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30歳、売れない元バンドマン。ダンジョン配信のBGM係になったら、Sランク美女たちの攻撃と「神曲」がシンクロして世界中でバズった件  作者: 伊達ジン
第1章:爆音のプレリュード

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第10話 パーティ名決定:【サウンド・オブ・ブレイブ】

 『クラーケン・サーペント』討伐戦から数日後。

 俺たちは、港区にある村上環の自宅、超高級タワーマンションの一室に集まっていた。


「……で、なんで俺がここで包丁を握ってるんですかね?」


 俺は広大なアイランドキッチンの前で、ため息交じりに呟いた。

 目の前には、高級スーパーで買い込んできた大量の食材が並んでいる。


「決起集会よ」


 リビングのソファでくつろいでいた坂本千夏が、タブレットから顔を上げて言った。


「アンチ黙らせ作戦も成功したし、チャンネル登録者数も順調。ここらで一度、正式にパーティとしての結束を固めるべきでしょう?」

「だからって、なんで俺が料理担当なんです? デリバリーでいいじゃないですか。寿司とか」

「嫌よ。近藤さんの料理が一番美味しいんだもの」


 隣で村上環が、当然のように言い放った。

 彼女はキッチンカウンターに頬杖をつき、俺の手元をじっと見つめている。その目は完全に獲物を狙う猫のそれだ。


「前回のスペアリブ、忘れられないわ。……今日は何を作ってくれるの?」

「今日はリクエスト通り、鶏肉料理ですよ。ただし、普通のチキンソテーじゃ面白くない」


 俺は観念して、調理モードに切り替えた。

 Sランクの胃袋を掴んでしまった以上、生半可なものは出せない。

 俺は冷蔵庫から、丸鶏一羽を取り出した。


「メニューは『海南鶏飯』。シンガポール式の茹で鶏ご飯です」

「チキンライス? ケチャップの?」

「違いますよ。鶏の出汁で炊いたジャスミンライスに、しっとりと茹で上げた鶏肉を添える、シンプルですが奥が深い料理です」


 俺はまず、鶏肉の下処理に取り掛かった。

 丸鶏の腹の中に、叩き潰した生姜、長ネギの青い部分、そしてニンニクを詰め込む。

 次に、鶏皮の一部を切り取り、フライパンへ。


「まずは『鶏油』を作ります。これが味の決め手になる」


 弱火でじっくりと皮を炒めると、黄金色の脂が滲み出てくる。

 ジュワジュワという音と共に、香ばしい匂いがキッチンに広がる。環が鼻をヒクつかせた。


「いい匂い……」

「この脂に、みじん切りの生姜とニンニクを加えて香りを移します。そこに、洗っておいたジャスミンライスを投入」


 ザララッ、と米を入れる。

 日本の米ではなく、香りの良い長粒種を使うのがポイントだ。

 透き通るまで米を炒め、鶏の脂と香りを一粒一粒にコーティングしていく。


「こうすることで、炊き上がった時にパラパラとした食感になり、噛むほどに旨味が溢れるご飯になるんです」


 炒めた米を炊飯器に移し、鶏ガラスープと塩、少量のナンプラーを加えてスイッチオン。

 次に、メインの鶏肉だ。

 大鍋にたっぷりの湯を沸かし、生姜とネギ、酒を入れる。


「茹で鶏の極意は、沸騰させないことです」

「えっ、火を通さなくていいの?」

「グラグラ煮立たせると肉がパサつきます。沸騰したお湯に鶏を入れたら、すぐに極弱火にして、蓋をして余熱で火を通す。そうすれば、シルクのように滑らかな食感になります」


