囚われの身
ーー長い夢を見ていた。
桜花の幼馴染「九条紅太郎」として生きていた自分。
桜花を守れる存在になろうと、日々努力を重ねていた。
しかし努力の甲斐なく志半ばにして力尽きてしまった。
自身が力尽きた時の桜花の泣き顔。
そんな顔をさせてしまった自身の不甲斐なさ、悔しさを、紅太郎は昨日のことのように思い出せるようになっていた。
俺が九条紅太郎本人ってことか……
今、紅太郎は幼少の頃、桜花と過ごした日々を鮮明に思い出すことができた。
自分自身が九条紅太郎本人ということであれば、潜入できて当たり前だ。「英雄機関に潜入し神前桜花と恋仲になれ」という、無謀に思える任務にも納得がいった。
なんせ本物の九条紅太郎が、本当に記憶喪失の状態で再会するのだ。
嘘だと思っているのは紅太郎本人だけだ。
ただ九条紅太郎は憧れていたSランクのヒーローではなく、Sランクの怪人になってしまっただけだ。
自身が何者かを思い出した紅太郎だったが、頭の中は意外と冷静だった。
一度死んだにも関わらず蘇生できたのは幸運。さらに紅太郎は生前持ちえなかった力を玉藻に与えられている。感謝こそしても、恨み言を連ねるつもりはなかった。
ただしそのことと今回の任務は話が別だ。
任務内容には納得がいっても、玉藻の掌で踊らされているという事実が、紅太郎には不満だった。
……戻ったら絶対文句を言ってやる。
そう思い紅太郎は重いまぶたを開けた。
紅太郎が目を開けると、目の前に六花の顔があった。
「なっ」
「お、おまえ何を?」
「ち、ちがいますの。なかなか起きないから……その……気になっただけですの。いっいえ別に心配などしてたわけではなくてっ」
とりあえず俺のことを心配してくれていたようだ。
六花は紅太郎の隣に鎖で縛られていた。
身体を動かそうとするが身じろぎひとつできない。見ると紅太郎自身も鎖でがんじがらめに縛られていた。
「ここはどこだ?」
周囲を見回すがその部屋には六花と紅太郎の2人しかいなかった。
おそらく2人ともボマーに捕まってしまったのだろう。
あたりは薄暗く、壁紙すらないコンクリートがむき出しの部屋だった。
おそらく旧市街地の廃ビルの一角なのだろう。
「まずいな」
体は傷口こそふさがっているが、魔力は根こそぎなくなっている。
おそらく怪我の修復、体力の回復に使われたのだろうが、残存魔力は一割にも満たない。
この状況で魔力が不足しているのは致命的だった。
「しかしなぜあいつは俺たちを生かしておいたんだ?」
「…………」
六花は一瞬躊躇し押し黙るが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……おそらくわたくしたちは英雄機関、いえお姉さまに対する人質ですわ」
紅太郎の予想と合致していた。
神前桜花を倒そうとするならば、本人を狙うよりもその周辺の人間を狙ったほうが早い。
これまで数年間の間、紅太郎は桜花と戦い続けていた。
正直その事はわかっていたが、今まで一度も実行に移した事はなかった。
認めたくはないが桜花を実力で倒す事は、Sランクの怪人である紅太郎でもできない。おそらく同程度の怪人が数人は必要になってくるだろう。
だがそのような戦力は、そう簡単に用意できるものではない。
「俺も同意見だ。……とするとさっさとどうにかしないとな」
脱出のため魔力の発動を試みるが、全く練る事が出来なかった。
「ん? どうなってんだこれ?」
「おそらくこの鎖は怪人捕縛用の鎖ですわね。魔力を霧散させる効果があるみたいですわよ」
「どうにもならねーな。早く俺たちが脱出しないと……」
「思ったよりも早かったな」
声がする方を見ると紅太郎達を捕らえた怪人、ボマーが立っていた。
「てめえ!!」
6年前九条紅太郎を殺し、今また紅太郎達を倒した相手に冷静にはいられなかった。
「私達をどうするつもりですの?」
「もちろん最強のヒーローと名高い、神前桜花様への人質だ」
やはりか。悪い方の想像が当たってしまった。
「そうでもしないとあんな化け物と戦えねーだろう。拳の一突きで地面にクレーターができるようなやつだ」
やはりそうか。こいつは桜花の弱点を知っている。
「お姉さまに人質なんか通用しませんわ。あなた程度の実力ではお姉さまの動きに反応できるわけありませんのよ」
「はっ!! 誰に向かって口きいてんだ!!」
ガッ
ボマーは六花の顔面を思い切り蹴り飛ばす。その衝撃で倒れた六花に対して何度も踏みつける。
「はっ!? わたくしを一撃で殺せもしないのに、お姉様を倒そうだなんて、100年早くてよ」
六花は額や口から血を流しながら笑っていた。
こいつまさか桜花が来る前に死ぬ気か!?
「おいっ!! やめろ!! 図星を突かれたからってキレてんじゃねえよ!!」
紅太郎の言葉にボマーは振り返り、紅太郎に向かって歩いてきた。
「そんなことはわかってんだよ。あいつが本気で俺を殺そうとしたら一瞬で終わりだろう!! だが人質を取れば話は違う」
言いながらボマーは片手で紅太郎の首を掴み、そのまま締め上げる。
「見も知らぬ相手を人質に取っただけで動けなくなったんだ。大事な妹と幼馴染が人質に取られたらどうするんだろうなぁ」
「たぶん自分が死んでも助けたいとおもうんだろうなぁ」
ボマーはゲスな笑いを浮かべていた。
そんなことはないと言いたいところだがおそらくこいつの言うとおりだ。紅太郎たち二人が人質になっている以上、桜花は全く動く事が出来ないだろう。
「安心しろよ。あのクソガキを殺したら次はおまえらの番だ」
わかっていることだがこいつはおれたちを皆殺しにするつもりだ。桜花を倒した後に俺たちを殺すのは簡単な事だ。
「あー、あと別に死にたきゃ勝手に死んでもらって構わないぜ。俺はあいつに復讐したいだけだからなぁ!! 目の前で自分の大事なニンゲンガ死んでいく様を見せるのもいいかもしれねぇしなぁ」
怪人は狂気的な笑みを浮かべる。
「ぐっ……」
六花は悔しそうに呻き声をあげる。
自分のせいで桜花がが誰かに倒されるなんて許されることではない。それは怪人ブラックガードと、神前桜花の幼馴染、九条紅太郎としての本音だった。
「おいてめーはだんまりかぁ。まあしょうがねぇよなぁ。ガキの頃に殺されかけた相手にだもんなぁ。ビビって声もでねぇよなぁ」
ボマーは紅太郎の髪を乱暴に引っ張り、そのままコンクリートの柱に叩きつける。
「……このクソ野郎が!」
紅太郎はボマーを睨みつけるが状況は変わらない。
鎖は外す事が出来ないし、仮に外す事が出来たとしても、変身の出来ない今の紅太郎では勝つ事が出来ない。
「ふん。言うだけ言っとけ。その減らず口もそのうち叩けなくなるからな」
後ろを指差す。
「正義の味方のお出ましのようだぜ」




