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30歳、売れない元バンドマン。ダンジョン配信のBGM係になったら、Sランク美女たちの攻撃と「神曲」がシンクロして世界中でバズった件  作者: 伊達ジン
第1章:爆音のプレリュード

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第13話 癒やしのワルツと鉄扇の舞

 『サウンド・オブ・ブレイブ』に新たなメンバーを迎えた翌日。


 俺たちは『新宿第3迷宮』の第20階層、『腐食の森』エリアを歩いていた。


「……あー、ダルい」


 最後尾を歩く斉藤ナナが、大きな欠伸をした。

 その足取りは重い。二日酔いなのか、それとも単にやる気がないのか。

 今日の彼女は、いつもの漢服風ドレスではなく、動きやすさを重視したスリット入りのチャイナドレスに、レギンスを合わせたスタイルだ。

 腰には武器である一対の鉄扇がぶら下がっている。


「ちょっとナナさん、シャキッとしてくださいよ。撮影中ですよ」


 プロデューサーの坂本千夏が、ドローンを操作しながら注意する。

 だが、ナナはどこ吹く風だ。


「うるさいなぁ。まだ敵もいないだろ。……おい髭の店主、迎え酒はないのか?」

「ありませんよ。あと店主じゃなくてリーダーです」


 俺はミキサーの調整をしながら答えた。

 この階層は厄介だ。空気中に微弱な毒素が漂っており、長時間滞在するだけで体力が削られていく。

 まさに、ヒーラーのテストにはうってつけの環境と言える。


「……来るわ」


 先頭を歩く村上環が足を止めた。

 彼女の視線の先、鬱蒼とした森の奥から、ブブンという不快な羽音が響いてくる。


 現れたのは『ベノム・モス』の大群。

 翼長1メートルほどの巨大な蛾だ。その鱗粉には強力な麻痺毒と腐食毒が含まれている。


「数は20……いや、30体以上!」

「チッ、多いわね!」


 千夏が魔銃を構え、牽制射撃を開始する。

 環も大剣『紅姫』を抜き、迎撃態勢に入った。


「近藤、曲!」

「了解!」


 俺は即座にBGMをスタートさせた。

 選んだのはアップテンポなロックナンバー。

 環の動きが加速する。鋭い踏み込みからの斬撃で、数匹の蛾が宙を舞う。


 だが、相性が悪かった。

 斬られた蛾が爆散し、周囲に高濃度の毒鱗粉を撒き散らしたのだ。


「ぐっ……!」


 環が袖で口元を覆い、後退する。

 肌が焼けるような音がして、戦闘スーツの一部が変色している。

 千夏もドローンの操作に集中するあまり、回避が遅れて鱗粉を浴びてしまった。


「しまっ……体が、痺れる……!」


 千夏が膝をつく。

 麻痺毒だ。これでは満足に動けない。

 敵はまだ20体以上残っている。このままでは、動けなくなったところを集団で食い荒らされる。


「……おい、新入り!」


 俺は叫んだ。

 後方で気怠げに爪を眺めていたナナに向かって。


「仕事の時間だ! その酒焼けした喉で、毒を吹き飛ばしてくれ!」

「人使いが荒いな、髭」


 ナナはふぅ、とため息をつくと、腰の鉄扇を抜き放った。

 ジャキン! という金属音が響く。

 彼女の雰囲気が一変した。

 纏っていた倦怠感が消え、代わりに鋭利な刃物のような殺気が立ち昇る。


「曲を変えろ。こんな騒がしいロックじゃ、私のステップは踏めない」

「注文が多いな……! どんなのがいい!?」

「ゆったりとした、3拍子だ。……私を酔わせるようなやつを頼む」


 3拍子。ワルツか。

 俺は脳内のプレイリストを高速で検索する。

 毒の沼地、舞う蛾、そして鉄扇の美女。

 この状況にハマる曲。


「……あるぞ、とっておきが」


 俺はクロスフェーダーを切り、曲を繋いだ。

 激しいドラムビートがフェードアウトし、代わりにピアノの旋律が静かに流れ出す。

 

