魔導と剣の狂想曲。
どうか勘違いしていて。
少しぐらいは格好をつけたいから。
朱の魔導士として名を馳せ始めたロカに、人が群がることは予想はついていた。
澄んだ緑翠玉の瞳は見るものの目を奪い、癖のない黒髪は水に濡れたように艶を帯び誰もが恍惚と吐息を零した。
すっと通った鼻梁も、小さな赤い唇も、上向いた睫毛もすべて完璧だった。
そして、彼女のためだけに誂えられた朱の衣装はそんな彼女の魅力を最大限に引き出していた。
彼女はそこらにいる男よりよほど美しく凛々しく――――よくモテた。
「ロカ様、ロカ様? 庭の薔薇が綺麗に咲きましたの、ぜひ見にいらっしゃって」
「私はパイを焼きましたわ。得意のラズベリーパイ。食べにいらっしゃって」
「ならお茶会でもなさらない? ロカ様のお話をぜひまた聞きたいわ」
小鳥のように口々にそう言う女達に囲まれても、ロカはたじろぐことなく穏やかに笑う。
その笑顔に黄色い悲鳴が上がる。
「ミリア嬢の薔薇に、ラミス嬢のラズベリーパイ、それにルリア嬢の紅茶。心惹かれるいいお誘いだ」
「なら、ぜひ!」
「だめだ」
そのまま呆気なく了承しそうなロカの腕をぐいと引っ張る。
ロカはようやく俺を振り返って、目を瞬かせた。
「どうしてだい、ラディアル」
「どうしたもこうしたもあるか。今日の先約を忘れたか」
「先約?」
本当に心当たりがない、といったふうに首を捻るロカに頭突きでもしてやろうかと思った。
とりあえず引き攣る口元を理性で押さえつつ、低い声で言う。
「剣」
「……あ! あぁ、それか」
「すっかり忘れてたな、お前」
軽く睨めば、苦笑された。
それからロカは女達に振り返ると頭を垂れる。
「残念ながら、先約を忘れていたようだ。また誘っていただけたら嬉しいな」
そして、顔を上げてにっこりと笑う。
また黄色い悲鳴が上がった。
爽やかに手を振って歩き出すロカに俺は小さくため息を吐いた。
カン、と金属同士がぶつかる特有の音。
刃が合ったと同時に後ろに跳躍する。
「お前、本当に女にモテるな」
「なにさ、いきなり。羨ましいのかい?」
「なわけあるか」
再び刃が交わって、今度は横になぐ。
手応えはあったが剣は弾けなかった。
ロカも腕を上げたらしい。
「だいたいその気取った口調、なんなんだよ。前は普通だったろ」
「んー、口調は嘗められたくないからだよ。今だに女は見下されたりするし」
「は? 朱の魔導士が?」
思わず尋ねれば、ロカは口元を少しだけ曲げた。
それは朱の魔導士らしくないまるで拗ねたような表情で、それが何を示すのかわからず俺は戸惑う。
「なんだよ、ロカ」
「ラディアルにはそう呼ばれたくない」
「は?」
ロカが左腕を音もなく俺に向ける。
聞き返す隙もなく、俺の剣は炎によって弾かれた。
はっとした時には既に首元に剣が当てられていた。
むっとロカを睨みつける。
「魔導は禁止だろ。剣の師匠に対して卑怯だと思わないのかよ」
「でも剣術も上達したよ。驚いたかい?」
そうやって笑ってみせるその顔は年相応の少女だった。
ロカと俺は王都学校で出会った。
ロカは魔導士専攻で、俺は騎士専攻。
普通なら、関わりなどないはずだが戦闘訓練でお互いに背中を預け合ったことで知り合った。
その頃から、既にロカの魔導士としての実力は群を抜いていた。
その美貌と相まって彼女は当時校内一の有名人だった。
俺と言えば騎士専攻では上位にいたものの対して有名ではなかった。
お互い無事に卒業し、ロカは宮廷魔導士に俺は騎士団団員になった。
彼女はすぐに頭角を表し、間もなくして朱の魔導士と謡われるようになる。
俺は見習いから始まり、現在平凡な一騎士としての道を順調に歩んでいる。
卒業しても俺たちの関係は続いており、今日は久しぶりにお互い休み。
ロカは魔導だけに頼るのはよくないと言って、俺から剣の手ほどきを受けている。
「真面目、だよな」
小さく呟く。ロカは川辺で水を酌んでいるから聞こえないだろう。
「ラディアルも真面目だと思うけど?」
聞こえていたらしい。
ロカが水の入った瓶をこちらに投げて寄越す。
それを片手でキャッチしながら眉を顰めた。
「なんでだ」
「剣術、嫌がらずに教えてくれるからね」
「新人指導の練習だと思ってるからな」
「ほら、その考え方が真面目だ」
くすくすと笑って、ロカが俺の横に腰を下ろす。
黒髪が風に揺れて、微かに花の香りがした。
「ロカ、」
気づけば名を呼んでいた。
彼女はきょとんとして俺を見る。
「なにさ、ラディアル?」
澄んだ瞳をしばたかせるロカに、俺は苦笑して寝転がった。
ふわりと夏草が揺れる。
「悪い。呼んだだけだ」
「なにそれ。どうしたのさ、らしくない」
呆れたような声に応えずに目を閉じる。
暗闇にそれでも太陽の光がちらちら見えた。
ふいに俺の手をロカが持ち上げた。
無抵抗なのをいい事に掌を広げて、指でなぞる。
「マメがあるね」
「仮にも騎士団団員だからな」
「ラディアルの手、いいね。大きくて、たくさん掴めそうだ」
ぽつりと零されたそれには何かが詰まっていた。
私は助けたいのだと、ある時、一人の少女が言った。
たくさんの手を守れる力がほしいのだと、泣きながらそう口にした。
それ以来、俺は彼女の涙を見たことはない。
そしてたぶん、この気持ちはその時に生まれた。
「ロカ」
「なんだい、ラディアル?」
名を呼んで、手を握りかえした。
少しだけ驚いたようにロカの指が強張る。
自分の幼稚さに内心で苦笑しながら、それでも口先は見栄を張る。
「あんまり無理すんな」
ふっとロカの指から力が抜ける。
彼女が眉を下げた気がした。
軽い音がして、隣の草が揺れる。
ロカも仰向けで倒れたらしい。
「ラディアルはすごいな。それに比べて自分の小ささにため息がでるよ」
穏やかにそう口にするロカに、ずっとそうやって勘違いしていてくれればいいのにと、自嘲した。
いつも誰かのために走りまわる彼女を、傷ついている彼女の手を俺が守りたくて。
でも、そう口にしてもきっと彼女は頷かない。傷つかないで生きていけない人だから、不器用で優しい人だから。
だから、この手はすぐに解かれてしまうけれど、今だけはどうかこのままで。
つまりは、誰のものでもない彼女を、今だけは自分のものにしておきたいという俺の身勝手さ。
僕がきみの手を5題。
握り返したのは
2.誰にも渡したくなかったからで、
『確かに恋だった。』より




