R011話 アンリ国王起つ!
【筆者からの一言】
この人も引っ張り出します、というお話。
1942年◯◯月◯◯日 『フランス』
アンリは困惑していた。
遠方より遥々自分を訪ねて来た2人の男の話しが驚くべき内容だったからだ。
あまりに予想外な話しだけに否定的な返答をしてしまう。
「今の私は故国をドイツの手から取り戻すために命を賭けている。あなた達の同胞には同情するが……」
五十代らしい髪の薄い痩せた使者が必死の思いを込めて重ねて頼む。
「殿下、何とぞお願い致します。どうか我々を見捨てないで下さい。あなたに見捨てられては我々の同胞はただあの大地に死に絶えるだけとなります。お願いです、どうかお力をお貸し下さい」
もう一人の四十代らしい口ひげを生やした使者も哀願する。
「周辺は敵だらけにも関わらず、お恥ずかしい事に仲間内での権力争いがおさまりません。誰が指導者になっても事態は拗れ、同胞同士でテロが起きるのは必定、いえ既に起こっています。
ここは、何のしがらみも繋がりも無く、誰に対しても公平平等に振舞える外部の人間を指導者に戴くほかはありません。殿下が最も適任なのです」
髪の薄い使者もまた懇願した。
「殿下、我らをお救い下さい。
このままでは多くの同胞が無為に亡くなりましょう。
同胞を一つにするには、あなたのお力におすがりするしかないのです」
そう言って二人は頭を下げる。
「……」
アンリは暫し熟考した。
あまりにも突拍子のない話しではある。
しかし、これは正当な王として認めさせたい自分にとって利用できるチャンスではないかとも思えた。
だが、しかし……
ドイツの軍門に屈した祖国フランスをこのままにしておくのは……
けれど、このままの状態ではフランスが解放されるのは望み薄だ。
ドイツの力は強大だ。
イギリスの力だけで解放できるとは思えない。
それどころかアメリカが崩壊した今となってはイギリスさえ危うい。
ならば、この話しに乗ってみるのも悪くはないのではないだろうか。
少なくともこの人達の同胞は自分を王として迎えようとしている。
厄介なライバル、スペインの王族、セゴビア公ハイメ・デ・ブルボン・イ・バッテンブルグに大きな差を付けるチャンスではないのか?
この人達の同胞の支持を得て正当なる王として即位する。
そして政治的足場を作り、いつの日か故国でも……
この使者達は神の差し向けた運命の導きかもしれない……
「わかりました。行きましょう、あなた達とアメリカへ」
「殿下、感謝いたします」
「これで同胞も救われます」
フランス系アメリカ人の2人は感謝を口にし再び頭を下げた。
その顔は微笑みと共に希望が浮かんでいるかのような表情だった。
彼らが来た地、アメリカ合衆国のニューイングランド地方6州はフランス系の住民が多い。隣のカナダのケベック州からフランス人が流入して来たからだ。
ケベック州は元はフランスの植民地として始まり戦争の末、イギリスの支配下に入りカナダの一部となった歴史がある。その為、歴史的に常に摩擦が起こっている。
更には人口増加によりケベック州で土地を持てない農民や、不況の時に仕事を失った者達がアメリカに生活の糧を求めて移住した。
その為、ニューイングランド地方で最も北に当たる3州、ニューハンプシャー州、バーモント州、メイン州ではフランス系の人口が最も多い。
日本の攻撃によりアメリカ合衆国は政府も軍も壊滅した。
そして問題はそこから始まった。
ニューイングランド地方で最も北に当たる3州、ニューハンプシャー州、バーモント州、メイン州は日本の攻撃を免れていた。
しかし、同じニューイングランド地方の南部3州、マサチューセッツ州、ロードアイランド州、コネチカット州は原子爆弾による攻撃が行われ、主要な8都市が壊滅してしまう。
それより南はニューヨーク州であり、ここも攻撃され酷い状況だ。
そして多数の難民が発生した。
彼らが向かう先はどこか……
南は壊滅的だ。
噂も流れていた。北なら安全だと。
それは当然、閑院宮摂政の工作員が流した恣意的な噂だ。
