4-11 前哨地の混線
野生の魔獣が倒れたあとも、森はしばらく息を潜めていた。
「今の隙に入る。荷車、ついてこい!」
ガルドの号令で、馬車と魔導車が土塁へ向かって走り出す。
車輪牛が鼻を鳴らしながら坂を駆け上がり、太郎は荷台の縁を握りしめた。
土塁の上には、即席の木柵。
見張りの魔族が魔力灯を掲げ、慌ただしく門を開ける。
「第一小隊、帰還確認! 補給車も一緒だ、道を空けろ!」
中から、怒鳴り声と足音が一気に押し寄せてきた。
前哨地の中は、想像していたより狭かった。
土壁と簡易柵で囲まれた細長い空間に、
テントと小屋と荷物と人が詰め込まれている。
治療テントの前には列。
仮設の焚き火の横では、折れた槍と盾が山になって積まれていた。
「回復薬は!?」
「こっちの荷車だって言ってるだろ!」
「通路塞ぐな! 担架が通れねぇ!」
誰もが急いでいて、誰も全体を見ていない。
荷車が土の地面に止まると同時に、
太郎は飛び降りた。
足元がふわりとする。
地面の柔らかさと、焦げた布の匂いが鼻にまとわりついた。
「柔角族!」
ガルドが手招きする。
「こっちだ。回復薬と魔力石は優先で降ろす。
治療班のすぐ横に置きたいが……見ての通りだ」
視線の先では、治療テントの出入口が
壊れた装備と空箱に半分塞がれていた。
担架を抱えた魔族が、障害物をまたぎながら行き来している。
太郎は一度だけ全体を見渡した。
通路。荷車の位置。治療テントとの距離。
どこに何が積まれているかではなく、
「どこで人がつっかえているか」が目に入る。
「……この壊れた盾と槍、全部どかせますか」
問いかけるように言うと、ガルドが一瞬だけ目を細めた。
「どかした先は?」
「あの土壁沿いです。通らないところに寄せて、
ここは歩くための道にしたほうが」
そこまで言いかけたところで、
担架を抱えた魔族の一人が、壊れた槍につまづきかけた。
「っぶな……!」
ガルドは舌打ちひとつで判断を終える。
「おい、お前ら! 壊れた装備は全部あの壁際に積み直せ!
ここは道だ。塞ぐな!」
「了解!」
数人が動き出す。
「太郎、あとはどうする」
「回復薬の箱をここに一列で並べます。
ラベルが見える面を全部こっちに向けて。
魔力石はその隣。予備装備はその奥です」
言いながら、太郎は自分の声が妙に落ち着いていることに気づいた。
「イルス、手を貸せ」
「はい!」
イルスが駆け寄り、箱を抱え上げる。
「この赤い印が火傷用で、青が出血用ですよね」
「そうだ」
「じゃあ、色ごとに固めて、テント側から取りやすい順番に……」
説明というより、手が勝手に動いていく。
会社で何度も繰り返した「動きやすい棚作り」の感覚が、
ここでも同じように流れを決めていた。
「回復薬! 足りてないぞ!」
治療テントの入口から声が飛ぶ。
「ここです!」
太郎は並べた一列を指さした。
「火傷は赤、出血は青、魔力回復はこの列です!」
腕章をつけた治療班の魔族が駆けて来て、
迷いなく赤印の箱を掴む。
「……見やすいな。助かる!」
短く言って、すぐ走り去っていった。
その後ろを追うように、別の魔族も
列の端から箱をひとつ持ち上げる。
誰も「ありがとう」とは言わない。
だが、箱を取る手つきが、
さっきよりわずかに迷いなく動いていた。
少し落ち着いたところで、イルスが隣で息を吐いた。
「さっきまで、ここ、本当にぐちゃぐちゃだったんですよ。
どこに何があるか、探さないと分からなくて」
「探してる間に、手遅れになりかねませんからね」
太郎は箱の列を見直しながら言う。
ラベルの向き、通路の幅、
荷車が再び入ってきたときにぶつからない位置。
気にし始めると、いくらでも修正点が出てきた。
「……あんまり詰め込みすぎても、また通れなくなりますね」
「はい。さっきの壊れた槍みたいに」
イルスの返事に、
太郎は小さく笑った。
笑える状況ではないのに、
どこか、呼吸の仕方だけが少し元に戻っていく。
土塁の外から、遠く低い響きが伝わってきた。
魔法の爆ぜる音か、何か重いものが崩れた音か。
ここからは見えない。
太郎は箱に並んだラベルをもう一度見渡し、
ふと、手を止めた。
角が、風に合わせて小さく揺れる。




