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角だけ魔族の太郎さん〜人材育成から始める魔王軍マネジメント〜  作者: 山田太郎
第5章「裂け目の中で」
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5-4 揺れる補給線

 岩陰までたどり着いたとき、太郎はそこでようやく膝をついた。


 息が荒い。

 胸が焼けるように痛い。


 隣で座り込んだ隊員が、脛の傷を押さえながら苦笑した。


「すまねぇ……重かったろ」


「……正直、重かったです」


 素で答えてしまい、太郎は慌てて付け足した。


「でも、あそこで倒れてたら、二人とも潰れてましたよ」


 隊員は息を吐いて笑い、そのまま岩に背を預けた。


 すぐ近くの地面に、さっきまでいた位置に落ちたらしい石片がいくつも転がっている。

 ひとつは、太郎の頭くらいのサイズだった。


(……ほんの少し位置がずれてたら、今ここにいない)


 考えた途端、背中に冷たい汗が流れた。


 それでも、荷車の取っ手から手は離していない。

 片輪はまだぬかるみに沈んだままだ。


 太郎は歯を食いしばり、荷車をもう一度押し込んだ。

 岩陰のさらに奥へ――前線から、わずかでも距離を稼ぐ。


 岩の裏側に押し込むようにして止めると、

 ようやく荷車全体が影の中に入った。


 正面から飛んでくる魔力弾は、少なくともここまでは届きにくい。


(ここが“後ろ”の限界か……)



 岩陰から、前線の様子がちらりと見える。


 斜面の中ほどで、第一小隊が必死に踏ん張っていた。


 ガルドの黒い鎧が、敵陣との境界線のようにそこにある。

 その周囲では、何人もの隊員が刃と刃、魔法と魔法をぶつけ合っていた。


 さっきよりも、盾の数が目に見えて減っている。

 防御魔法の光も、ところどころ途切れていた。


(……このまま押し込まれたら、ここもすぐ巻き込まれる)


 荷車のそばで、別の隊員が地面に座り込んでいた。

 腕に包帯が巻かれているが、まだ動けそうな顔をしている。


 しかし、その手は何もしていない。

 ただ前線を、食い入るように見ているだけだった。


「動けますか?」


 太郎が声をかけると、隊員はびくりと肩を揺らした。


「あ、はい……すみません」


 反射的に謝ってくるあたり、怒鳴られ慣れているのが伝わってくる。


「謝らなくていいです。

 ここで、手伝ってもらえると助かります」


 太郎は荷車の中身を指さした。


「回復薬と鎮痛薬、箱で分けてます。

 前から誰か戻ってきたら、傷を見て、必要なほうの箱から渡してください」


 ラベルの位置と箱の種類を手短に説明する。


 隊員は一瞬だけ戸惑ったが、

 すぐに箱の縁を握りしめた。


「俺でも……できますか」


「できます。

 前に走る人が減るだけでも、あそこは多少楽になるはずです」


 言いながら、太郎は自分の言葉に少し驚いていた。


(現場を止めないために、動線に人を配置する。

 やってることは、会社と同じだ)


 戦場だという事実だけが、決定的に違う。



 岩陰に、小さな流れができ始めた。


 前線から下がってきた隊員が、

 太郎たちの前を通りかかるたびに、

 傷の程度をざっと見て薬を手渡す。


 腕なら鎮痛を優先し、

 足なら回復薬。


 動けるかどうかの判断は本人に任せつつ、

 最低限「ここで止まりすぎない」ように、言葉を添える。


「立てそうなら、岩の裏で少しだけ休んでください。

 完全に動けない人は、治療班に託しましょう」


 太郎の案内に、隊員たちは短く頷くだけで従っていく。


 命令口調にしないのは、

 現世で身に染みた癖だった。


 命令され続けて限界に来た新人ほど、

 指示の言葉一つで折れてしまうことを知っている。


(ここは戦場だけど、人であることは変わらない)


 荷車の向こう側で、さっきの隊員が

 手際よく箱を開け、薬を渡し始めていた。


 その肩越しに見える前線は、

 それでも少しずつ押されている。




「太郎さん――!」


 斜面の途中から、イルスの声が飛んだ。


 息を切らし、髪に土と血を貼りつかせながら駆けてくる。


「前の盾列、もう持たないって……!

 交換用の盾と、予備の魔石が欲しいそうです!」


 太郎は一瞬で荷台の中を見渡した。


 盾は、魔獣の皮と金属を組み合わせた重いものが数枚。

 予備の魔石は、攻撃用と防御用が半々。


(前線が崩れたら、ここまでまとめて飲み込まれる)


 迷っている暇はない。


「盾、ここから二枚。

 防御用の魔石はこの箱ごと。

 攻撃用は、まだ余裕があるなら一部だけにしましょう」


「分かりました!」


 イルスが盾を肩に担ぎ、

 魔石の箱を抱えて駆け戻ろうとした、そのとき。


 斜面の上から、別の声が飛んだ。


「敵の後衛、魔術詠唱を強めてる!

 広範囲の一撃、来るぞ!」


 前線の空気が、ざわりと揺れた。


 太郎にも、言葉の意味だけは分かる。

 “ここ一帯をまとめて吹き飛ばす”類の攻撃が来る。


 イルスが一瞬だけ足を止めた。


「……どうしますか」


 太郎は、息を飲んだ。


 前線を支える盾と、

 ここにいる補給と治療の小さな流れ。


 どちらかが完全に吹き飛べば、

 戦いそのものが崩れる気がした。


 心臓がうるさいほど脈打つ。


(俺は、戦えない。

 でも、守るべきものの優先順位なら知ってる)


 現世の職場で、

 人が倒れたときに一番最初に守るべきものは、

 人そのものだった。


 太郎は、喉の奥の震えを無理やり押し込んだ。


「イルスさん!」


「はい!」


「前線に、こう伝えてください。

 広範囲の一撃が来るなら――

 絶対に下がってくる道だけは、空けておいてくれって」


 イルスが目を見開く。


「でも、それじゃ――」


「全員を守ることはできません。

 でも、戻れる人が戻れない状況は、もっと悪いです」


 太郎は荷車の取っ手を握り直した。


「ここで、受け止めます。

 戻る人たちの一番後ろが、潰れないように」


 岩陰の狭いスペースを見回す。


 荷車、傷兵、薬箱、岩。


 すべての位置を、あっという間に頭の中で並べ替える。


(ここを通路にする。

 死ぬかもしれない場所じゃなく、戻れる場所に)


 イルスは短く息を呑み、それから力強く頷いた。


「分かりました。必ず伝えます」


 盾と魔石を抱え直し、斜面を駆け上がっていく。


 太郎はその背中を見送り、

 もう一度荷車の位置を押し直した。


 頭の上で、角が小さく揺れる。


 風か、震えか、自分でも分からない。

 ただ――その揺れを気にしている余裕だけは、もうどこにもなかった。

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