その組織は
2時間後、ようやく対象が店から出てきた。
「よし行くか」
支払いは先に済ませておいたので、紅太郎達もすぐに店をでた。
対象とパララケルスは腕を組んで親密そうに歩いている。
紅太郎は、後方十メートルの程度の距離を保ち尾行を継続していた。桜花は先程までと同じ様に遠距離からの尾行だ。
「……おかしいな」
紅太郎は先程から妙な気配を感じていた。
尾行に関して下手を打った覚えはない。対象にもその女にも尾行は気付かれていないはずだ。
「紅太郎」
桜花から通信が入る。紅太郎は思考を中断して桜花に返事をした。
「どうした? なにかあったか」
「このまま真っ直ぐ行くと大きな公園があるはずだ。もしも中に入られると。屋上からじゃわからないかもしれない。
言われて紅太郎は素早く頭の中に地図を展開する。
確かに桜花の言うとおりこの先に大規模な森林公園がある。昼間は子供連れの家族で賑わっているエリアだが、夜は恋人たちのデートエリアとして人気がある公園って聞いたことがある。
「よし一度合流しよう。もしも公園内に入るようなら、地上からの方が良い」
「わかった。すぐ行くね」
間髪入れずに桜花は返事をして通信を切った。
「こ、これは……」
桜花と紅太郎の予想通り、対象は公園の中に入って行った。
予想と違ったのは、公園の中はカップルだらけで、全員が例外なくイチャイチャしていた事だ。
ーーどうすればいいんだ。
紅太郎は答えに窮していた。いや答えは簡単で、桜花とカップルのふりして尾行すればいいのはわかっている。
場所によっては効果的であるのを、ナインライブズ時代に雪乃とチームを組んで尾行したからわかっている。
だがしかしーー
桜花を目の前にして、とてもそんなことは言えそうもなかった。
「私達もイチャイチャしながら尾行すれば目立たないね」
「ーーえっ」
桜花は小声でそういうと、紅太郎の腕を取り体を寄せてくる。
ふにょん
「ひっ」
かろうじて声は出なかったが、肘のあたりを包む柔らかい感触に紅太郎の体は硬直した。
「さ、さあ行こうか」
見ると紅太郎だけではなく、桜花の顔も負けじと赤くなっていた。
「紅太郎!! 早く行かないと、見失う」
桜花が力を込めると更に柔らかい感触が紅太郎の腕に絡みつく。
「わ、わかった。わかったからあんまり力を入れるな。さあいくぞ」
言って紅太郎は歩き始める。
2人の歩き方はぎこちなかったが、周囲からは初々しいカップルにしか見えず、狙い通り偽装は成功していた。
しばらく歩くと対象がベンチに座った。
紅太郎たちも慎重に様子を伺い、張り込みのできる芝生に腰かけた。近くにある茂みがブラインドの役目を果たしており、こちらの捕捉は容易ではないはずだ。
……しかし、こいつらこんなところに来るってことはただの恋愛関係か?
事件性がないのならばこんなにアホ臭い任務はない。浮気調査は探偵に任せておけばよいだろう。
「――紅太郎」
桜花が小さな声で囁く。
「周りの人は何してるの?」
桜花に言われて、紅太郎も周囲を、見回してみる。
「……ん」
「あっ」
「愛してる」
「………………」
「よく見ると周りの人間は同じことをしているようなんだけど」
周囲に意識をやってみると確かにみんな同じ事をしていた。
何が夜のデートスポットだ。ただの青○公園じゃねーか。
「われわれもシタほうが良いのだろうか」
「っ!」
いいながら桜花は紅太郎に覆いかぶさってくる。
紅太郎は逃げようとしたが、時すでに遅くマウントポジションの体勢を取られてしまっていた。
「おいっ何考えている。今すぐ俺から降りろ」
「……」
桜花は無言でさらに紅太郎の方に向けて体重をかけてきた。
「いやだから待てって。演技でここまでする必要はないっ」
紅太郎はなけなしの理性を総動員して声をあげた。
「昔から紅太郎は変わらないね」
「!?」
急に昔の話をされ紅太郎の体が一瞬硬直する。まずい。どうにか話を合わせなければ。
「大丈夫だよ。フリだけ」
桜花は、そのまま紅太郎に、覆いかぶさってくる。
「いや。ちょ、まっ」
ピリリリリッ
一瞬自分の携帯が鳴ったのかと思ったがそんなわけはない。携帯電話はもちろんのこと、機関の通信システムもサイレントモードにしてある。
あたりを見回すと対象と一緒にいる女幹部が、携帯電話で話をしていた。
恋人といる時に電話?
少々不自然に思うがあり得ない事態ではない。大方組織関連で絶対に出なきゃいけない連絡だったのだろう。
「はい神前です」
急に桜花が話し始める。
「ええ。わかりました。……私から伝えておきます」
どうやら本部からの通信のようだ。これだけ近くにいても本人にしか通信が察知できないのだから大したものだ。
「紅太郎。本部から連絡だ。どうやら遊園地に怪人たちが出没したらしい。どうにも敵勢力は私を指名のようでな。行くしかないみたい」
桜花を指名?