 タン、タ、タ。タン、タ、タ。

 重厚なストリングスが重なり、壮大なワルツが森に響き渡る。

 タイトルは『Moonlight Serenade(月光の小夜曲)』。

 優雅で、どこか悲哀を帯びたメロディ。


「……ふふ、悪くない選曲だ」


 ナナが口元を緩め、鉄扇を開いた。

 その瞬間、彼女の体がふわりと浮いたように見えた。


 固有スキル【精霊舞踏】。

 舞うことで精霊の力を借り受け、奇跡を起こすSランクの異能。


「――舞え」


 ナナがステップを踏んだ。

 イチ、ニ、サン。イチ、ニ、サン。

 ワルツのリズムに合わせ、鉄扇が優雅な弧を描く。

 その動きは戦闘というより、演舞だった。

 しかし、その効果は劇的だった。


 彼女の周囲に、青白い光の粒子が発生する。

 それは音楽の波形に乗って広がり、毒の霧を中和していく。


「体が……軽くなる?」


 環が驚きの声を上げた。

 麻痺していた手足に力が戻り、腐食した皮膚が再生していく。

 ただの回復魔法ではない。

 状態異常の解除、そして全ステータス上昇まで付与されている。


「すっげ……何これ、温泉に入ったみたい」


 千夏も立ち上がり、魔銃を構え直した。

 ナナの舞は続く。

 彼女が回転するたびに、鉄扇からカマイタチのような風が発生し、近づこうとする蛾を切り刻む。

 攻防一体。

 回復しながら敵を殲滅する、理不尽なまでの強さ。


「環、千夏! 今だ、反撃しろ!」

「了解!」


 全快した二人が飛び出す。

 毒を恐れる必要はない。ナナの光が俺たちを守っている。

 俺はボリュームを上げた。

 ストリングスの高まりに合わせて、戦場が美しい舞踏会場へと変わっていく。


 ――数分後。


 最後の蛾が地面に落ち、戦闘は終了した。

 怪我人はゼロ。ポーションの消費もゼロだ。


「……ふぅ」


 ナナが鉄扇を閉じ、最後のポーズを決めた。

 額にうっすらと汗が滲んでいるが、息は乱れていない。


「どうだ、髭。私の舞は」

「……最高でしたよ。鳥肌が立った」


 俺は素直に称賛した。

 リズム感も完璧だった。俺の意図した「タメ」や「キメ」を完全に理解し、それに合わせて動いていた。

 彼女もまた、環とは違うベクトルでの天才だ。


「フン、当たり前だ」


 ナナは鼻を鳴らしたが、その表情は少し満足げだった。


 戦闘後のセーフティゾーン。

 俺たちは昼食休憩を取ることにした。

 大仕事を終えたナナは、再びソファに沈み込み、エネルギー切れを起こしていた。


「腹減った……。魔力使いすぎた……」

「そうでしょうね。あれだけの広範囲回復、カロリー消費も半端ないはずです」


 俺は手際よく調理器具を展開した。

 今日のメニューは決めてある。

 疲労困憊の彼女に活力を注入し、さらに俺たちの「仲間」として完全に陥落させるための必殺メニューだ。


「今日はインドネシア料理です」

「インドネシア……?」

「ええ。『ナシゴレン』。向こうの焼き飯ですね」


 俺は中華鍋を熱し、多めの油を引いた。

 まずは具材だ。細かく刻んだニンニクとエシャロット、そしてプリプリのむき海老と鶏肉を投入する。

 ジャッ!! という小気味よい音が洞窟に響く。


「香りのベースはこれです。『テラシ』。海老を発酵させたペーストですね」


 独特の、強烈な磯の香りが立ち込める。

 好き嫌いが分かれる匂いだが、これが火を通すと爆発的な旨味に変わるのだ。


「うわ、なんかクセのある匂い……でも、食欲そそるかも」


 環が興味津々で覗き込んでくる。

 具材に火が通ったら、冷やご飯を投入。強火で煽りながら、調味料を加えていく。


 ケチャップマニス、サンバル、そして塩コショウ。

