気づかせてよ、と。
彼を見つけるのはとても大変。
きょろきょろと教室を見回す。
談笑しながら帰り支度をしているクラスメイトで溢れ返る教室は賑やかで鮮やかだ。
目当ての姿が見つからなくて私はしょうがなく人がはけるまで待つことにする。
ばいばーい、と手を振ってくる友人達にまた明日ねーと手を振り返して窓に目をやる。
傾きはじめた太陽がグラウンドの針葉樹の影を長く伸ばしていく。
校門からででいく生徒の後ろ姿は今日が金曜だからか開放感に溢れて見えた。
しばらくしたら教室には誰もいなくなった。あれ、と思わず慌てる。
探していた姿さえ残らないとはどういうこと。
もしかして約束を忘れて帰ったのかと思い至り途端にぐったりする。
相手の顔を思い浮かべて机に突っ伏して呻く。
「……律野くんの馬鹿」
「どうしてですか?」
「わぁああ!」
いきなり耳元で囁かれて心臓が飛び跳ねた。
椅子ごとひっくり返しそうになってさらにパニックになる。
「俺は幽霊か何かですか」
低い温度での呟きが零され、倒れないように椅子が押さえられる。
ばくばくする胸を押さえて私はばっと振り返る。
長い黒髪に隠れそうな瞳。どこか眠そうな顔立ち。
「律野くん、いつからいたの!」
「さっきからいましたけど」
「なら、声かけてよ。びっくりしたよ、今のは軽くホラーだよ!」
「そうですか」
律野くんは対して表情を変えずに私の向かいの席に腰を下ろした。
呆れるわけでも傷ついたわけでもなく律野くんはいつもこんな調子だ。
私は一人取り乱している自分にため息を零した。まるで馬鹿みたい。
「私、帰っちゃったかと思ったんだよ?」
「それは言外に僕のことを約束を守らない人間と見なしている、という解釈で合ってますか?」
「それは被害妄想だよ、律野くん」
「そうですか」
返事さえ不思議と重さがなくて風に舞う木葉みたい。
でも、律野くんの声は嫌いじゃない。隙間に何気なく滑り込むようで聞いていると落ち着く。
「……数学、でいいんですか」
律野くんが鞄から教科書とノートを取り出す。
私もはっとして鞄からノートやら筆箱やらを取り出す。
本題を忘れかけていた。
机にノートを広げて、シャーペンを片手にぴっと敬礼の真似をする。
「ではお願いします、先生!」
「先生は嫌です」
「いや、そこはのろうよ」
「私語は慎んでください、南さん」
「え、あ、はい」
赤点候補。そう言われた。
え、と思わず聞き返せばにっこりと指差しつきで再び、あなた赤点候補、と聞き間違えようもなく数学教師に言われた。
来週に追試をするからそれで合格すればチャラにしてはくれるらしい。
ただ合格出来なければ夏休みはどうなるかわかるよね、と再びにっこり。
もちろん全力で数学を教えてくれそうな知り合いを探しましたとも。
「律野くん」
「どうしましたか」
「数学教師、引き受けてくれてありがとう。私、いい生徒になれるように頑張るからね!」
「南さん、ここ微分です」
「あう」
影薄の彼のセリフ
1.さっきからいましたけど




