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黒の管理者  作者:
第三章
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閑話 ~ 遺された手紙 ~


父から、我が子に遺した、最初で最後の言い訳。

 


「父様!」

 簡素な扉を勢いよく開ける。

 ギィ、と音を立てて閉まる扉の奥は、薄暗く、小さな虫の気配すら感じられなかった。


「父様! どこに……どこにいらっしゃいますか」

 薄暗い室内へと足を進めながら男は周囲を見廻し、目当ての人の姿を捜し求めた。


 備え付けられた寝台や机と言った家具には布が掛けられ、その上には、薄っすらと埃が積もっていた。


「また……間に合わなかったのか……」

 男は、ぎりり、と音がしそうなくらいに両手を握り込み、手近にあった机と思しき台に叩き付けた。


 その衝撃で、掛けられていた布が、するり、と滑り落ちる。


 机の上には何も置かれていなかった。

 だが、男は机から目を離すことができなかった。


 二つある引き出しの一つを、そっと引き出す。

 几帳面に角ばった字で、『まだ見ぬ我が子へ』と記された封筒が一通、そこに残されていた。



 * * * * * * *



 これをお前が見る頃は、恐らく、私はここにはいないだろう。

 とうとう、お前の姿を見ることは叶わなかった。

 ふがいない父親を許してほしい。


 今日まで、一日たりとも、お前とカーラの事を忘れた日はなかった。

 一日も早く、お前たちの元に戻りたかった。だが、戻れなかった。

 反逆者の称号は、お前たちを危険な目に遭わせるだけだったから。


 自分では気付いていなかったが、俺はどうやら、術師としてのそこそこの力を持ち合わせていたらしい。

 召集され兵としての訓練を受けるうち、次々と発動できるようになっていく術に、自分が恐ろしくなった。

 忌み嫌ってきた世界にずるずると引き込まれ、泥沼にはまり込んだような気分だった。

 いくら軍からの命令とはいえ、その術で、敵、とされる諸国の幾人もの要人の命を暗闇から奪った。

 成功を重ねる度、軍幹部からは褒賞を受けたが、所詮は庶民から出た叩き上げの一兵士。

 昇進していくとともに、仲間、特に貴族の子息どもからは疎まれ、孤立した。

 耐えられなかった。俺は、弱かった。全てを捨てて、逃げた。

 軍から逃げたところで当然逃げ切れるわけもなく、加えて相手からも狙われ、休むことすらままならなかった。


 ただ逃げ延びて、どんなに回り道をしても、いつか村に帰ると、それだけを希望に生きてきた。

 自軍と敵軍の追っ手から逃げるうちに、いつしか気配をよむ術が身に付けていた。

 それで、俺が村を離れてすぐお前が生まれたこと、親子二人で村の人たちに助けられながら暮らしてきたこと、カーラが流行病で亡くなったこと、お前が一人、村を出てしまったことを知った。


 最愛の人を、護れなかった。護るべき人を、失ってしまった。

 呆然としたよ。もう、何もかも、どうでもよくなってしまった。

 だが、情けないことに、自分で自分の命を絶つこともできなかった。

 流れ者の集まる街に辿り着いたのも、その頃。

 外れのこの場所に、住み着いた。


 力を封じ、極力人を避け、何事もなかったかのように過ごしてきたが、二年程前、ある人に出逢った。

 生きることを放棄しようと、虚ろな目をした人。

 かつての自分を見ているようだった。


 人との接触を避けていたはずなのに、何故か、放ってはおけなかった。

 何か、とんでもないことをしでかしそうで、脆く儚く崩れ去りそうで。

 いつの間にか失いたくない存在になっていた。ただ、護りたかった。

 親子ほど歳が離れているにもかかわらず、だ。

 いい歳をして、と、我ながら呆れてしまうよ。

 あれだけ、カーラを忘れられずにいたと言うのに。


 俺の事を相手がどう思っているかは、知らない方がいい。

 少なくとも、俺は、そう思っている。

 俺の先が、さっき、見えてしまったから。


 お前には、ずっと一人で辛い思いをさせたと思う。

 いくら頭を下げても、詫び足りない、そう思っている。

 お前が俺を必要としていた時に、傍にいてやれなくて、本当にすまない。

 護ってやれなくて、本当にすまない。

 名を呼んでやれなくて、抱きしめてやれなくて、本当に、本当にすまない。

 今は許してはもらえないだろうが、いつか、お前にも護りたい女性(ひと)ができたら、こんな甲斐性無しの俺を笑って許してくれるだろうか。

 その日を共に迎えられないことが、申し訳なくもあり、辛くもあり、悔しくもあり、残念でもある。


 もし、お前があいつに、エヴァに逢ったなら、あいつを信じてやって欲しい。

 道を外れそうだったら、手を引いてやって欲しい。

 あいつは、俺と同じに、何もかもを諦めていた。

 この二年でようやくあいつがこちらの世界に戻って来たのに、俺はまた、大事な人を護れない。

 つくづく自分が嫌になる。

 頼む、どうか、俺の代わりに、護ってやって欲しい。

 男としての、最初で、最後の頼みだ。


 もうすぐ、迎えが来る。

 浮気者、と、カーラには叱られるだろうか。


 生きろ。

 生きていれば、必ず道はひらける。

 生きていれば、必ず報われる。

 一日でも、長く、生きてくれ。

 これは、親としての願いだ。


 お前の幸せを、祈っているよ。



 我が息子、クリストフへ



 父、ヒュー









まったくもって、さらっと、とはいきませんでした。

自分で書いたものなのに、ヒューがなよなよに見えて……

懺悔ものです……


我が子には、互いに支えあえるパートナーや多くの人達と出逢い、強く生きて、幸せを感じて欲しい。

私は、そう願っています。


ここまでお付き合いくださったあなた様に、心からの感謝を。


諒でした。



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