3-3 小さな整理、小さな前進
昼前。
作業場の奥にある物資保管棚の前で、
太郎とウルダは並んで立っていた。
「今日の午後、この魔石の仕分けが混むんですよね?」
「はい。前線のほうから追加要請があって……
でも、棚のどこに置くべきか毎回迷ってしまって」
ウルダが困ったように視線を落とす。
棚をひと目見ただけで、太郎には理由が分かった。
種類ごとの区別は曖昧。
同じ色の魔石が違う段に入り、
使う人のクセで並びが変わっていく。
そして誰もそれを“戻す場所”として覚えていない。
(……倉庫あるあるだな)
太郎は棚全体を静かに眺めた。
現世の職場で何度も見た景色。
誰も悪くない。ただ、“決め方”がなかっただけ。
「ウルダさん、この棚……
色と用途で分けていったほうがいいかも」
太郎はそっと一段目に触れた。
「例えば、
よく使うものを手前に、
重いものを下段に、
似ている色は隣同士に。
それだけで探す時間、だいぶ変わります」
ウルダは素早く頷いた。
「やってみます。
太郎さん、どう並べれば……?」
「全部を一気にじゃなくて大丈夫です。
今日は、この一列だけにしましょう。
午後の仕分けが楽になる程度でいいので」
ウルダの表情が少し柔らかくなった。
「……はい。
全部じゃなくていいって言われると、すごく助かります」
二人で棚を動かしていると、
近くで作業していた隊員がちらりと視線を向けてきた。
いつもより落ち着いた目だ。
警戒でも敬意でもなく、ただ“様子を見る目”。
「ウルダさん、その並べ方……
決まりがあるんですか?」
太郎が答えるより先に、
ウルダが少し誇らしげに言った。
「はい。
今日から少しずつ、
使いやすい順番で並べていこうと思って」
「へぇ……分かりやすいですね」
隊員は短く頷いて持ち場へ戻っていった。
声に刺々しさも、過剰な遠慮もない。
ただの、自然な会話だった。
(こういう一歩が大事なんだよな……)
太郎は心の中でそっと思った。
言葉にする必要はない。
ただ黙って、次の段へ手を伸ばす。
作業の手を止めたタイミングで
ウルダがぽつりとつぶやく。
「……太郎さんといると、
やってもいいんだって思えるんです」
太郎は手を止めずに返した。
「無理のない範囲でね。
やろうと思った人が一人いれば十分ですよ」
その言葉に、ウルダの肩がまた少し軽くなった。
棚の一段が整った頃、
作業場の空気はどこか静かに変わりつつあった。
劇的ではない。
誰も「変わった」と声に出さない。
ただ、棚の一部と、ウルダの表情と、隊員の視線。
その三つが、昨日とは違う形をしていた。




