R008話 ナポレオン皇帝起つ!
【筆者からの一言】
この人も引っ張り出すようです。
1942年◯◯月◯◯日 『フランス』
ルイは困惑していた。
遠方より遥々ドイツ軍の監視下にある自分を訪ねて来た2人の男の話しが驚くべき内容だったからだ。
あまりに予想外な話しに否定的なニュアンスを込め2人に問い掛ける。
「ですが、今の私はご覧の通りドイツ軍の拘束下にあります。とてもあなた方の力になれるとは思えません」
まだ三十代らしいのに髪が薄くなった使者がそれに返答した。
「ご安心下さい殿下。既にドイツ政府とは話しがついております。わたくし共と来て下さるならドイツは殿下のお身柄を解放するそうです」
「それは……しかし、あなた方の同胞は長年アメリカ人として暮らして来た人達でしょう。そう容易くは私を受け入れない人々も多いのではないでしょうか。ましてや200年前にあの地を誰が売却したのかを思い起こせば……」
もう一人の四十代らしい額の大きくいかつい体格をした使者が今度は答える。
「確かにそういう者もおりましょう。しかし、もはや内部の者では誰が指導者になってもおさまらないところまで来ているのです」
髪の薄い使者も言葉を足した。
「周辺は敵だらけにも関わらず、お恥ずかしい事に仲間内での権力争いがおさまりません。誰が指導者になっても事態は拗れ、同胞同士でテロが起きるのは必定、いえ既に起こっています。
ここは、何のしがらみも繋がりも無く、誰に対しても公平平等に振舞える外部の人間を指導者に戴くほかはありません。殿下が最も適任なのです」
「殿下、我らをお救い下さい。
このままでは多くの同胞が無為に亡くなりましょう。
同胞を一つにするには、あなたのお力におすがりするしかないのです」
そう言って二人は頭を下げる。
「……」
ルイは暫し熟考した。
あまりにも突拍子のない話しではある。
しかし、これは利用できるチャンスではないかとも思えた。
特にドイツの拘束下から解放されるのは大きい。
だが、しかし……
ドイツの軍門に屈した祖国フランスをこのままにしておくのは……
けれど、このままの状態では今の自分に何ができるわけでもないのは明白だ。
ましてやナポレオンの名前、フランス皇帝など今の祖国フランスでは、誰もその登場を望んではいないし期待もしていないのはわかっている。
既にナポレオンの名とフランス皇帝の地位は歴史の遺物なのだ。
その二つを引き継ぐ自分。
皇帝ナポレオンの弟ジェローム・ボナパルトの末裔であり、今やボナパルト家の家長たる自分……
このナポレオン6世たるルイ・ナポレオン・ボナパルトを必要としている者達がいるのならば、そこに行くべきなのではないのか……
これは運命の導きかもしれない……
少なくとも自分を皇帝と認める者達がおり、影響力を発揮できる場所があるようなのだ。
このままここで燻ぶっていても何ら事態は変わらないだろう。
それならばこのチャンスに賭けてみるべきではないのか……
「わかりました。行きましょう、あなた達とアメリカへ」
「殿下、感謝いたします」
「これで同胞も救われます」
フランス系アメリカ人の2人は感謝を口にし再び頭を下げた。
その顔は微笑みと共に希望が浮かんでいるかのような表情だった。
彼らが来た地、アメリカ合衆国のルイジアナ州は大昔はフランスの植民地だった。その為、フランス系アメリカ人が多く民法としてナポレオン法典が使われている。
史実における後世、21世紀になってもまだナポレオン法典が生きている土地だ。
かつて北アメリカに広大なフランスの植民地があった。
しかし、皇帝ナポレオンが、その植民地をアメリカ合衆国が買収の申し入れをして来たのを良い機会として売却してしまった。
皇帝ナポレオンが常に戦争をしていたのは有名な歴史だ。
その戦費調達とアメリカを味方に引き付け、更に植民地防衛の負担を減らす為に売却したのだ。
