2-4 沈む本部と小さな綻び
本部に戻るころには、空の色が深く沈んでいた。
廊下には、椅子にもたれたままうつむく兵士たちが数人。
包帯や泥で汚れた装備が、今日の戦いの苛烈さを教えてくれる。
太郎はミラとラグナに続き、第二中隊の執務室へ入った。
室内の大きな机には、書類がいくつも積み上がっていた。
分類用の札には「第一突撃小隊」「第二小隊」「補給」など、
太郎にはまだ馴染みのない単語が並ぶ。
ミラはその前で息をつき、手早く仕分けを始める。
「これは第一突撃小隊の負荷報告……
こっちは第二小隊の事故記録……
これは補給班からの遅延連絡……」
(全部ミラさんひとりの担当なの?)
太郎はその量を見て、言葉を飲み込んだ。
ラグナが、肩で息をしながら部屋に入ってきた。
「上への報告、やっと終わった……。
第二中隊の総員変動を説明するのに、
大魔将の机上判断につき合わされた。」
「お疲れさまです。」
ミラは手を止めずに答える。
ラグナは積まれた書類を睨むように見た。
「第一突撃は今日も負荷が高すぎる。
鬼みたいな隊長の元で、若いのが潰れかけてる。」
太郎は思わず聞き返した。
「第一突撃……って?」
「前線専門の小隊だ。」
ラグナは机に腰を預けるように座り込む。
「第二小隊は逆に、後方中心だ。
仲はいいが……緩すぎて事故が多い。」
(前線と後方で、文化まで違うのか)
ミラは一枚の報告書を静かに差し出した。
震えた文字が並んでいる。
『疲れているが、人手が足りず休めない。
弱いと思われたくない。』
太郎の胸が締めつけられた。
現世で限界まで詰め込んだ新人の姿が頭に浮かんだ。
ミラは小さく吐息をこぼす。
「本当は配置もローテも見直したいんです。
第一中隊にも、第二中隊にも限界が来ています。
でも……中隊副官の私では、大隊に強く言えなくて。」
その声は、普段の凛とした調整官の顔とは違った。
(ミラさんでも……動かせないのか)
ラグナが腕を組み、太郎に視線を向けた。
「太郎。
さっきの若い兵士に声をかけてただろ。」
「あ、はい。
ただ……見ていられなくて。」
「十分だ。」
ラグナは短く言った。
「俺たちの言葉が届かないところに、
お前の言葉は届いてた。」
太郎は何も返せなかった。
ただ、胸の奥の熱だけが消えなかった。
ミラが太郎に向き直る。
「太郎さん。
もし現場を見て……気づいたことがあれば教えてください。
小さなことでもいい。
私たちの中隊は、もう手一杯なんです。」
その瞳は、誰かを助けたいと願う強い光と、
どうにもできない苦しさの両方を抱えていた。
太郎は今日見た青年の姿を思い出す。
(見て見ぬふりだけは……したくない)
気づけば拳を、静かに握っていた。




