を知ってるんです」

「ほう? 髭のリーダーおすすめの店か。それは期待できるな」


 タクシーで向かったのは、六本木の路地裏にある老舗のロックバー『B-SIDE』だった。

 重厚な木の扉を開けると、紫煙とアルコール、そして年代物のスピーカーから流れるアナログレコードの音が俺たちを迎えた。

 

 店内は薄暗く、カウンターの奥には膨大な数のレコードが壁一面に並んでいる。

 客層は様々だが、皆一様に音楽を愛し、酒を愛する静かな熱気を帯びていた。


「へえ……渋い店」


 ナナが物珍しそうにキョロキョロしている。

 俺たちはカウンターの端に座り、マスターにバーボンを注文した。


「ここ、昔よく来てたんです。バンド解散して金がない時も、ここだけは逃げ場所だった」

「なるほどな。お前の『音』のルーツってわけか」


 流れている曲は、エリック・クラプトンの『Layla』。

 枯れたギターの音色が、酔った体に染み渡る。


 しばらく静かに飲んでいると、店の空気が変わった。

 入り口のドアベルが鳴り、一人の客が入ってきた瞬間だ。


 カツ、カツ、カツ……。

 ヒールの音が、リズムを刻むように響く。

 

 現れたのは、とてつもない存在感を放つ女性だった。

 身長は180センチを超えているだろうか。俺より高いかもしれない。

 輝くようなプラチナブロンドのロングヘア。

 彫りの深い顔立ちと、アイスブルーの鋭い瞳。

 服装は、露出度の高いメタリックなドレスに、ゴツいミリタリージャケットを羽織っている。

 そのアンバランスさが、彼女の野性味と美しさを際立たせていた。


「……デカいな」


 ナナが小声で呟く。

 その女性は迷うことなくカウンターの中央に進み、隣の客が座っていた席の背もたれに手を置いた。

 客が慌てて席を譲る。

 彼女は悠然と座り、マスターに指を一本立てた。


「ウォッカ。ストレートで。……あと、曲を変えて」


 ハスキーで、少し訛りのある日本語。

 彼女は懐から一枚のレコードを取り出し、カウンターに滑らせた。


「これをかけて。大音量でね」


 マスターが苦笑しながらレコードを受け取り、ターンテーブルに乗せる。

 針が落ちる。

 ノイズの後に流れてきたのは、重厚なベースラインと、攻撃的なラップ、そして民族音楽的な旋律が融合したミクスチャー・ロックだった。


「……ぬ?」


 俺は眉をひそめた。

 聞いたことがない曲だ。だが、凄まじい熱量を感じる。

 東欧のメロディラインに、西側のロックがぶつかり合っているような。


 金髪の女性はグラスを傾けながら、指先でリズムを刻み始めた。

 その指先が止まり、突然こちらを向いた。


「おい、そこの髭」


 目が合った。

 獲物を狙う猛禽類のような目だ。


「……俺ですか?」

「そうお前だ。お前、『音柱』だろ?」


 店内の客たちがざわめく。

 俺はサングラスの位置を直し、とぼけてみせた。


「人違いじゃないですかね。俺はただのしがない元バンドマンですよ」

「隠しても無駄だ。その死んだ魚のような目と、機材運びで鍛えられた独特の筋肉のつき方。動画で見たまんまだ」


 彼女はグラスを持って、俺たちの席まで移動してきた。

 近くで見ると、その迫力に圧倒される。

 香水ではなく、火薬と鉄の匂いが微かにした。


「私はザーナ。ザーナ・ベリシャ。Sランク探索者だ」

「……コソボの?」


 俺は思わず聞き返した。

 ザーナ・ベリシャ。海外から来日したSランクとして、最近ニュースになっていた名前だ。


 「鉄壁の歌姫」とか「戦場のディーヴァ」とか呼ばれていたはずだ。


「知ってるのか。光栄だな」


 ザーナはニヤリと笑い、俺の隣のナナを一瞥した。


「で、そっちのちんちくりんは誰だ? 新しい女か?」

「ちんちくりんだと……!?」


 ナナが眉を吊り上げて立ち上がる。

 一触即発の空気。

 俺は慌てて二人の間に割って入った。


「まあまあ、落ち着いて。彼女はチームメイトです。……で、Sランク様が俺に何の用です?」

「テストだよ」


 ザーナは俺の胸倉を掴み、強引に引き寄せた。

 顔が近い。青い瞳に自分の顔が映っている。


「お前の『音』が本物かどうか、試しに来た。ネットの評判なんて信じない。私は自分の耳と肌でしか納得しないタチなんでね」

「テストって……ここで戦う気ですか? 店が壊れますよ」

「戦わないさ。音楽の話をしよう」


 彼女は掴んでいた手を離し、今流れている曲を指差した。


「この曲、知ってるか?」

「……いや、初めて聴きますね」

「だろうな。これは私の故郷、コソボのアンダーグラウンドで流行っていた曲だ。戦火の中で、若者たちが瓦礫の下で叫んでいた怒りと希望の歌さ」


 ザーナは遠くを見るような目をした。


