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角だけ魔族の太郎さん〜人材育成から始める魔王軍マネジメント〜  作者: 山田太郎
第二章 「本部の日常」
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2-8 形のない仕事

 小隊室の動きが少し落ち着いてきたころ、

太郎は棚の前に立ち、全体を静かに眺めていた。


 誰もサボっていない。

 誰も手を抜かない。

 声を荒げる者もいない。


 なのに、どこか常に追われている気配が漂っていた。


 棚の前で、細身の隊員が魔法薬の瓶を持ち替えていた。


「昨日は……こっちだったような……

 でも、前の担当の人は逆で……」


 配置が人ごとに違うらしい。

瓶を持つ手が迷い続けたまま進まない。


 机のほうでは、中堅の隊員が紙束を前に唸っている。


「昨日の配分表と今日のと……書き方が違う……。

 どっちに合わせればいいんだ……?」


 紙の山は、日付も書き方もバラバラ。

書いた本人にしか分からないようなメモが混じっている。


 その横で、若い隊員が帳面をめくっていた。


「前任の記録……読めるけど、意味が分からない……

 “多め”ってどれくらいのことなんだ……?」


 太郎は胸の奥がざらつくのを感じた。


(……担当が替わるたびに、仕事が別物になる。

 これじゃ誰も全体を把握できないな)




「隊長、また依頼です!

 第一小隊から、“さっきの分は破棄で、新しい内容で優先”とのことです!」


「……分かった。すぐ組み替える!」


 ウルダは返事をすると、今抱えていた書類を脇に挟んだまま駆けていく。


 動きは速い。

危機の瞬間、誰よりも機敏だ。


 けれど――

同時に、常に火事場にいるような張りつめ方だった。


 ひと息つきに戻ってくると、

ウルダは申し訳なさそうに笑った。


「太郎さん、ごめんね。

 片づけたばかりの仕事も、すぐひっくり返っちゃうんだ。

 みんな頑張ってるんだけど……

 どうしてもうまく回らなくて。」


 本気で“忙しさが原因”だと思っている声音だった。


(……根本はそこじゃない。

 でも、ウルダさんは気づいていない)



 ミラが、太郎の整理した今日の控えの山を見て静かに言った。


「太郎さん。

 先ほど今日の分だけ分けると教えてくださった方法……

 この国の人には、少し珍しいやり方です。」


「珍しい?」


「ええ。

 こちらでは、仕事はやって覚えるのが基本なんです。

 誰かが見せて、真似して、

 その人のやり方が受け継がれる。」


 ミラは言葉を探すように視線を落とした。


「でも……担当が替わると、

 やり方も少しずつ変わっていくんです。

 誰も悪くないのですが、

 時間が経つほど“分かる人”が減っていきます。」


 太郎は紙の山を見る。

日付の付け方、線の引き方、メモの書き方がそれぞれ違う。


(ルールも基準もない。

 慣れた人だけが分かる仕事になっていく……)


 ミラの声が、ひどく優しかった。


「太郎さんは……

 迷わないようにする置き方に、慣れておられるのですね。」


 それは、責めでも賞賛でもない。

ただ気づいたことを述べただけの、真摯な言い方だった。



 近くで、若い隊員が小さく声を漏らした。


「さっきの指示と……違う……

 私の書き方、これで合ってるのか自信なくて……」


 すぐ横で中堅隊員が覗き込む。


「いや……悪くないんだけど、

 前任の人のやり方だと帳面と合わなくなるんだよな……」


「じゃあ……どうしたら……」


「……分からん。

 正しいやり方って……どれなんだ?」


 二人の声は弱々しいが、責め合うものではなかった。

ただ、迷っているだけ。


(能力が低いわけじゃない。

 ただ、道筋がない)



 ミラは忙しそうに呼ばれて離れ、

ウルダはまた別の依頼に走る。


 残された太郎の前には、

丁寧に働きながら、少しずつズレていく現場があった。


(これは……

 人を増やしてもダメなやつだ)


 太郎の胸に、静かな確信が落ちる。



 一時的に流れが落ち着いたころ、

ウルダが太郎のほうに戻ってきた。


「太郎さん……

 今日、いろいろ助かったよ。」


「俺は、ただ……

 気になったところを手伝っただけです。」


 ウルダは苦笑した。


「それが、一番助かるんだよ。

 ここはね……

 よく動く子が多いから、困ってても自分で抱えちゃうんだ。」


(それが問題の根なんだけど……

 気づいてないんだな、この人)




 ミラが戻ってきて、太郎の前に立つ。


「太郎さん。

 ここの仕事……

 誰が悪いという話ではないのです。」


「……はい。」


「ただ……道すじがないんです。

 だから、経験が浅い子ほど迷ってしまう。」


 それ以上の言葉はなかった。

ミラにも言語化できていないのだろう。


(……道筋か)


 太郎の胸の奥で何かが動いた。




「ウルダさん。ミラさん。」


 二人が向き直る。


「もし……

 ここで働かせてもらえるなら。

 少しずつ……

 迷わないようにする置き方を一緒に考えたいです。」


 それは、改革宣言でも何でもない。

ただ、自分が見てきた普通のやり方を置くというだけ。


 ウルダの目が大きく開いた。


「太郎さん……本当に?」


 ミラは胸に手を当て、深く息をついた。


「……ありがとうございます。

 第二小隊にとって、大きな助けになります。」


 その瞬間、

太郎の角がふわりと揺れた。


 近くの隊員がその揺れを見て、

ほっとしたように笑った。


 太郎は、その表情を見て、

胸の奥が温かくなるのを感じた。


(……この職場なら、

 俺のしがない係長時代も、きっと役に立つ)


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