 俺はタイマーをセットし、その間にタレの準備に入った。

 海南鶏飯は、タレで食わせる料理と言っても過言ではない。


 一つ目は、ダークソイソースをベースにした甘辛ダレ。

 二つ目は、生姜とネギ油を混ぜたジンジャーソース。

 三つ目は、フレッシュな唐辛子と酢、ニンニク、砂糖をブレンドした特製チリソース。


「3種類のソースで、味変を楽しんでもらいます」

「手が込んでるわねぇ。これ、お店出せるレベルじゃない?」


 いつの間にかキッチンに来ていた千夏が、チリソースを指ですくって舐めた。


「んっ! 辛っ! でも美味しい!」

「この辛さが、鶏の脂をさっぱりさせてくれるんですよ」


 数十分後。

 炊飯器から電子音が鳴り、同時に鍋の鶏肉も仕上がった。

 土鍋の蓋を開けると、むわっと濃厚な鶏とジャスミンの香りが立ち昇る。


「完成です」


 皿にパラリとしたご飯を盛り、その上に、しっとりと輝く鶏肉を切り分けて乗せる。

 パクチーとキュウリを添え、3色のタレを小皿に用意すれば、完璧な『海南鶏飯』の一丁上がりだ。


「いただきまーす!」


 美女二人の声が重なった。

 環はまず、ジンジャーソースをたっぷりとつけた鶏肉を口に運んだ。


「……んんっ!!」


 目を見開き、言葉を失っている。


「やわらかっ……! 何これ、噛まなくても溶けるわよ!?」

「低温調理に近い状態で火を通しましたからね」

「ご飯も凄い……噛むたびに鶏のスープがジュワッて出てくるみたい。生姜の香りが鼻に抜けて、止まらないわ」


 環は一心不乱にスプーンを動かし始めた。

 千夏の方も、チリソースとダークソイソースを混ぜて楽しんでいる。


「この甘辛いタレと辛いタレのコンボ、反則ね。ビールが進みすぎるわ」

「飲み過ぎないでくださいよ、まだ昼なんですから」

「いいじゃない、お祝いなんだから」


 俺も自分の分を一口食べた。

 うん、上出来だ。

 シンプルな料理ほど、下処理の手間が味に出る。バンドのアンサンブルと同じだ。地味なリズム隊がしっかりしていれば、メロディは輝く。


 あっという間に皿が空になった。

 SランクとAランクの食欲は底知らずだ。


「ふぅ……美味しかった。もう動けない」

「甘いですね、環さん。まだデザートがありますよ」

「えっ、嘘。別腹発動するわ」


 俺が冷蔵庫から取り出したのは、緑色のゼリー状の麺と、冷えたココナッツミルク。

 東南アジアの定番スイーツ『チェンドル』だ。


「かき氷の代わりに、クラッシュしたココナッツミルクの氷を使ってます。この緑色のはパンダンリーフで香り付けした米粉のゼリー」


 器にゼリーと甘く煮た小豆を盛り、ココナッツミルク氷をかける。

 そして最後に、黒蜜のようなシロップをたっぷりと回しかけた。


「これが重要です。『グラ・マラッカ』。ココナッツの花の蜜を煮詰めたもので、黒糖よりもスモーキーで複雑なコクがあります」


 真っ白な氷に、褐色のシロップがマーブル模様を描く。

 環が一口食べると、とろけるような顔になった。


「……幸せ」

「チキンライスのスパイシーさが、この甘さでリセットされるわね。無限ループできそう」


 千夏も絶賛だ。

 俺はコーヒーを淹れ、二人がデザートを楽しむのを眺めながら、ふと感慨に耽った。

 数週間前までは、コンビニの廃棄弁当を食べていた俺が、今はこうしてタワーマンションで美女二人に料理を振る舞っている。

 人生、何が起こるか分からない。


「さて、と」


 食後のコーヒーを飲みながら、千夏が表情を引き締めた。

 仕事モードだ。


「お腹も満たされたことだし、今後の話をしましょうか」

「今後?」

「ええ。私たちのパーティ、実質的な結成は済んでるけど、まだ『組織図』が決まってないわ」


 千夏はタブレットに図を表示した。


「まず、村上環。彼女はこのチームの『顔』であり、メインアタッカー。絶対的エースね」

「異論はないわ」

「次に私、坂本千夏。プロデューサー兼、遠距離火力、兼広報担当。チームの頭脳ね」

「自分で言うか」

「そして近藤菊雄さん。BGM担当、ポーター、シェフ、そして……」


 千夏はそこで言葉を切り、俺を指差した。


「『リーダー』よ」

「……はい?」


 俺は素っ頓狂な声を出した。

 リーダー? 俺が?


