2-3 若い兵士の限界
広場の隅で、ひとりの若い魔族がしゃがみ込んでいた。
抱えている報告書の束は重みで少し曲がり、
ページをめくる手は震えて止まらない。
ミラが気づき、駆け寄った。
「あなた、顔色が……。
休まないと――」
「大丈夫ですっ!」
青年は反射的に怒鳴り返した。
その声には、踏ん張っていた心の糸が軋む音が混じっていた。
ミラは責めず、ただ一瞬だけ目を伏せた。
現場の負荷を知っている者の表情だ。
太郎は自然に、青年と同じ高さにしゃがんだ。
「……手、震えてるぞ。」
「震えてないです!」
青年は歯を食いしばり、
揺れる気持ちを押し殺すように続けた。
「僕が抜けたら、全部崩れるんですよ!
先輩たちにも迷惑かかるし……
休めるわけないじゃないですか……!」
(あぁ……この光景、知ってる)
太郎の胸がざわついた。
現世で限界まで抱え込み、
泣きながら「迷惑かけたくない」と言っていた新人の顔が重なる。
太郎は余計な言葉を挟まなかった。
ただ、声を落として短く言う。
「……しんどいだろ。」
青年ははっとして、唇を噛んだ。
否定も肯定もできず、肩だけが震え続ける。
背後で資料を拾いながら、ラグナが低く言った。
「三日連続で前線。
……誰だって壊れるローテだ。」
青年の肩がびくりと揺れる。
「でも……代わりなんて、いないんですよ!
戦場は人が足りなくて……
僕が抜けたら、その分誰かが死ぬんです……!」
怒りでも反発でもない。
ただ、押しつぶされそうな焦りが溢れていた。
ラグナは強く否定できる立場にない。
苦々しそうに目を伏せた。
ミラは青年の手をそっと包む。
「あなたが倒れるほうが……もっと困るの。
誰も、あなたを責めたりしないわ。」
「……分からないんです。
どうしたらいいか……ずっと分からないままで……」
絞り出すような声だった。
風が吹き、太郎の角がふわりと揺れる。
青年はその揺れを見て、ほんの一瞬だけ呼吸が整った。
「なんか……落ち着くんです。
柔角族って、こういう……?」
(ただ揺れただけなんだが!?)
突っ込みたかったが、太郎は黙っていた。
青年は仲間に支えられて治療室へ運ばれていく。
残された空気は、どこか重かった。
ラグナがぽつりとつぶやく。
「……こういうやつが、一番先に潰れるんだよな。」
ミラは太郎に視線を向ける。
「太郎さん。
あなたが声をかけたあと……
あの子、少しだけ表情が緩んでいました。」
太郎は無意識に拳を握っていた。
「俺は……何もしてないですよ。」
言葉と裏腹に、胸の奥が静かに熱くなる。
(“何もしてない”なんて嘘だろ。
見て見ぬふりしたら、誰かがまた壊れる)
その感情はまだ名前がつかない。
だが確かにそこにあり、
太郎の中でゆっくりと広がっていくのを感じていた。




