R010話 ロマノフ皇帝起つ!
【筆者からの一言】
アメリカにはこんな人もいた、というお話。
1942年◯◯月◯◯日 『アメリカ サウスカロライナ州』
「今すぐに母なるロシアの大地を取り戻すのは難しゅうございます。
ヒトラーのナチス軍はロシアを呑み込まんばかり。
スターリンとヒトラーの間に割って入る力は今のロマノフ家にはありません。
しかし、今のこのアメリカならば、それ相応の地域を支配し力を蓄える事も可能でありましょう。
いつの日か再びロシアの大地を取り戻さんがために、まずはこの地に確固たる地盤を築くべきだと考えております」
五十代半ばの白い口髭を蓄えた温和そうな老紳士が思う所を述べている。
「その為に、あの子を利用するのですか」
母親のエミリーが不安そうな様子を見せた。
「利用ではございません。全てはロマノフ家のため、正当なる権利を持つ殿下のためでございます。
今も各地に亡命を余儀なくされた白系貴族達が殿下の剣となり盾となるべく、次々とこの地に集まりつつあります。
どうかお許しをいただきたく」
「私は反対だ。この地はアメリカ人の土地だ。ロシア人のものではない。あの子を政争の道具にするのも反対だ。あの子はアメリカ人として、ここで暮らしていく」
エミリーの夫ディミトリィが反対意見を述べる。
「そのお気持ちはわかります。しかし、今のこのアメリカで安全に暮らしていく事ができましょうか。
日本の攻撃により政府は倒れ、人々は野盗と化し、正に無政府状態。
我らに殿下をお守りさせて下さい」
「あなた…」
エミリーは横に座る夫の手を握り不安そうにしている。
暫くの間ディミトリィは考えていたが、まだ結論はでなかった。
「これは大きな問題です。あの子の命にも関わる。もう少し考えさせて下さい」
「わかりました。今日の所はこれで失礼致します」
「あなた、どうしましょう? あの人の血がこんな事を招くだなんて、ごめんなさい」
エミリーが顔を覆って肩をおとした。
それを優しく抱きしめながらディミトリィは慰めの言葉を口にする。
「君か悪いわけじゃない。時代、いや運命の気まぐれが招いた事だ」
二人は抱き合い、お互いの体温を感じ合う。
今はそれしか確かなものはなかった。
それから1ヵ月後。
サウスカロライナ州にてディミトリィ夫妻の子、アメリカ名ポール・イリンスキー。ロシア名パーヴェル・ドミトリエヴィッチ・ロマノフ・イリンスキーがロマノフ・アメリカ帝国の建国を宣言し、皇帝イリンスキー1世を名乗る。
まだ14歳の若さであった。
イリンスキー1世の生みの親はエミリーであったが、ディミトリィは義父である。
実の父親はドミトリー・パヴロヴィチ大公と言った。
パヴロヴィチ大公はロマノフ朝第12代ロシア皇帝アレクサンドル2世の第6皇子パーヴェル・アレクサンドロヴィチの長男である。つまりロマノフ家の血を色濃く継いでいる。
ロシア革命で亡くなったロシア帝国最後の皇帝ニコライ二世の従弟にもあたる。
そして怪僧ラスプーチンを殺害した人物でもある。
ニコライ二世の妃アレクサンドラ皇后に取り入り政治に口を出すこの人物をパヴロヴィチ大公は許せず、政治を正しき道に戻す為に殺害した。
しかし、殺害には成功したもののアレクサンドラ皇后の怒りを招き、ペルシャ戦線に派遣されてしまう。
だが、それ故にロシア革命で殺される事なく亡命する事ができた人物だ。
そして亡命先のイギリスでアメリカの富豪の娘エミリーと出会い恋に落ち結婚し息子イリンスキーが生まれるにいたる。
しかし、諸々の事情から夫婦は離婚しエミリーが息子を引き取った。
その後、エミリーは新たにグルジアの亡命貴族ディミトリィと出会い再婚した。
こちらは亡命貴族の割には、生まれに拘る事なくカーレーサーをしたり実業家としてアメリカで農場を経営したりするやり手の男である。
パヴロヴィチ大公は1941年に病死している。
今、彼女達夫婦と息子の上に暗雲が漂っている。
史実ではポール・イリンスキーはアメリカ人として暮らし、海兵隊に入ったりフロリダ州パームビーチ市の市議会議員や市長となった。
ソ連崩壊後にはロマノフ王朝復活を目指す人々から皇帝となるよう要請された事もあったが断っている。
そして2004年に天寿を全うした。
しかし、今回の歴史では一家の身柄は亡命ロシア貴族に押さえられ、イリンスキーは強制的にイリンスキー1世としての人生を歩まされている。
武装した多数の人間に押しかけられては、両親も否とはいえなかったし、イリンスキー本人は子供であるから親と共に状況に流されるばかりである。
アメリカには革命で国を追われた亡命ロシア人貴族達の他にもロシア人移民が大勢いる。
第一次世界大戦が始まる前、1901年から1910年に限っても160万人のロシア人が移民としてアメリカに来ており、当然、それより前と後にもかなりのロシア人が海を渡っている。
そうしたロシア系アメリカ人のコミュニティと亡命ロシア人が結び付きイリンスキー1世を旗頭にしていた。
日本の攻撃を回避する為である。
あの原子爆弾を落とされては滅亡してしまうとロシア系アメリカ人は恐れていた。
しかし、日本はロマノフ家を悪くは思っていないという情報が海外貿易を仕事とするロシア系商人から流れて来たのだ。
歴史を見ると日露戦争があった事から一見すると両国の関係は悪い様に思える。
しかし、第一次世界大戦では日本は大量にロシア帝国に武器を売却している。
ライフルだけでも約82万挺。その弾薬、約2億5500万発、大砲が約830門。大砲の砲弾680万発。
他にも色々な軍需物資が売却されており、その売却額は1億円を軽く超えている。
1916年にロシアの首都を閑院宮戴仁親王が訪れた時は、列車の到着が遅れ夜になったにも関わらず大勢の市民が旗を振って出向かえ閑院宮戴仁親王を喜ばせている。
その閑院宮戴仁親王が今や摂政となり日本を指導している。
閑院宮摂政はソ連の共産主義を警戒こそすれ、ロマノフ家には何の隔意も無いという話が商人を通して亡命ロシア貴族とロシア系アメリカ人の中で流れていた。
それどころか、もしかしたらソ連を打倒し再びロシア帝国を再興する援助させ日本から引き出せるかもしれないという話さえ亡命ロシア貴族達の間で出ている。
ロマノフ家によるロシア帝国再興の足掛かりを得たい亡命ロシア貴族と、日本の原子爆弾による攻撃を回避したいロシア系アメリカ人の思惑が一致し、まだ子供のイリンスキー1世を担ぎ上げたのだ。
こうしてイリンスキー1世を旗頭にアメリカを我が物にせんとする亡命ロシア貴族達の戦いがこれより始まる。
だが、しかし……
亡命ロシア貴族達とロシア系アメリカ人達は知らない。
これまで亡命ロシア貴族達やロシア系アメリカ人の力となり、資金や物資を援助をし、貴重な情報をもたらした自称ロシア系商人が、実は閑院宮摂政の工作員である事を……
全ては閑院宮摂政の手のひらの上で踊らされている出来事に過ぎない事を……
果たしてこれからアメリカの大地は如何なる歴史を刻むのか。
それは、まだ誰も知らない……
【to be continued】
【筆者からの一言】
これで6人目。クスクスクスクスクスクス。




