2-9 魔石と倉庫の灯り
第二小隊で働くようになって、数日が経った。
太郎の一日は、だいたい決まってきた。
朝は棚の前で、昨日までに届いた物資を整理する。
昼前後は、各小隊からの依頼票を確認して、渡し方の順番を考える。
合間に隊員に声をかけられて、書類の山や箱の積み方を「ちょっとだけ」整える。
やっていることだけ見れば、ほとんど前の職場と変わらない。
違うのは――扱っているものが、どう見ても現実離れしているところだった。
この日、太郎はウルダに頼まれて、倉庫の一角を任されていた。
「ここは、魔石と魔道具の棚ね。
扱いに気をつけてくれれば、あとはいつもの太郎さんのやり方で大丈夫だよ。」
「分かりました。危ないものがあったら教えてください。」
「雑に扱わないって心がけてくれれば、だいたい平気。」
ウルダは笑い、急ぎの用事で小隊室に戻っていった。
残された太郎は、棚に並ぶ物を改めて見回す。
拳大の青い石。
手のひらほどの緑がかった結晶。
細長い金属の筒。
板のようなものに刻まれた、複雑な紋様。
(……完全にファンタジーだな)
青い魔石は、近づくだけで皮膚の内側がざわつくような気配を放っている。
光っているというより、“脈打っている”ように見えた。
作業に慣れた若い隊員が、メモを片手に走ってきた。
「太郎さん、その列、ラベルを貼り直したほうがいいかもしれません。
魔力の性質が違うやつが混ざってて……前から危ない気がしてて。」
太郎は魔石のラベルを見比べる。
「“攻撃補助用”“防御強化用”“照明用”……全部同じ棚に?」
「はい。前任の人のやり方で……。
使う人は慣れてるから平気なんですけど、
新人とか、別の小隊の人が来ると、間違えそうで。」
太郎は棚の端に手を当てた。
「じゃあ、まずは用途で分けませんか。
攻撃に使うもの、防御に使うもの、生活に使うもの。
棚を三つに割ってしまったほうが、誰が来ても迷いにくいと思います。」
隊員は目を丸くした。
「そんな単純な分け方で……いいんですか?」
「最初は、それくらい単純なほうがいいですよ。
細かい分類は、そのあと考えれば大丈夫です。」
「なるほど……やってみたいです。」
同じ魔石でも、用途ごとに場所を変える。
ラベルも「難しい専門用語」ではなく、「前線」「防御」「生活」と大きく書き直す。
数十分後、棚はかなり見通しがよくなった。
その様子を見ていた中堅隊員が、別の棚を指さした。
「太郎さん、こっちの魔道具も……見てもらえますか?」
細長い金属の筒がいくつも転がっている。
先端には、小さな魔法陣のようなものが刻まれていた。
「これは?」
「魔力を魔石に流し込む道具です。
灯り用の石とか、結界用の石に“充填”するときに使ってます。」
隊員は一本を手に取り、棚の端の魔石にそっと当てる。
筒の側面の紋様が淡く光り、
魔石の中の光が、ぼんやりと明るさを増した。
電源コードも、スイッチもない。
ただ金属の棒を当てるだけで、何かが移動している。
(スマホの充電みたいなものなんだろうけど……
仕組みを聞いたところで、たぶん、理解できないな)
倉庫の天井に吊られた魔力灯が、ふっと明るさを落とした。
「あ。」
小柄な隊員が顔を上げる。
「また、灯りが弱くなってきてますね……。
最近、どの部屋もこんな感じで。」
「さっきの魔道具で、充填すればいいんじゃないですか?」
「やってはいるんですけど……抜けるのも早くて。
魔力の流れが不安定だって、魔法班の人が言っていました。」
太郎は、変わりかけている灯りを見上げる。
蛍光灯がチカチカするときのような、いやな予感を覚えた。
「不便ですね。」
「不便です。」
隊員は苦笑した。
「でも、昔からそういうものなので。
夜中に急に消えることもありますし、
そうなったら魔石を直接並べてしのぐしかないですね。」
それを「仕方ない」と受け入れている様子に、
太郎は少しだけ首をかしげた。
(インフラごと不安定な世界……か)
棚の奥には、床に直接刻み込まれた古い魔法陣があった。
円と線と紋様が複雑に絡み合い、
その上には木箱が乱雑に積まれている。
「これは……?」
太郎が指さすと、近くにいた隊員が答えた。
「転送陣です。
本当は、ここに積んだ物資を別の拠点にそのまま飛ばせるはずなんですけど……
今は調子が悪くて、使っていません。」
「調子が悪い?」
「はい。
途中で物が消えたり、別の場所に出たりすると困るので……。」
「それは、困りますね。」
「かわりに、全部手で運ぶしかなくて。
だから第二小隊の負担が増えてるんです。」
隊員は苦笑しながら言った。
「便利な魔道具ほど、止まると大変なんですよ。」
太郎は改めて倉庫全体を見渡した。
魔石。
魔道具。
消えかけたり、強くなったりする灯り。
使われていない転送陣。
どれも、この世界では当たり前にそこにある“道具”らしい。
けれど太郎には、すべてが
「世界そのものの仕組み」に触れているように見えた。
(仕組みがない職場、だけじゃない。
世界の側の仕組みも、ところどころ歪んでるんだな)
頭の上で、角カチューシャがかすかに揺れた。
魔石の光が反射しただけかもしれない。
「……太郎さん?」
振り返ると、ウルダが倉庫の入り口に立っていた。
「棚、だいぶ見やすくなったね。
用途で分けるって、いいね。
他の隊にも、ここのやり方を真似してもらうかもしれない。」
「まだ途中ですけど……
誰が来ても、同じように探せるようにはしたいですね。」
ウルダは満足そうにうなずいた。
「太郎さんが来てから、
なんとなくでやってた仕事が、少しずつ形になってきてる気がする。」
その言葉を聞きながら、
太郎は背後の魔石と魔道具を一度振り返った。
この世界は、やっぱりどう見てもファンタジーだ。
けれど――
そのファンタジーの真ん中で、
やることは結局「仕事の段取り」と「人が迷わない工夫」なのだと、
少しだけ確信が深まっていった。




