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R035話 主従

 1942年3月 『イギリス ランカシャー州 サイプレス・ハウス』


「おはようコンラン」

 朝食の席にやって来た子爵は長年、忠実に仕えている執事コンランにいつものように声をかける。


「おはようございます旦那様」

 ちょっと太目の執事はうやうやしく主人を迎えた。


「ボールドウィン一家の消息はまだわからないようだな」

 席につき新聞を広げながら子爵はそう言う。


「そのようでございます旦那様。奥様もさぞやご心配でございましょう」


「あぁ最近はあまりよく眠れないらしい」


「おいたわしい限りです」


 子爵婦人はアメリカ出身でありボールドウィン家は彼女の実家だ。

 ボールドウィン家は資産家でありシカゴに屋敷があった。

 しかし、日米開戦後に日本軍が攻撃し、以後シカゴとの連絡が全くつかない。


 ただでさえ息子のアンソニーがイギリス軍に入りアフリカ戦線でドイツと戦っているのを日々心配していたのである。

 そこにアメリカの報せが加わった。

 おかげで子爵夫人は心労で臥せがちだ。


「しかし、アメリカがこんな事になるとはな。まさか日本があのような力を持っていたとは誰も想像すらしていなかっただろう」


「まことに恐るべき事でございます」


「まったくだ」


 伝統ある英国貴族の家に生まれ、この家を守り抜く事を第一の使命と考えている子爵は、今次大戦におけるイギリスの戦局のあまりの不利さに、不安を感じずにはいられない。

 しかし、家長たる者、家族にも使用人にもそんな気配を悟らせてはならない。不安を広めてはならないのだ。

 こういう暗い時代だからこそ、上の者が、家長がしっかり家族と使用人達を守り未来に導いていかねばならない。


 だが、そうは思っても実際に内心ではどうしたものか、途方にくれていた。

 内心では毎日が溜め息の連続だった。 


 夜に嗜む酒の量が徐々に増えている子爵であった。


【to be continued】

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