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僕の羊と君が眠るまで。  作者: シュレディンガーの羊
◇僕がきみの手を5題
16/32

さよならの花言葉。




きっと彼女を思い出す。

当然だと甘受していた日々と共に。




「私ね、お嫁に行くのよ」


まるで天気の話しでもするように、ルインはそう笑った。


「え?」

「私、結婚するの」


花壇の前にしゃがみこんだままのルインの表情は後ろにいる僕には見えない。

ルインが優しげな手つきで色とりどりの花に触れる。

この花壇は僕の家の庭が広い割に淋しげだからとルインが小さい頃、一生懸命作ってくれた。

だから、花の様子を見がてら5日に一度はこうして二人で話しをする。

それが僕ら二人の長年の習慣で日常だった。

振り返らないルインに僕は掠れた声で尋ねる。


「相手、は?」

彼女が告げたのは隣街の貴族の名。

貿易商を営むその家はこの街でも有名だった。


「どうして、そんな……」

「見初められたのよ。先月の収穫祭で」


僕は知らずに息をのむ。

ルインは先月執り行われた収穫祭で踊り姫をやった。

宝石で飾り立てられ、軽やかに舞うその姿は、神秘的で美しく多くの者の目を奪った。

風が吹いて、ルインは花びらに添えた手をひく。


「日頃の私を知る街の男は、そこで惚れたりなんかしないだろうけどあの人は普段の私をしらないから。だからよ」

「でも、そんな」

「……知っているでしょう?」


ルインが静かに立ち上がる。

風が彼女の髪を靡かせ、花が香った。

僕は彼女の言わんとすることに思い至り口をつぐむ。

ルインは心持ち顔を上げて、空を見た。


「私の家は小さな糸紡ぎ屋。彼の家はその数少ない大切な取引先よ。私が嫁げば彼の家がうちが見限られることはなくなるわ」

「そんなの身売りと同じじゃないか!」

「違うわ」

「違わない!」

「違うわ、ロクス」


声を荒上げた僕を宥めるようにルインは穏やかに振り返った。

彼女はどこまでも優しく悲しい笑みをその顔に浮かべていた。

きっと今の僕は怒りと困惑で情けない表情をしている。ルインはそんな僕を見て、少しだけ目尻を下げた。


「違うのよ、ロクス。これはまぎれもない私の意思だわ」


彼女が優しく笑うから。

涙せずに綺麗に笑ってみせるから、僕は何も言えずに彼女の横に並んだ。

二人で花壇を見つめる。

何度こうして一緒に花を見ただろう。何度話をしただろう。

喧嘩をしたこともあった。

つまらないいさかいは数えればキリがない。けれどこの約束が途絶えることは決してなかった。

風が花びらをさらい、香りを揺らす。

本当は花になどたいして興味はなかったのだと、そう言ったら彼女は呆れるだろうか。

それともいつものように困ったような笑みをくれただろうか。

ふいに彼女が僕の手に触れた。

ルインを見れば、目線はまっすぐ前を向いたまま。

その肩が小さく震えた。


「私、花が好きよ。この花壇を見に来るのがいつもいつも楽しみだったわ。それにロクスに花の面倒が見られるわけがないって知っていたもの。枯らされたら悲しいわ」

「ルイン……」

「だから、」


ルインの声が震える。力無い指が縋るように僕の手を握った。


「早く、花が好きないいお嫁さんを貰って。この花たちを枯らさないで。私はもう、花の世話を見れないから」


ルインの言葉を聞いて、僕は彼女の手を握り返した。

強く、強く強く。

そこでやっと彼女と手を繋ぐのが初めてだと今更に気づいた。

それを知って堪らなくなった。

きっとそれは彼女も同じで。

もう想いは告げられない。告げるべき言葉がない。


「約束よ、ロクス」


ルインが囁く。

花の香りの中で彼女は一粒だけ涙を零した。


「花を枯らさないで」


僕は答えることが出来ず、ただルインの手を握りしめた。




そんな僕らの見つめる先で、マーガレットの花が揺れていた。




花言葉は『優しい思い出』

そして、『私を覚えていて』








僕がきみの手を5題。

握り返したのは

1.言葉にならなかったからで、

『確かに恋だった。』より



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