言うなれば本国の意向によりフランス植民地にいたフランス人達は切り捨てられたとも言える。
それはともかく、日本の攻撃によりアメリカ合衆国は政府も軍も壊滅した。
ルイジアナ州最大の都市ニューオリンズも原子爆弾により壊滅した。
それで多くのフランス系アメリカ人が亡くなったが、それには多くの有力者達も混じっていたのである。
更には各地区のフランス系アメリカ人で指導者的立場になり得る者が殺されるという事件が頻発した。
その結果、フランス系アメリカ人のコミュニティは混乱し指導者の立場をめぐって諍いが多発する。
その間にも黒人やインディアンが独立を求めて蜂起し、フランス系アメリカ人は戦いを強いられ犠牲を出していく。
内部で纏まらないまま、混乱したままにフランス系アメリカ人は有色人種と戦い続けていた。
その時、ある商人が一つの提案をした。
これまで有色人種との戦いにおいて資金と武器と物資を掻き集め無償で提供してくれた同胞であり商人だ。誰しも耳を傾ける。
「もう誰が指導者になってもこのフランス系アメリカ人の社会は纏まらない。無理だ。それなら外部から指導者を招こう。このルイジアナで誰とも利害を持たない公平な立場の人を」
「誰を招くんだ? 無名の人が来たって誰も従わないぞ」
「ネームバリューはある」
「誰だ? 勿体をつけないでくれ」
「ナポレオンだよ。ナポレオン六世だ。今、フランスにいる」
「ナポレオンだって!!」
「おいおい正気か?」
「旗頭にするんだよ。誰がトップになっても揉めるんだ。お飾りのトップにして物事は我々が合議制で決めればいい。今はそれすらできないじゃないか」
「だが、ナポレオン三世の例があるからな……」
「実権は持たせなければいいだろう。意外とナポレオン・ボナパルトみたいに軍才があるかもしれないがね」
そうした話し合いが何度かもたれ、遂には使者がフランスに向かう事になったのである。
こうしてルイ・ナポレオン・ボナパルトはルイジアナに向かう事になる。
それをヒットラー政権が阻む事は無かった。
ヒットラー政権としては然程大きな問題とは捉えていなかったし、ルイジアナのフランス系アメリカ人達は知らぬ事であったが、日本大使館から口添えがあったからである。
日本はナポレオンがアメリカ大陸に現れる事による混乱の助長を望み、それをドイツ政府に伝えたのである。
史実ではルイ・ナポレオン・ボナパルトは第二次世界大戦が始まると、フランス傭兵部隊に入りドイツ軍と戦うが、後に捕虜となり拘禁されていたが脱出し、レジスタンスに参加する。
戦争を無事に戦い抜きフランス政府から勲章も授かっている。
そして1997年に天寿を全うし83歳で亡くなっている。
しかし今回の歴史ではルイジアナに渡る。
そしてルイジアナ帝国の建国を宣言しナポレオン六世を名乗る。
ルイジアナのフランス系アメリカ人がその支持母体である。
アメリカの民主主義に馴染んでいる支持者達の事を考慮し、政体はイギリス風の立憲君主制としている。
だが、しかし……
ルイジアナのフランス系アメリカ人もナポレオン六世も知らない。
これまでルイジアナのフランス系アメリカ人達の力となり、資金と物資を提供し、その影響力を利用してフランスからナポレオンを呼ぼうと提案した商人が、実は閑院宮摂政の工作員である事を……
ナポレオン六世はフランス系アメリカ人の指導者となってコミュニティを纏め、黒人やインディアンや犯罪者集団との戦いに尽力する。
だが、それは閑院宮摂政の手のひらの上で踊らされている出来事に過ぎなかったのである。
それをアメリカ住む者達は知らない。
果たしてこれからアメリカの大地は如何なる歴史を刻むのか。
それは、まだ誰も知らない……
【to be continued】
【筆者からの一言】
これで4人目。クスクスクスクス。