2-7 最初の「ちょっとだけ」
棚の前で動きを眺めていると、
そっと袖口がつままれた。
「あの、太郎さん……」
振り向くと、さきほど紐を渡してきた若い隊員が、
袋を二つ抱えたまま、困った表情をしていた。
「これ、上の段に載せたいんですけど……
腕がもう限界で……。
少しだけ支えてもらってもいいですか?」
頼むことに慣れていない遠慮がちな声だった。
太郎の職場でも、こういうタイプに何度か出会っている。
「いいですよ。どこ持ちます?」
「ここです! すみません!」
二人で息を合わせて棚に載せると、
若い隊員はほっと肩の力を抜いた。
「ありがとうございます……助かりました。」
「いえ、たまたま手が空いてただけなので。」
そのとき、軽く動いた拍子に角が小さく“ぴょこ”と揺れた。
隊員は驚いたように目を瞬かせる。
「……柔らかいんですね、その角。」
「え、あ、まあ……そんな感じです。」
太郎は曖昧に笑ってごまかした。
一度手を貸すと、
すぐに次の声が飛んできた。
「太郎さん! この箱、少し押さえててもらえますか!」
「太郎さん、その伝票だけこの机に置いてもらえます?」
「太郎さん、これ一緒に持っていってくれると助かります!」
「はい。……はい、どうぞ。」
別の慌てた隊員、
書類を抱えた小柄な隊員、
力仕事に苦手そうな細身の隊員まで、
次々と太郎に声をかけてくる。
気づけば、太郎の手はほとんど塞がっていた。
少し離れたところで、ミラとウルダがその様子を見ていた。
「太郎さん、馴染むのが早いですね。」
ミラが小さく笑う。
「うん。」
ウルダは腕を組み、にぎやかな小隊室を眺めた。
「張り切ってるわけじゃなくて、
頼まれた分だけ自然に動いてくれる。
ああいう人、ここみたいな部署には本当に助かるんだよ。」
「柔角族だから、というより、太郎さん個人の性質でしょうね。」
「そう思う。」
ウルダは少しだけ表情をゆるめた。
「太郎さん、この箱、三つ数えたら上げましょう。」
「分かりました。じゃあ、せーの、で。」
二人で箱を持ち上げると、太郎は自然と仕事モードの口調になる。
「はい、これで大丈夫です。
同じラベルの箱は、できるだけ近い棚にまとめておくと、
あとで探す人が楽になりますよ。」
「確かに……。
今まで空いてるところに置いちゃってました。」
「空いている場所から埋めるのは普通です。
でも“同じものは近くへ置く”って決めるだけで、
作業がちょっと楽になります。」
「なるほど……じゃあ、この棚の半分を同じラベルの箱にしていいですか?」
「いいと思います。
変える前に周りに一声かければ十分ですよ。」
「はい!」
返事は素直で、気持ちが良かった。
「太郎さん……こちらも少し見てもらえますか?」
今度は小柄な隊員が、控えの書類を抱えて近づいてきた。
「この控え、いつも“とりあえずこの山”にしてて……。
どれが新しいのか分からなくなっちゃって。」
机の端には、積み上がった紙の山。
太郎は山の端に指を置く。
「全部を片付けようとすると大変なので、
まず“今日届いた分だけ”ここにまとめませんか。」
「今日の分だけ……?」
「はい。
昨日までの分は、この横に。
山を二つに分けるだけで、探すとき少し楽になります。」
隊員は真剣にうなずいた。
「……やってみたいです。」
「いいと思います。
困ったら声をかけてください。」
軽くうなずいた拍子に角がふわりと揺れ、
隊員はそれを見て小さく笑った。
「ありがとうございます。
太郎さんに頼むと、不思議と気持ちが軽くなります。」
太郎も、つられて微笑む。
いつの間にか、
第二小隊の忙しい流れの中に太郎は自然と組み込まれていた。
箱を運ぶ腕に力が入りにくくなり、
太郎はふと動きを止める。
声があちこちで飛び交い、
手が足りないところを互いに補い合う。
誰も文句を言わず、
ただ目の前の作業を丁寧にこなしている。
太郎はその様子を静かに見渡した。
こういう空気は、嫌いではない。
どこか懐かしさすら感じる。
角に不用意に触れないよう気をつけながら、
太郎は第二小隊の“忙しくて優しい職場”を
もう一度ゆっくりと見渡した。




