任務終了
翌日。紅太郎は英雄機関の自室のベッドに寝ころんでいた。
ボマーを一撃で倒した後、桜花から逃げるようにその場を後にした。
桜花の言葉が耳に入っていなかったわけではない。
無駄であっても、自身が紅太郎であることを否定するべきだったのかもしれない。
後になってみればもっとうまい切り抜け方があったのかも知れなかったが、そのときの紅太郎には逃げることしかできなかった。
あれでは認めてしまっているのも同然だ。
しかし桜花には自身が変身する姿を見られてしまっている。多少言い訳を並べてみたところで、ごまかしきれるとは思えなかった。
「潮時だな……」
本来、紅太郎は英雄機関に戻ってくる必要はなかった。
これからナインライブズに戻って玉藻にどこか遠い地で、桜花との接触がないところに配属してもらうつもりだ。会うこともなければ、そのうち忘れてくれるだろう。
そう思っていたが、逆に最後にけじめをつけたいと思う自分もそこにいた。
今までだましていたのかとなじられるかも知れない。下手をすれば、怪人として殲滅される可能性もある。普通に考えればそれが妥当な線だ。
ナインライブズ最強の怪人であるブラックガードの正体は、ヒーローの九条紅太郎だった。
その事実は世間に驚愕を与えるだろう。世間のヒーローへの信頼が揺らぐほどの事件だ。
英雄機関としては即座に事実をもみ消したいはずだ。
しかし紅太郎は逃げなかった。
最後に桜花にけじめつけて死ぬのも悪くない。そう思い手元にある通信機のボタンを押した。
「悪いな急に呼び出しちまって」
紅太郎と桜花は英雄機関のビルの屋上にたたずんでいた。
桜花は怪人と対峙している時のような鬼の形相でもなく、また紅太郎と接している時のようなまぶしいような笑顔でもない。不安でしょうがない、というような表情をしていた。
「……紅太郎…………」
桜花は紅太郎に沈んだ表情で話しかける。今にも泣き出しそうな顔をした桜花を見るのは、紅太郎にとっても辛かった。
今の紅太郎は怪人に変身できない。
昨日機関に戻った後何度か試してみたが、変身することは不可能だった。おそらく今の紅太郎が桜花と戦えば、ものの数秒で倒されてしまうだろう。
しかし紅太郎の心には不思議と恐怖の感情は湧いて来なかった。
「昨日は散々だったな。身体はどうだ? 見た感じ平気そうだけど、六花も大丈夫だったか?」
つとめて軽い口調で話をしてみるが、それが却って不自然さを助長していた。
「……紅太郎」
紅太郎の問いに答えることなく、桜花は決定的な言葉を吐き出す。
「紅太郎は怪人なの?」
言われた紅太郎の表情が凍りつく。
実際に変身した場面を見ているのだ。否定することに何の意味があるだろうか?
「紅太郎は怪人ブラックガードなんでしょう?」
その問いは純粋な意味での問いかけではなく、確信したものだった。
「……」
紅太郎の沈黙は肯定を意味している。
「私は紅太郎とずっと戦っていたの?」
桜花の眼から涙がこぼれる。
「私はずっと紅太郎を傷つけてきた……」
「紅太郎が怪人になってしまったのも6年前の事件が原因なんでしょう」
まあ原因も何も、実際死んでたのを怪人になったことによって生き返っただけなんだけどな。
しかしその分析は間違っていない。
「私のことを、に、憎んで……殺そうと思っても仕方のないことだと思う」
「ち、違うっ」
紅太郎は桜花の言葉を否定する。
「私が紅太郎を怪人にかえてしまったんだ……」
紅太郎は桜花の独白にろくに返事を返せずにいた。
紅太郎を責めるのではなく、桜花は自分に責任を感じている。
思えば桜花は昔からそんな奴だった。相手を恨むことはしない。なんでも自分のせいにしてしまう。心の優しい女の子だった。
「私はヒーローを辞めようと思ってる」
「なんでだよ。俺のことなんか構う必要なんてない。お前は世界最強のヒーローで、家族や友達思いの優しい人間で……俺の…………憧れのヒーローなんだ! 辞めるなんて言わないでくれっ!」
本音だった。桜花の幼馴染としても、ライバルの怪人ブラックガードとしても、そんな理由で桜花にヒーローを辞めてほしくなかった。
「……もう無理なんだよ……。大切な人を傷つけて。大事な人を守れなくて……世界の平和どころか自分の周りの人すら守れない。そんな私にヒーローをやる資格はない」
断言する桜花に言葉を失う紅太郎。当事者である紅太郎には声をかけることはできなかった。
「ふん!! 貴様のような軟弱なヒーローなど世の中にはいらんっ! さっさと失せろ」
「「なにっ!」」
声のした方を振り向くとそこにはナインライブズの怪人。ブラックガードとスノーホワイトがいつの間にか立っていた。




