昔の夢1
子供の頃の九条紅太郎にとって、神前桜花は誇りだった。
現存するヒーローの中で、最強の一角として有名な神前千花の長女。
若干、6歳にしてCランクのヒーローとして活動を開始。今年の10歳の誕生日を前にして格付けはBランクに昇格していた。
紅太郎とは家が隣で幼馴染だった。紅太郎は不慮の事故で両親を亡くしてしまい、桜花のたっての願いで神前家で一緒に暮らしていた。自然と紅太郎は桜花に強い憧れを持つようになり、ヒーローになることを目指していた。
「ねえ紅太郎」
「なに桜花ちゃん」
二人が話しているのは英雄学園。英雄機関に隣接して建てられている初等部の校舎の中だった。
「昨日紅太郎はCランクのヒーローに昇格したのよね」
「うんそうだよ。昨日お祝いしてくれたじゃない。それがどうしたの?」
紅太郎は昨日の昇格祝いのことを思い出して、少しはにかんだように返事をした。
「Cランクってことは一人前のヒーローになったっていうことよね」
英雄機関では組織のヒーローに対して格付けを決めている。
Eランクは一般人と大差なし。Dランクは研修生。Cランクからはようやく一人前のヒーローと認められ、戦力として数えてもらえるようになる。
桜花と比較すると四年ほど遅れての昇格のため劣って見えるが、少年の成長が遅いわけではない。
初等部の人間はほとんどの人間がDランクなので、むしろ少年の成長は著しく高いといえよう。
「うん。一応ね。まだなったばっかりだから一人前とは言い難いけど……」
「いいのよそんなことは。紅太郎は英雄機関の初等部では私の次に強いんだから、もっと自信持ちなさいよね」
桜花は腕を組み少し怒ったような顔をする。本当に怒っているわけではなく、冗談めかした口調であったため、その顔はすぐに笑顔に戻った。
「実はいまこんな任務が出ていてね……」
桜花は端末を叩き、紅太郎に画面を見せる。
「ええと……緊急任務……指名手配」
そこには数日前から殺人容疑で指名手配をされている怪人、ボマーの姿が映っていた。
「えっと……Aランクの怪人じゃないっ!! こんなの無理だよ」
Aランクの怪人はヒーローになったばかりの自分にどうにかできる相手ではない。
「しかもこれ必須要件がBランク以上になってるじゃない。僕には受けられないよ」
任務は受託する際に最低ヒーローランクが設定されており、それぞれ難易度によって振り分けられている。主に悪の組織と対峙するような任務は、基本Bランク以上のヒーローでないと受けられない。
そもそもAランク以上の任務は機密性の高いものが多く、公開していないケースが多かった。
閲覧だけならば英雄機関に籍を置く者であればだれでも可能であるが、毎日チェックしている紅太郎ですら、今まで二、三回しか見たことがなかった。
「だから私の名前で受けるのよ。同行員として紅太郎が参加すれば何の問題もないわ」
「いや、でも危険せ……」
「大丈夫! 私は戦闘能力だけだったらAランク相当だってママも言ってたし」
そうなのだ。現状桜花のランクがBなのは若いからというのが理由だ。戦闘能力だけで言えば、学内ではもちろんのこと、支部に所属する現役のヒーローを入れても上から数えた方が早かった。
「うーんでもなぁ」
「お願い紅太郎。私もう少しでAランクに上がれるの。ここでポイントあげれば随分違うからさー」
紅太郎は桜花の言葉が嘘であることを知っていた。桜花はランクアップなどにはまるで興味がない。
しかし桜花は紅太郎が早く桜花に追いつくために、必死に努力をしているのを目の当たりにしている。
おそらくこの怪人を捕まえることによって、紅太郎のランクを早くBに上げようとしているのだろう。そう考えると桜花の提案を無下に断るのははばかられた。
「うーん、じゃあしょうがない。今回だけだからね」
紅太郎も桜花の意図に気付かないふりをして、提案を受け入れる。
「やったあ! ありがとう。やっぱり紅太郎は頼りになるわね。準備するから一緒に行きましょう」
いまから考えると、いくらAランク並みの力を持っているとはいえ、桜花と紅太郎はまだ十歳の子供だった。悪の組織と戦うことがどういうことなのか。頭ではわかっているつもりでも、実際に自分達の命が危険にさらされる事など今まで一度もなかった。
本当の所はわかっていなかったのだろう。
自分たちの仕事が、いつも死と隣り合わせであることを。