「お前の動画を見た時、私は懐かしさを感じたんだ。綺麗なだけのBGMじゃない。泥臭くて、必死で、生きるための音がそこにあった」

「……買い被りですよ」

「謙遜するな。そこでだ、音柱」


 ザーナはカウンターに肘をつき、挑発的な視線を送ってきた。


「お前は日本のロックしか知らないのか? それとも、世界の痛みを知ってるのか? ……私を満足させる選曲ができるか?」


 試されている。

 彼女は俺の音楽的な引き出しと、その奥にある「魂」を見ようとしているのだ。

 俺は少し考え、マスターに声をかけた。


「マスター、レコード棚見てもいいですか?」

「おう、好きにしな」


 俺は棚の前に立ち、指を走らせた。

 コソボ出身。戦火の記憶。そして、今の攻撃的なミクスチャー・ロック。

 彼女が求めているのは、ただ激しいだけの曲じゃない。

 「痛み」を共有し、それを力に変えるためのアンセムだ。


 俺の指が、一枚のレコードで止まった。

 90年代、グランジ・ブームの火付け役となったバンドのアルバム。

 ニルヴァーナではない。もっと重く、暗く、しかし底知れぬ力強さを持ったバンド。


「……これだ」


 俺はレコードをマスターに渡し、針を落としてもらった。

 重苦しいベースのイントロが始まる。


 『Alice in Chains』の『Rooster』。


 ベトナム戦争に行った父親の苦悩を描いた曲だが、その歌詞とメロディは、あらゆる「戦う者」の魂に響く普遍性を持っている。


「……ほう」


 ザーナが目を細めた。

 曲が進むにつれ、彼女の表情が変わっていく。

 挑発的な色が消え、静かな共感が広がっていく。

 サビの叫びのようなボーカルが響く頃には、彼女はグラスを握りしめ、微かに震えていた。


「……いい選曲だ」


 曲が終わると、ザーナは短く言った。


「派手なメタルで誤魔化すかと思ったが……まさか、こんな渋い球を投げてくるとはな」

「アンタの目を見て決めましたよ。戦うことに疲れてるけど、それでも戦場以外に居場所がない……そんな目をしていたから」


 俺が言うと、ザーナはハッとして、それから大きな声で笑った。


「ハハハ! 参ったな。私の心の内まで見透かすか、DJ」

「職業病ですよ」


 ザーナは立ち上がり、残ったウォッカを一気に飲み干した。


「合格だ、近藤菊雄。お前の音、気に入った」

「そいつは光栄です」

「私を雇え」

「……はい?」


 唐突な提案に、俺は耳を疑った。


「聞こえなかったか? 私を雇えと言ったんだ。お前たちのパーティ、『サウンド・オブ・ブレイブ』だっけか? そこに入れてもらおう」

「ちょ、ちょっと待ってください。Sランクの引き抜きなんて、そんな簡単には……」

「金の問題じゃない。私は私の背中を預けられる『音』を探していたんだ。お前なら、私の盾のリズムに合わせられる」


 ザーナは俺の肩をバンと叩いた。痛い。骨が軋む音がした。


「タンクがいないんだろ? 私がいれば、あのひ弱な剣士も、もっと自由に動けるはずだ」

「ひ弱とは聞き捨てならないな、デカ女」


 ナナが横から口を挟む。


「環は強いぞ。それに、お前が入ったら私の踊るスペースがなくなる」

「ハッ、チビは私の後ろに隠れてろ。最高の特等席を用意してやるよ」


 バチバチと火花が散る。

 Sランク同士のプライドのぶつかり合い。

 だが、ザーナの提案は魅力的だった。

 確かに、俺たちのパーティには「壁」がいない。環も千夏も回避型で、ナナは回復役だ。

 敵の攻撃を一手に引き受けるタンクがいれば、戦略の幅は劇的に広がる。


「……ボスとプロデューサーに相談しないと決められませんが」

「構わん。どうせ断らないさ。……明日の朝、事務所に行く。住所は特定済みだ」


 ザーナはウィンクをして、支払いを済ませることもなく店を出て行こうとした。

 そしてドアの前で振り返り、ニカっと笑った。


「楽しみにしてるぞ、マエストロ。私をどう『演奏』してくれるのか」


 ドアが閉まる。

 嵐が去った後のような静寂が、店に戻った。


「……とんでもないのを拾っちまったな」


 俺は頭を抱えた。

 ナナが呆れたように言った。


「お前、本当に変な女を引き寄せる才能があるな」

「嬉しくない才能ですよ」

「ま、いいんじゃないか? あいつ、口は悪いが腕は確かだぞ。コソボでの武勇伝は私も聞いてる」


 ナナは自分のグラスを掲げた。


「新しいトラブルに乾杯だ」

「……乾杯」


 俺たちはグラスを合わせた。

 剣姫、プロデューサー、酒乱のダンサー。そして今度は、金髪の重戦車。

 俺のパーティは、一体どこへ向かおうとしているのか。

 スピーカーから流れるブルースが、俺の未来を暗示するように、少しだけ切なく響いていた。

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