2-11 静かな決意
夜。
第二小隊の詰所は、魔石灯の淡い青に照らされて静まり返っていた。
太郎は散らかった机の上で、紙束をそっと揃えていた。
日中の作業で使われたものらしいが、誰が何を見たのか、どこへ回すべきか、まるで分からない。
(……こういう空気、知ってる気がする)
新人の頃。
何も分からないまま、ただ周りの動きを真似して働いた日々。
叱られないように必死で、何が正しいのかも分からず、
気づけば机の端で独りで泣きそうになっていたあの夜。
そんな自分が、ふと重なる。
控えめなノック音がして、太郎は顔を上げた。
「……太郎さん。まだ起きてたんですね。」
ミラだった。
一日の疲れが残る、けれど柔らかな声。
ミラは太郎のそばに立ち、机の紙束を見つめた。
「ここ数日、太郎さんがどう動いているか……見ていました。
道具を気にしたり、隊員の負担を見ていたり……。
太郎さんは、この小隊のことを大事にしてくれてるんですね。」
太郎は少し照れながら笑った。
「気づいたら目につくんです。
……昔の自分を見ているみたいで。」
ミラはそっと首を傾げた。
「昔の?」
「俺も、どうしたらいいか分からないまま働いてた時期があって。
間違えるのが怖くて、でも教えてもらえなくて……。
そんな日がしばらく続いたんです。」
ミラの表情がわずかに動く。
太郎は続けた。
「今日じゃなくても……この数日を見ていて思いました。
この小隊、みんな真剣で頑張ってる。
でも、道具の場所が日によって違ったり、連絡がうまく伝わってなかったり……
疲れるほうに転がる仕組みになってる気がします。」
ミラははっとして、少しだけ視線を落とした。
「……わたしたちは、いつも目の前のことに全力で向かっています。
それが当たり前で……。
でも、うまくいかない時に、どこを直すべきなのか……分からなくて。」
太郎は紙束を整えながら優しく言った。
「直す手順が分からないのは、悪いことじゃないですよ。
どんな場所だって同じです。
誰も言語化してこなかっただけなんです。」
ミラの瞳に、少し光が宿った。
「……言語化。
そういう考え方、わたしたちにはありませんでした。」
「苦手な人が多い世界なんでしょうね。
でも、そこを少し整えていくと……ずいぶん楽になるはずです。」
ミラは太郎の顔を見て、静かに微笑む。
「太郎さんの言葉は、不思議とすっと入ってきます。
柔角族だから、ではなく……太郎さんだから、なのだと思います。」
太郎は一瞬だけ目を伏せ、ゆっくりと息を吸った。
「少しずつでよければ……手伝います。
できる範囲で、整えていきましょう。」
ミラの肩が、わずかに震えた。
「……ありがとうございます。
本当に……太郎さんが来てくれてよかった。」
魔石灯の青い明かりが揺れる。
その光の中で、太郎の決意がひっそりと形を成していく。
この静かな決意の瞬間が、すべての始まりだった。