と、なると難民となった人々が向かう先は攻撃を受けずにいるニューイングランド地方の北部3州となるのは当然の成り行きだった。
だが、しかし北部3州が攻撃を受けなかったのは人口20万人を超える大都市が無かったからでもあり、州全体の人口も多いとは言えない。
そんな北部3州に多数の難民が殺到すればどうなるか……
とても支えきれない。
そして治安が悪化した。強盗、略奪、暴動が頻発した。
中でも世界大恐慌によりケベック州から流れて来たフランス系の人々が犠牲になる事件が多発する。
こういう苦しい時は新参のよそ者が標的にされやすい。
自国民優先だし、よそ者は出て行けというわけだ。
更には黒人やインディアンへの物資もカットされ始める。黒人社会の黒人が経営する商店には物資が回ってこない。全ては白人の商店が優先だ。
それでも以前から住んでいたフランス系アメリカ人は同胞のよしみでフランス系の人々を助けようとする。
そこでイングランド系やアイルランド系の人々が不満を持つことになる。今はアメリカ人を優先しろと……
そして激しい衝突が起こった。
少ない物資をめぐって争いが起こる。
だが、フランス系アメリカ人の社会は纏まりを欠いていた。
これには、この未曾有の時にフランス系アメリカ人の指導者たるべき人達が強盗等の犯罪に巻き込まれ死んでいたからだ。影で蠢く暗殺の手があった。誰が裏にいるかは言わずもがなである。
ここに来てフランス系アメリカ人の社会では誰が主導権を握るかで内部で勢力争いが起こる。
まるで史実の後世における日本の新左翼組織のように纏まりがつかなかった。
その時、ある商人が一つの提案をした。
これまでフランス系アメリカ人社会の為に資金と物資を掻き集め無償で提供してくれた同胞であり商人だ。誰しも耳を傾ける。
「もう誰が指導者になってもこのフランス系アメリカ人の社会は纏まらない。無理だ。それなら外部から指導者を招こう。このニューイングランドで誰とも利害を持たない公平な立場の人を」
「誰を招くんだ? 無名の人が来たって誰も従わないぞ」
「アンリ・オルレアン。フランス国王アンリ6世と名乗っている人だよ」
「フランス国王だって!!」
「誰だ、それ?」
「あれは自称だろ。昔の王様とは繋がりがあるらしいが」
「おいおい正気か?」
「旗頭にするんだよ。誰がトップになっても揉めるんだ。お飾りのトップにして物事は我々が合議制で決めればいい。イギリスの王室もそうやっているだろう。今はそれすらできないじゃないか」
「だがなぁ……」
そうした話し合いが何度かもたれ、遂には使者がフランスに向かう事になったのである。
フランス国王の存在はフランス革命の発生で一旦は途切れている。
その時の国王がブルボン朝のルイ16世だ。革命で処刑されてしまった。
そして革命の中からナポレオンが登場するが彼は皇帝を名乗る。
その皇帝ナポレオンも戦争で敗北し、ルイ16世の弟でイギリスに亡命していたルイ18世が王位に就きブルボン朝が復活した。
ナポレオンが返り咲く100日天下もあったが、彼はセントヘレナに幽閉れ二度と世に出る事は無かった。
ルイ18世は天寿を全うし、次の王は弟のシャルル10世が王となる。
しかし、その治世が問題だらけだった為、ここで再び革命が起こる。7月革命だ。シャルル10世は亡命し二度とフランスの地を踏む事は無かった。
そして革命が起きたフランスでは国王ルイ・フィリップス1世が有力者達により擁立される。
彼はブルボン王家の支流の一つオルレアン公爵家の人物だが、過去には自由主義に傾倒しフランス革命では革命側について戦っていた。
そのルイ・フィリップス1世のオルレアン朝と呼ばれる時代の治世は18年続いたが、再び革命が起き終わる事となる。
そして以後、フランスで王制が復活する事はなかった。
なお帝政は後に一度だけ復活している。それがナポレオン三世の治世である。
アンリ・オルレアンは、このフランス最後の王ルイ・フィリップス1世の血を引く者でありオルレアン家の家長だ。
フランスの王制支持者には彼を正当な国王にと考える者もいる。
