表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
角だけ魔族の太郎さん〜人材育成から始める魔王軍マネジメント〜  作者: 山田太郎
第5章「裂け目の中で」
48/74

5-3 崩れる距離

 どれくらい時間が経ったのか、太郎には分からなかった。


 魔力の閃光と、金属がぶつかり合う音と、誰かの怒鳴り声。

 それらが途切れなく続いていて、「何分」という感覚が吹き飛んでいる。


 ただひとつ分かるのは――

 前線と自分の距離が、じわじわと縮んでいる ということだった。


(敵の矢、さっきより明らかに多い……こっちの盾が割れ始めてる)


 押しているのか、押されているのか。

 その判断すら曖昧なまま、状況だけが悪くなっていく。


 さっきまで斜面の上で戦っていたはずの第一小隊が、

 いつの間にか太郎のいる位置の少し先で踏ん張っていた。


「後方、傷兵通すぞ!! 道を開けろ!」


 怒鳴り声とともに、血だらけの隊員がふたりに支えられて下がってくる。

 片方は足から、もう片方は肩口から血を流していた。


 太郎は反射的に荷車を引き寄せ、通路を空ける。


 足元の土が、ぬるりと靴裏にまとわりついた。

 血と泥が混ざった、いやな感触。


(……このまま、ここまで押し込まれたら)


 視界の端で、敵側の旗がじわじわと近づいているのが見えた。


 そのとき、イルスが息を荒くして駆け寄ってきた。


「太郎さん! 回復薬、前にもうひと箱欲しいって!」


 額に汗と土を貼りつかせながら、必死に言う。


「前衛の盾がボロボロで……少しでも持たせたいそうです!」


「分かった!」


 返事をしながら、太郎は荷台の箱をすぐに探った。

 同じような木箱が並んでいるが、ラベルは自分で貼ったものだ。


 【回復薬・軽傷用】【魔力回復・前衛優先】【鎮痛】


 太郎は迷わず【回復薬・軽傷用】をひとつ抱え上げた。


「これ持ってって!」


「助かります!」


 イルスが箱を抱えて駆け戻っていく。

 その背中を見ながら、太郎の喉の奥で何かがひっかかった。


 ――その少し前。


 耳の奥で、空気がきゅうっと縮むような感覚があった。

 風でも、音でもない。

 ただ、圧だけが場を押しつぶす。


(……嫌な、感じ――)


 そう思った瞬間。


 世界が白く弾けた。


 腹の底に響くような爆音。

 足元が持ち上がり、体が横倒しになる。


 一瞬、本当に自分が死んだのかどうか分からなかった。


 思考より先に、身体が地面に叩きつけられる。

 肺から勝手に空気が抜けた。

 口の中に、土と血の味が広がる。


 耳鳴りだけが世界を埋め尽くしていた。


 砂と土が顔にかかる。

 しばらく、上下の感覚すらわからなかった。


 どこからか、誰かの声が届いてくる。


「後方に着弾! 魔力弾だ、気をつけろ!」


 少し遅れて、太郎の耳にもその言葉が薄く届いた。


(……荷車……!)


 意識がようやく現実に戻る。


 太郎は這うようにして振り返った。


 荷車は、かろうじてひっくり返ってはいなかった。

 だが、片輪が大きく土にめり込み、

 荷台の端が傾いて箱がひとつ転げ落ちている。


 木箱の蓋が半分割れ、中の瓶が一本地面に転がっていた。

 淡い緑色の液体が、血混じりの土の上にじわりと広がっていく。


(まずい……!)


 太郎はふらつきながら立ち上がり、転がった瓶を拾い上げた。

 幸い割れてはいない。


 そのとき、背中のほうから声が飛ぶ。


「柔角族、大丈夫か!」


 振り向くと、ガルドが斜面の中ほどからこちらを見ていた。

 肩越しに敵の刃を受け流しながら、

 それでも一瞬だけ太郎の様子を確認しようと視線を寄越している。


「……生きてます! 荷車、まだ動きます!」


 太郎は自分でも驚くくらい大きな声を返した。


 ガルドはそれを聞くと、ほんのわずかに顎を引いた。


「なら、死ぬな。それだけ守れ!」


 再び前を向き、敵兵の列へ飛び込んでいく。


 黒い鎧が火花を散らし、

 ガルドの一太刀ごとに、前線の形がかろうじて保たれていた。




 荷車の近くに、ひとりの隊員が崩れ落ちた。


「っ、くそ……足が……」


 脛のあたりから血が流れている。

 完全に立てないほどではないが、この場からすぐさま動ける状態でもなかった。


 太郎は思わず横に膝をついた。


「ここで止まったら、巻き込まれます! 岩陰まで行きましょう!」


 隊員は歯を食いしばって太郎を見た。


「……荷車は?」


「一緒に動かします。動かないと、ここごと潰れます」


 言いながら、太郎は自分で驚く。


(現場が詰まったら、一度通路を作らないと……)


 現世で、搬入口に倒れ込んだ新人を

 フォークリフトの動線からどかしたときの記憶が一瞬だけよぎる。


 あのときは倉庫で、今は戦場だ。

 状況は違うのに、やることは同じだと身体が勝手に決めていた。


「肩、借ります。立てますか?」


「……あぁ、なんとか」


 隊員の腕を自分の肩に回させ、

 片手で荷車の取っ手をつかむ。


 正直、バランスは最悪だった。


 だが、ここで動線を塞いだまま固まるほうが、

 もっと致命的だと分かっていた。


 太郎は息を吸い、足を前に出した。


 荷車の車輪が、ぬかるんだ地面を嫌がるように鳴く。

 それでも一歩、また一歩と動いていく。


 岩陰まであと少し――そう思った瞬間、

 頭上で何かが爆ぜた。


 閃光とともに、細かい石片が雨のように降ってくる。


「危ない!」


 隊員が太郎の肩を強く引いた。

 ふたりまとめて尻餅をつく。


 荷車は――ぎりぎりのところで転がらずに踏みとどまった。


 太郎の頭の上で、角がかすかに揺れた。


 汗と土と血と、焦げた匂いが入り混じる中で、

 それでも荷車の取っ手から手だけは離さなかった。


(ここで手を離したら、本当に誰かが死ぬ)


 それだけが、今の太郎を動かす軸になっていた。


 息を荒げながら、太郎はもう一度立ち上がる。


「……さぁ、もう少しです。岩の影まで行きましょう」


 隊員は短くうなずき、太郎の肩に体重を預けた。


 前方では、炎と光の線が交錯し続けている。

 その少し後ろで――

 太郎は荷車と隊員を引きずりながら、ぎりぎりの距離を保ち続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