紅太郎たちナインライブズならばともかく、好き好んで都市最強のヒーローを指名する馬鹿がいるのか?
自分のことを棚に上げてのことだが、事実そのような事をしているのは紅太郎達だけだった。
「ああ。相手はいつもの相手だ。私一人で行けば問題ないよ。ああ見えて悪いやつらじゃない」
「いつもの相手?」
「うん。紅太郎はそのまま尾行を続けてくれだって」
紅太郎が返事をしないで黙っていると、桜花は急ぎ身を翻しその場を離れて行った。
残された紅太郎は、桜花の発言の違和感を覚え、首をかしげる。
……いつもの相手?
そう桜花が考える組織は紅太郎達、「ナインライブズ」しかいない。
雪乃か玉藻かの仕業とも考えられるが……。
「声を出すな」
「っ!」
紅太郎の真後ろで声がした。
考え事をしていたとはいえ、まったく気配を感じなかった。
こうなったら仕方がない。
ダメージを覚悟で振り向きざまに攻撃を加えて離脱するべきか、話に応じるふりをして逃げ出すか。
紅太郎が前者の行動を取ろうとした直前、
「振り向いても結構ですのよ。ところでお姉さまとあなたはこんなところで何をしていましたのっ!」
振り返ってみると声の主、神崎六花がしゃがみ込んでいた。
「なっ何もしっーー」
言い訳をしようと声を荒げるが碌花の小さな手に口をふさがれる。
「対象にばれますわ。大きい声を声を出さないでくださいましっ」
「んぐっ」
今回は六花の言い分が全面的に正しい。
紅太郎が黙ってうなずくと六花は口に添えた手を離し、小声で話しかけてきた。
「まあお姉さまとの件は、後できっちり説明してもらうことにします」
そういやこいつ重度のシスコンだったな。よく見るとその口元は小刻みに痙攣しているし、こめかみもピクピクしている。
しかしこいつなりに前回の件を反省しているのだろう。後にも先にも六花に説明する必要を感じなかったが、騒がれて困るのは一緒であったため、とりあえずはその提案に乗ったふりをする。
「ああ。それはそうといま対象といったな。もしかしてお前の尾行対象はあいつらか?」
紅太郎は対象に気づかれないよう注意しながら、視線を送る。
「ええそうですわ。あの女のほうです。ということはあなたも?」
「いや俺達はあの男のほうだ」
「わたくしたち三人が特殊任務を与えられていて、そのお互いの相手がここにいる。ただの偶然ではありませんわよね」
六花の指摘のとおりだった。この状況は不自然だ。ただ尾行させるだけならば三人をひとつのチームにして二人を尾行させたほうが効率がよい。
「詳しいことは指令に聞いてみないとわからないが、不自然だな。……連絡をしてみる」
紅太郎は端末に手をかける。しかし通信を開始しようとするがうまく通信ができない。おかしいと思い端末を手にとって見ると圏外の表示がなされていた。
機関で使っている通信装置が圏外?
「どうしたのですの?」
なかなか通信を開始しない紅太郎に六花が聞いて来る。
なぜだ。さっき桜花は通信していたぞ。
「ダメだ。圏外になっている。お前のはどうだ?」
「そんなわけ……わたくしのもダメですわ」
まさかこの場所が圏外なのか?
しかしジャミングでも受けていない限り、こんな街中で圏外になどになるわけがない。
そんな事を考えていると、ナインライブズ専用の秘匿回線から連絡があった。腕時計にしか見えないためため六花には気づかれていない。一瞬無視しようかとも考えるが出ることにした。この秘匿回線は緊急時にしか使われないものだ。
「どうした。なにがあった」
「……紅太郎。無事でよかったです。その場所から静かに、速やかに離脱してくださいっ!!」
雪乃にしては珍しくあせっているようだった。
「どういうことだ。隣に六花もいる。周囲に何かいるのか?」
紅太郎が周囲を見渡すが変化はない。
「何者かがその地域全体に強力なジャミングを仕掛けています」
紅太郎はすぐにも走り出したい焦燥に駆られるが、まずは情報を集めることを優先した。
「さっき桜花が遊園地に出没した怪人達を撃退しに向かった。それと何か関係あるか?」
「……いえ。そもそもそんな報告はあがっていません。そもそも報告があがったとしても、現在機関の通信機ではジャミングのため桜花に連絡を取ることはできませ……」
ザッーザザッ
雪乃の通信が一瞬途絶える。
どうやらジャミングはナインライブズの回線にさえも影響があるようだ。
「おいっ聞こえるか? 雪乃!!」
「いま……があがりました。遊園地で…………爆破で……。犯行声明は……ナインライブズからです!!」




