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30歳、売れない元バンドマン。ダンジョン配信のBGM係になったら、Sランク美女たちの攻撃と「神曲」がシンクロして世界中でバズった件  作者: 伊達ジン
第1章:爆音のプレリュード

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第11話 回復役がいない問題

 『サウンド・オブ・ブレイブ』が結成されてから数週間。


 俺たちの快進撃は続いていた。

 同接数はアベレージで10万人を超え、動画の再生回数は右肩上がり。スポンサー契約の話も舞い込み、順風満帆に見えた。


 ――しかし。


 現場の空気は、それほど明るいものではなかった。


「……ッ、くぅ!」


 新宿第3迷宮、第22階層。

 村上環が苦悶の声を漏らし、バックステップで距離を取る。

 彼女の左腕がだらりと下がっている。

 対峙しているのは『アーマード・リザード』の群れ。硬い鱗と、酸を吐く厄介な敵だ。


「環、無理しないで! ポーション使うわよ!」


 後方から坂本千夏が叫び、腰のポーチから小瓶を取り出して投げる。

 環はそれを空中でキャッチし、不器用に蓋を開けて一気に煽った。

 傷が塞がっていく。だが、その表情は晴れない。


「……味が最悪」

「文句言わないの。高級品なんだから」


 ポーションは即効性があるが、連続使用すると効果が薄れるし、何より「ポーション酔い」と呼ばれる倦怠感を引き起こす。

 今の環の動きが鈍っているのは、疲労だけが原因ではない。


「近藤さん、BPM落として! 環の心拍数が限界近いわ!」

「了解!」


 俺はミキサーを操作し、激しいロックから、少しテンポを落としたレゲエ調の曲にクロスフェードさせた。

 ゆったりとした裏打ちのリズムが、戦場の空気を弛緩させる。

 環はその隙に呼吸を整え、再び大剣を構えた。


 戦闘終了後。

 セーフティゾーンに戻った俺たちは、重苦しい沈黙に包まれていた。


「……限界ね」


 千夏がタブレットのデータを睨みながら言った。


「火力が足りないわけじゃない。防御だって、環の回避能力なら問題ないはず。でも、長期戦になるとジリ貧になるわ」

「回復役がいないからですね」


 俺が指摘すると、二人は同時に頷いた。

 今のパーティ構成は、近接アタッカー、遠距離アタッカー兼司令塔、バッファーの3人。

 攻撃力はSランク級だが、継戦能力が致命的に低い。

 ポーションだけでは、深層の長時間探索には耐えられないのだ。


「募集はかけてるんでしょう?」

「ええ。Aランク以上のヒーラー限定でね。応募は殺到してるわよ。『あの音柱のパーティなら無償でも入りたい』って奇特な子もいたわ」


 千夏はため息をつき、首を振った。


「でも、全員不合格」

「不合格?」

「ええ。……リズムに乗れないのよ」


 それが最大の問題だった。

 俺のスキル【音響共鳴】は、パーティメンバー全員の心拍と魔力波形を音楽に同期させることで真価を発揮する。

 だが、これは諸刃の剣だ。

 音楽のセンスがない人間、あるいはリズム感の悪い人間がこの環境に入ると、逆に船酔いのような状態になって動けなくなってしまうのだ。


「環はリズム感ないけど、私の音に全幅の信頼を置いて委ねてくれるから成立してる。千夏さんは元々勘がいい。でも、他の連中は……」

「自分の詠唱リズムとBGMが喧嘩して、魔法が暴発するか、頭痛で倒れるか。……昨日のテスト生なんて、イントロ聴いただけで吐いてたわ」


 千夏がお手上げのポーズをする。

 俺たちのパーティに必要なのは、ただ回復魔法が使える人材ではない。

 激しいビートの中でも平然としていられる、あるいはその音を乗りこなせる「音楽的な才能」を持ったヒーラーでなければならないのだ。


「そんな人材、どこにいるのよ……」


 環が疲れ切った顔で天井を仰いだ。

 俺たちの「音」についてこれる回復役。

 それは、砂漠でダイヤモンドを探すような作業に思えた。


 翌日。

 探索は休みになった。

 連戦の疲労を抜くためと、これ以上の無理は危険だという千夏の判断だ。


 俺は久しぶりに昼まで泥のように眠り、溜まっていた洗濯物を片付けていた。

 そこへ、スマホが震えた。

 着信画面には『ボス』の文字。


「……はい、もしもし」

『今すぐ銀座に来て』

「はい?」

『4丁目交差点。30分以内ね。遅れたら罰金』

「ちょ、待っ……」


 プツン。

 一方的に通話が切れた。

 俺はスマホを握りしめたまま、天を仰いだ。

 休みの日くらいゆっくりさせてくれよ、ボス。


 30分後。

 俺は銀座4丁目の交差点に立っていた。

 今日は休日ということもあり、歩行者天国は多くの人で賑わっている。

 俺はサングラスをかけ、周囲を警戒しながら彼女を待った。


「お待たせ」


 背後から声をかけられる。

 振り返った俺は、一瞬言葉を失った。


 そこにいたのは、いつもの戦闘スーツ姿の「剣姫」ではなかった。

 淡いベージュのトレンチコートに、黒のタイトなニットワンピース。足元はヒールの高いロングブーツ。

 髪は緩く巻かれ、大人の女性らしい雰囲気を漂わせている。

 変装用の伊達メガネをしているが、その美貌は隠しきれておらず、道行く人々が振り返っては溜息を漏らしていた。


「……どう? 変じゃない?」


 環が少し不安そうに上目遣いで聞いてくる。


