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角だけ魔族の太郎さん〜人材育成から始める魔王軍マネジメント〜  作者: 山田太郎
第三章 「小さな変化」
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3-4 止まった手

 棚の一列が整っただけで、

午後の倉庫は少しだけ静かになった気がした。


 魔石の箱を運ぶ足音も、

魔道具を点検する金属音も、

どこか落ち着いたリズムに変わっている。


 太郎は整理した段をもう一度見上げた。

過不足なく埋まった棚板と、揃った札。

そこだけが、第二小隊の中でぽつんと“決まりごと”の顔をしていた。



 奥の机で、紙束をめくる音が止まない場所がある。


 伝票と報告書が積まれた小さな山。

その向こうで、若い隊員が肩を丸めていた。


「……まだ、こんなに……」


 かすれた声は、誰に向けたものでもない。


 ウルダが魔石の箱を抱えたまま、心配そうに近づく。


「今日も一人でやってくれてたのね。

 手、痛くなってない?」


「大丈夫です。慣れてますから」


 反射で返すような言い方だった。

机の上には、書きかけの伝票と乾ききっていないインク。

何度も途中で中断された跡がある。


 太郎はその横に立ち、書類の端に視線を落とした。


「この山、全部今日中ですか?」


「前線に回す分だけ……急ぎのやつを優先で、あとは……」


 隊員は言葉を濁し、視線を紙束に落としたままペンを握り直す。




「すみません、太郎さん。

 ここ、私が見ますので……」


 ウルダが申し訳なさそうに言った。


「いいえ。一緒に、少しだけ整理しましょう。

 全部じゃなくていいので、今日届けないと困るものを先に分けませんか?」


 太郎は山の一番上から数枚を手に取り、

日付と宛先だけをざっと追っていく。


 緊急便、前線行き。

 後方倉庫行き。

 要確認、と赤い印が押された紙。


 ペンを握ったまま止まっていた隊員の手元に、

「急ぎ」の束がそっと置かれる。


「ここだけ、先に片付けましょう。

 残りは、終わったあとでも間に合います」


 隊員は驚いたように目を上げ、それから小さく息を吐いた。


「……そんなふうに分けたこと、なかったです」


 ペン先の震えが、わずかに収まる。




 そのとき、少し離れた棚の陰から声がした。


「またやってるのか……」


 別の隊員が、腕を組んでこちらを見ていた。


「前にも、似たようなことありましたよ。

 誰かが頑張って、整理して、

 気づいたら元通りです。

 結局、仕事だけ増えて……」


 責める口調ではない。

ただ疲れた人間が、過去をなぞるように落とした言葉だった。


 ウルダの指が、紙の端をきゅっとつまむ。


「……それでも、太郎さんは手伝ってくれてます」


 静かな声だった。

自分に言い聞かせるような、少しだけ強い響きが混ざる。


 隊員は視線をそらし、棚の影に戻っていった。



 机の上の急ぎの束が、ゆっくりと薄くなっていく。


 ペンが走るたび、インクの小さな点が増える。

その横で、ウルダが次に回す紙を揃える。

太郎は、ときどき順番が混じりそうなものだけを抜いて脇に置いた。


 誰も大きなことは言わない。

ただ、三人の手だけが黙々と動く。



 急ぎの束が底を見せた瞬間、

机の端に積んでいた箱がかすかに揺れた。


 紙の角がすれる音と同時に、

太郎の角もわずかに震えた。


 誰もその動きに気づかない。

太郎自身も、首を動かした拍子のこととしか思っていなかった。


 倉庫の空気は、相変わらず重いところもあれば、

少し軽くなった場所もある。


 太郎は空になった急ぎの箱を見下ろし、

そっと息をついた。


 片づいたのは、山の一部だけだ。

それでも、机の上には手の届く範囲がひとつ増えていた。


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