「ちょっと待ってください。俺はただのFランクですよ? 雇われの荷物持ちです」

「ランクなんて関係ないわ。このチームで一番全体が見えていて、冷静な判断ができるのは貴方よ」

「そうね」


 環も頷いた。


「私は戦闘に入ると周りが見えなくなるし、千夏は演出にこだわりすぎて無茶をする。貴方が手綱を握ってくれないと、このパーティは空中分解するわ」

「それに、貴方の『音』は私たちの指揮者でしょ? 指揮者がリーダーをやるのは当然の理屈よ」


 千夏の言葉に、俺は反論できなかった。

 確かに、戦闘中に指示を出しているのは俺だ。

 曲の展開に合わせて「行け」「引け」「溜めろ」と叫んでいる。


「……責任重大ですね」

「給料分は働いてもらうわよ。あ、ちなみにリーダー手当として、報酬の配分率は見直しておいたから」

「それはありがたいですが……」


 俺はため息をつき、頭を掻いた。

 30歳、元バンドマン。

 いつの間にか、SランクとAランクを率いるリーダーになってしまったらしい。

 まあ、バンドでもベースがリーダーをやることは多い。全体のリズムを支える役回りだからだ。


「分かりました。腹を括りますよ。……ただし、俺の指示には従ってもらいますからね」

「ええ、ボス」

「了解、リーダー」


 二人がニヤニヤしながら敬礼する。

 やれやれ、手のかかる部下を持ったものだ。


「で、もう一つの懸案事項。パーティ名よ」


 千夏がタブレットをスワイプする。

 画面には、先日のテスト配信の時に俺が提案し、保留になっていた名前が表示された。


『サウンド・オブ・ブレイブ』


「正直、まだダサいと思ってるんだけど」

「酷いな」

「でも、視聴者の反応を見ると、意外と受け入れられてるのよね。『BGM』とか『音』に関連する名前だから覚えやすいって」

「まあ、分かりやすくはありますね」


 環がチェンドルの残りをすくいながら言った。


「私は嫌いじゃないわよ。勇者の響き、なんて。私たちが奏でる音が、誰かに勇気を与えるなら、それは素敵なことだもの」


 その言葉に、俺はハッとした。

 かつて俺が音楽を始めた理由。

 誰かの心を震わせたい。誰かの背中を押したい。

 その初期衝動が、この名前に込められていたのかもしれない。


「……じゃあ、これでいきましょう。俺たちの名前は『サウンド・オブ・ブレイブ』だ」

「いいの? もっとカッコいい名前じゃなくて」

「これがいいんです。俺たちが奏でる音で、世界中を勇気づける。最高じゃないですか」


 俺が胸を張ると、千夏はニヤリと笑った。


「決まりね。変に捻るより、ストレートな方が案外刺さるものよ」

「じゃあ、改めて」


 環がコーヒーカップを掲げた。

 俺と千夏もそれに続く。


「新生『サウンド・オブ・ブレイブ』の結成を祝して」

「「乾杯!」」


 カチン、とカップが触れ合う音が、静かなリビングに響いた。

 窓の外には、東京の絶景が広がっている。

 この街のどこかに、まだ見ぬダンジョンが、強敵が、そして新しい仲間たちが待っている。


 俺はジャケットの襟を正し、二人の美女を見渡した。

 最強の剣姫と、敏腕プロデューサー。

 そして、リーダー兼シェフ兼DJのオッサン。

 

 悪くない布陣だ。

 俺の人生の第2章、ここからが本当のスタートだ。


「よし、食ったら片付けだ。明日は早朝から深層アタックだぞ」

「えー、リーダーがやってよー」

「食べた人が洗うのがルールです。さあ動く!」


 文句を言う二人の背中を押しながら、俺は小さく笑った。

 騒がしくて、美味しくて、刺激的な日々。

 これ以上のBGMはないだろう。


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