「いえ、似合ってますよ。というか、目立ちすぎて変装になってません」

「ふふ、近藤さんに褒められるなら、バレてもいいわ」


 彼女は嬉しそうに微笑むと、自然な動作で俺の腕に自分の腕を絡めてきた。

 柔らかい感触と、甘い香水の匂いが押し寄せる。


「……あの、環さん。これは何の用事ですか? まさかまた敵の視察とか……」

「違うわよ。デート」

「デート?」

「そう、デート。千夏と表参道に行ったんでしょう? だったら私とも行く義務があるわ。リーダーとしての公平性を保つためにね」


 なるほど、そういう理屈か。

 千夏との買い出しの話を聞いて、対抗心を燃やしていたらしい。

 Sランクの負けず嫌いは、こういうところでも発揮されるのか。


「分かりましたよ。で、どこに行くんです?」

「私のお気に入りのカフェ。あと、近藤さんの服も見るわ。そのジャケット、気に入ってるみたいだけど、一着だけじゃ着回しがきかないでしょ」

「……お気遣い痛み入ります」


 俺たちは銀座の街を歩き出した。

 傍から見れば、休日の銀座を楽しむカップルそのものだ。

 少し年上の男と、モデルのような美女。

 すれ違う男たちからの嫉妬の視線が痛いが、悪い気はしない。


 環は楽しそうだった。

 ショーウィンドウを覗き込み、気になった店に入り、俺にあれこれと試着させる。

 ダンジョンの中では見せない、年相応の25歳の表情。

 彼女が背負っている「Sランク」という重荷を、今日だけは降ろせているなら、付き合うのも悪くない。


「ねえ、これどうかしら」


 環が持ってきたのは、深紅のネクタイだった。


「赤……ですか。俺には派手すぎませんか?」

「いいのよ。貴方のベースの色に、私の色を足すの。マーキングみたいなものね」

「……物騒な言い方ですね」


 俺は苦笑しながら、そのネクタイを受け取った。

 買い物を終え、老舗の喫茶店に入った。

 レトロで落ち着いた店内。俺はブレンドコーヒー、環はモンブランを注文した。


「……ふぅ」


 環がケーキを一口食べ、幸せそうな息を吐く。


「生き返るわ。最近ずっとピリピリしてたから」

「そうですね。ヒーラー不在の問題は深刻だ」


 俺が仕事の話に戻すと、環は少しだけ表情を曇らせた。


「……ねえ、近藤さん。もし、私たちがこのままヒーラーを見つけられなかったら、どうなると思う?」

「ジリ貧ですね。深層攻略は諦めて、安全な階層で稼ぐだけのパーティになるか……あるいは、無理をして誰かが欠けるか」

「嫌よ、そんなの」


 環がフォークを置いた。


「私はもっと上に行きたい。誰も見たことのない景色を見たいの。……貴方の音と一緒に」

「俺もですよ。だからこそ、慎重に探さないといけない」


 俺はコーヒーを一口啜った。


「音楽と同じです。無理やり合わせようとしても不協和音になるだけだ。運命的な出会いってのは、探している時には見つからないもんでしょう」

「運命、か。……私と貴方みたいに?」


 環が意味深な視線を向けてくる。

 俺は咳払いをして誤魔化した。


「……ま、焦らずいきましょう。千夏さんも手を尽くしてくれてますし」

「そうね。千夏は顔が広いから……って、あ!」


 突然、環が窓の外を指差した。

 喫茶店の窓からは、中央通りが見下ろせる。


「どうしました?」

「あれ、千夏じゃない?」


 俺も視線を向ける。

 人混みの中に、確かに見覚えのある赤毛の女性がいた。

 坂本千夏だ。

 だが、彼女は一人ではなかった。

 隣に、小柄な人影がいる。長い黒髪の女性……いや、服装が奇抜だ。

 中華風のドレスというか、漢服のようなものを着ている。


「誰だあれ? 知り合いですか?」

「うーん……見たことないわね。でも、千夏があんなに必死に話しかけてるなんて珍しい」


 千夏は何かを熱心に説得しているように見えた。

 相手の女性は、ふらふらと覚束ない足取りで、千夏の話を聞いているのかいないのか分からない様子だ。


「……もしかして、スカウトか?」

「かもね。行ってみる?」

「いや、野暮ですよ。千夏さんに任せましょう」


 俺たちはその様子をしばらく眺めていたが、やがて千夏とその女性は路地の方へと消えていった。


「ふうん……新しい仲間、だといいけど」


 環がモンブランの最後の一口を口に運ぶ。


「もし変な子だったら、私がシメるから」

「お手柔らかに頼みますよ、リーダーとして」


 店を出ると、空は茜色に染まり始めていた。

 銀座のネオンが灯り始める。


「今日は付き合ってくれてありがとう、近藤さん」


 駅へ向かう道すがら、環が言った。

 その顔は、来た時よりも晴れやかに見えた。


「楽しかったわ。……やっぱり私、貴方と一緒にいると調子がいいみたい」

「それは光栄です。またいつでも誘ってください、ボス」

「うん。次は……水族館がいいな」

「それはまた、ハードルが高いですね」


 俺たちは笑い合いながら、雑踏の中を歩いた。

 ヒーラー問題はまだ解決していない。

 だが、こうして束の間の休息を取ることで、俺たちの結束は確実に強まっていた。


 そして。

 俺はこの時まだ知らなかった。

 千夏が連れていたあの奇妙な女性が、俺たちのパーティに新たな「旋律」をもたらすことになるキーパーソンだということを。


 風に乗って、どこかから微かに聞こえるジャズの音色が、次の展開を予感させるように響いていた。

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