だが、ブルボン家や王制支持者の中には、このルイ・フィリップス1世を国王として認めない者達も少なくない。
正式にブルボン王朝の王から王位を譲られたわけではなく、フランス革命で革命側についた裏切者という認識があるからだ。
だからその系統のアンリ・オルレアンの王位も認めない。
そこで問題となるのは最後のブルボン王朝の王シャルル10世だ。
彼の血は孫の代で子供がおらず途切れてしまう。
そこでブルボン家や王制支持者が正当なフランスの王位継承者として認めているのが、スペインの王族、セゴビア公ハイメ・デ・ブルボン・イ・バッテンブルグだ。
ブルボンの血は色濃くスペイン王室にも流れている。
スペイン・ハプスブルク朝の国王カルロス2世には子供がいなかった。
そこで後継者として迎えたのがブルボン王朝のフランス国王ルイ14世の孫フィリップである。
ルイ14世もハプスブルク家の血をひいており、言うなれば親戚だからだ。
そしてフィリップはスペイン国王フェリペ5世として即位した。
ここにスペイン・ブルボン王朝が始まる。
つまりルイ14世の時代よりフランス・ブルボン王朝とスペイン・ブルボン王朝は、どちらも男系で同じ血が流れている。
それ故に、スペイン・ブルボン王朝の王族達は、フランス・ブルボン王朝直系の血が途絶えたからには、自分達がフランスの王位を継承するものだと考え、そう宣言している。
ルイ・フィリップス1世を認めない者達には、そのスペイン・ブルボン王朝の考えを支持する者がかなりいる。
1942年の時点では、史実でも今回の歴史でもフランス国王の座を2人が主張している。
オルレアン朝ルイ・フィリップス1世の血を引くアンリ・オルレアン。
スペイン・ブルボン朝のセゴビア公ハイメ・デ・ブルボン・イ・バッテンブルグ。
奇しくも、この二人は共に1908年生まれで誕生日は2週間と離れていない。
史実ではアンリ・オルレアンは第二次世界大戦ではドイツに抵抗するド・ゴール将軍の自由フランスの側についてレジスタンス運動を行っていた。そして大戦を無事に生き延びて、戦後は政治家にはならなかったものの政治運動に身を投じ、1999年に天寿を全うしている。90歳だった。
セゴビア公ハイメ・デ・ブルボン・イ・バッテンブルグはスペイン王族としての人生を全うし、1975年に亡くっている。
しかし、今回の歴史でのアンリ・オルレアンは、ニューイングランドから来たフランス系アメリカ人使者の話しに乗り、国王の座を手にする為、まずはニューイングランドに向かう事にした。
そしてニューイングランドにおいてヌーベルフランス王国の建国を宣言し、フランス国王兼ヌーベルフランス国王アンリ六世を名乗る。
ヌーベルフランスとはかつてフランスがアメリカに持っていた植民地の総称で北はケベックから南はルイジアナに至る広大な地域である。
アンリ六世はニューイングランドのフランス系アメリカ人をその支持母体とした。
アメリカの民主主義に馴染んでいる支持者達の事を考慮し、政体はイギリス風の立憲君主制としている。
ここで問題が出てきた。
カナダのケベック州がヌーベルフランスへの統合を望んだのである。
カナダからすれば反乱だ。
この問題は日が経つにつれ混乱を深めていく事になる。
アンリナ六世はフランス系アメリカ人の指導者となってコミュニティを纏め、イギリス系やアイルランド系等の他の白人や黒人、インディアンや犯罪者集団との戦いに尽力する。
カナダ政府とも交渉しケベック問題を穏やかに解決しようとも努力している。
だが、しかし……
アンリ六世もフランス系アメリカ人も知らない。
これまでニューイングランドのフランス系アメリカ人達の力となり、資金と物資を提供し、その影響力を利用してフランスからアンリ6世を呼ぼうと提案し実行した商人が、実は閑院宮摂政の工作員である事を……
全ては閑院宮摂政の手のひらの上にある事を。
果たしてこれからアメリカの大地は如何なる歴史を刻むのか。
それは、まだ誰も知らない……
【to be continued】
【筆者からの一言】
これで7人目。クスクスクスクスクスクスクス。