 鍋肌から焦げる醤油の香りと、唐辛子の刺激臭が混ざり合い、暴力的なまでの「飯テロ」空間が出来上がる。


「仕上げだ」


 俺は別のフライパンで、多めの油で揚げるようにして目玉焼きを作った。

 白身の縁がカリカリに焦げ、黄身は半熟。これがナシゴレンの王冠だ。


 皿に茶色く輝く焼き飯を盛り、その上に目玉焼きを乗せる。

 脇にはキュウリとトマトのスライス、そして『クルプック』を添えて完成だ。


「どうぞ。特製ナシゴレンです」


 俺はナナの前に皿を置いた。

 彼女はゾンビのように起き上がり、スプーンを掴んだ。


「……いただきます」


 黄身をスプーンで崩し、トロリと流れた部分をご飯に絡めて口に運ぶ。


「んぐっ……!」


 ナナの目がカッと見開かれた。


「あまじょっぱい……! なにこれ、濃厚! 海老の香りがガツンと来て、後から唐辛子が追いかけてくる!」

「ケチャップマニスのコクですね。日本のチャーハンとは違う、南国のパンチ力です」

「美味い! 酒が欲しくなる味だ!」


 ナナはガツガツとかき込み始めた。

 環と千夏も「美味しい!」と声を上げている。


「で、今日のペアリングはこれです」


 俺がクーラーボックスから取り出したのは、ガラス瓶に入った黒い液体。


 『コカ・コーラ』だ。


 もちろん、瓶のままでキンキンに冷やしてある。


「……コーラ?」

「ナシゴレンのような濃厚でオイリーな料理には、ビールもいいですが、コーラが最強なんです。強めの炭酸と、あの独特の甘さが、口の中の脂を洗い流してリセットしてくれる」


 栓抜きでシュポッ! と蓋を開け、ナナに渡す。

 彼女は疑わしげに見つつも、瓶に口をつけて煽った。


 ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ……ぷはぁっ!


「――最高かよ」


 ナナが天を仰いだ。

 炭酸の刺激が喉を駆け抜け、スパイスで熱くなった体を内側からクールダウンさせる。

 そしてまた、濃厚なナシゴレンが恋しくなる。

 無限ループの完成だ。


「お前、本当にいい性格してるな。こんな中毒性のある組み合わせ……」

「お気に召しましたか?」

「ああ、認めてやるよ。お前の飯と、さっきの選曲」


 ナナはスプーンを置き、真剣な眼差しで俺を見た。


「あのワルツ、踊りやすかったぞ。私の呼吸に合わせてテンポを揺らしていただろ?」

「気づきましたか。ダンサーの呼吸を読むのは、バックバンドの基本ですから」

「フン、生意気な」


 彼女は口元のソースを拭い、ニヤリと笑った。


「合格だ、髭のリーダー。約束通り、しばらくはこのパーティの『音』に合わせて踊ってやる」

「それはどうも。頼りにしてますよ、仙女様」


 俺たちは握手を交わした。

 その様子を見て、千夏が「よしっ!」とガッツポーズをし、環も安心したように胸を撫で下ろしている。


 これで、懸案だった回復役が確保できた。

 しかもSランクの超大物だ。

 火力、演出、指揮、そして回復。

 全てのピースが揃った。


「よし、食ったら出発だ! 今日はもっと深くまで潜るぞ!」

「えー、食べた直後に動くのー?」

「太りますよ、ナナさん」

「うるさい! 消費するからいいんだよ!」


 騒がしい声が洞窟に響く。


 『サウンド・オブ・ブレイブ』の演奏は、ここからさらにボリュームを上げていくことになるだろう。


 俺は空になったコーラの瓶を片付けながら、次の曲の構想を練り始めた。

 この個性的なメンバー全員が輝くような、最高のシンフォニーを。

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