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角だけ魔族の太郎さん〜人材育成から始める魔王軍マネジメント〜  作者: 山田太郎
第四章 「前線の現実」
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4-13 敵の顔

 斜面の下から、地鳴りのような足音が迫っていた。


 金属の打ち合う音。

 魔力が空気をざらつかせる気配。

 それらがひと塊になって押し寄せてくる。


「前衛、盾構えろ! 魔術班、準備!」


 ガルドの声が飛んだ瞬間、

 斜面の向こう側で光が爆ぜた。


 衝撃が胸を叩く。

 息が一瞬止まり、太郎は地面にしゃがみ込む。


(近い……!)


 恐怖より先に、足がすくむ。



 細い光の束が雨のように降ってきた。


「伏せろ!」


 誰かの叫び声と同時に、

 魔力弾が地面を削り、土が跳ね上がる。


 破片が頬に当たる。

 耳鳴りで周囲の音が遠のいた。



「太郎さん!」


 聞き慣れた声だけが鮮明に届いた。


 顔を上げると、イルスが盾を構え、

 太郎の前に立ちはだかっていた。


 矢が盾に当たり、鈍い音を立てる。

 木片がはじけ飛んだ。


「ここ、狙われてます! 下がりましょう!」


「荷車は……」


「大丈夫です、少しだけ下げれば影になります!」


 太郎は箱を抱えたまま、

 イルスに腕を引かれるように斜面を登る。



 数歩登っただけで息が荒い。


 足が土に沈んで滑りそうになるたび、

 胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


 逃げ場も、落ち着く暇もない。

 ただ、生き延びるために脚を動かすだけ。



「回復薬はあるか!」


 斜面の途中から叫び声が飛ぶ。


 肩から血を流す魔族の隊員が

 太郎に手を伸ばしている。


「あります!」


 太郎は足元を気にしながら急いで降り、

 箱の中から瓶を一本取り出し渡す。


「助かった!」


 魔族は短く礼を言い、

 また戦場へと駆け戻っていった。


 その背中もぐらついていて、

 本当に立っているだけで精一杯なのだと分かる。




 ふと視界がひらけた。


 斜面の下で、魔族と人類が入り乱れて戦っている。


 肌の色は、わずかに違う。

 角がない側には、太郎の元いた世界と同じような顔立ちの者もいる。


 だが――


 それ以外は、驚くほど同じだった。


 苦しそうに歯を食いしばる顔。

 息が上がって肩が揺れる動き。

 仲間をかばうように身を投げ出す姿。

 恐怖を押し殺そうとする目。


 どれも、太郎には「人間」のそれにしか見えない。


(……これが本当に“違う種族”なのか?)


 胸の奥で、理解できないものだけが膨らんでいく。



 遠くから、人類兵が怒鳴る。

 言葉の意味は分からない。


 だけどその声の出し方は、

 魔族の隊長たちと何も変わらなかった。


 仲間を守りたいときの声。

 前へ出ようとするときの無理な呼吸。


(俺には……違いが分からない)


 角があろうとなかろうと、

 肌の色が違おうと、

 斧を持っていようと、槍を構えていようと。


(どっちも、ただ……必死に生きようとしてるだけじゃないか)



 矢がまた飛んできた。


 風を裂く音が耳をかすめ、

 太郎は反射的に身をすくめる。


「太郎さん、もう少し上まで!」


 イルスの声が震えている。


 太郎は箱を抱え、足元だけを見て斜面を登った。

 視界の端で、魔族の血も、人類の血も、

 ただ同じ色で地面を濡らしていた。



 斜面の中腹にたどり着いたとき、

 太郎はようやく一度だけ振り返る。


 魔族の魔力光と、人類の松明の光が交差し、

 戦場全体を淡い影に染めていた。


 怒号も悲鳴も混じり、

 何がどちらの音なのかまったく分からない。


(……どうして、俺はここにいるんだ?)


(どうして、この人たちは戦ってるんだ?)


 問いは声にならず、

 ただ胸の中にとどまり続けた。


 太郎の頭の上で、角がわずかに揺れた。

 その動きに意味があるかどうかは誰にも分からない。


 ただ風が吹いただけ――

 なのに、太郎の胸の中の違和感だけは消えなかった。


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