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義弟に嫌われているので侯爵家を出たら、なぜか毎日探し回られています。  作者: アキラ・モーリング


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06 離れて気づく

 三年の月日が流れた。


 十六歳になったリディアは、王立淑女学舎へ通うようになっていた。


 高位貴族の令嬢たちが通うその学舎は、学問を学ぶ場というより、花嫁教育と社交の場としての意味合いが強い。


 礼儀作法。


 ダンス。


 茶会。


 人脈作り。


 卒業証は、高位貴族の結婚市場において大きな価値を持つ。


 婚約が決まれば途中で退学する令嬢も珍しくなかった。


 男爵令嬢のままであれば、リディアも縁のない場所だっただろう。


 だが今の彼女は侯爵令嬢。


 形式上でも通わなければいけなかった。


 そして同じ頃。


 十三歳になったユリウスは、騎士学院へ入学した。


 騎士団入りを目指す貴族子息たちが集まり、剣術や戦術を学ぶ場所。


 さらに優秀な者は、卒業後に騎士養成課程へ進み、騎士団上層部を目指す。


 もっとも。


 二人の距離感自体は、そこまで変わっていない。


 ユリウスは以前のように「嫌いだ」「バカ」と口にすることは減ったが、その代わり別方向に面倒くさくなった。


「また出かけるのか?」


「はい。本日は学舎のあと、お祖父様のところへ」


「昨日も出ていただろう」


「昨日はお友達とお茶会です」


「明日は?」


「本屋です」


「明後日は?」


「王都中央通りの刺繍店へ」


「出歩きすぎだ」


 ぴしゃりと言われる。


 最近のユリウスは、なぜかやたらと細かい。


「侯爵令嬢としての自覚が足りない。そんなふらふらしてどうする」


「そんなにふらふらしているつもりはないのですが……」


「している」


「そう、かなぁ…?」


 こてんと首を傾げると、ユリウスは不機嫌そうに眉を寄せた。


 何か言いたげにじっと見てくる。


 だが結局、何も言わない。


 最近はこういうことが増えた。


 睨まれているような。


 言葉を飲み込まれているような。


 そんな空気。


(きっとこれが思春期なのね?)


 リディアはわりと本気でそう思っていた。


 とはいえ、以前のように露骨に嫌われている感じはしない。


 むしろ最近は――。


「帰りは?」


「え?」


「今日は何時に帰る」


「夕方頃には」


「曖昧だな」


「……努力します?」


「断言しろ」


 妙に保護者じみていた。


 エレノアより細かい気すらする。


 そんなユリウスだが、学院ではまるで別人らしい。


「ご存知? 騎士学院の氷の令息様」


「まあ! ユリウス様のこと?」


「剣術大会の決勝戦、素晴らしかったそうよ」


「中等科で優勝でしょう?周りの男性が騒ぐ中、常に冷静でいらっしゃったそうよ。体格にも恵まれていらっしゃってとても年下には見えないわ……」


「大会の後は、令嬢方からの贈り物を何ひとつ受け取られなかったそうよ。そんな冷たい氷の令息様も、カッコいいわよね」


「そして、あの美しいお顔。はぁ、将来が楽しみよねぇ……」


 昼休み。


 令嬢たちの話題は、今日も“氷の令息”だった。


 リディアは紅茶を飲みながら首を傾げる。


(氷……?)


 脳裏に浮かぶのは、


『早くしろ』


『帰りは何時だ』


『また出かけるのか』


 そんな小言ばかり言う少年である。


 どう考えても氷ではない。


 すぐ怒るし、口うるさい。


 どちらかというと突然噴火する火山のようだ。


 すると、不意に別の声が聞こえた。


「でもあの義姉ではねぇ……」


「元男爵令嬢なのでしょう? ほぼ平民ではなくて?」


「あの容姿でしたら、ユリウス様の引き立て役にはなれるのではなくて?」


 ひそひそとした笑い声。


 リディアは特に気にしなかった。


 高位貴族ばかりの学舎だ。


 元男爵令嬢で、しかも後妻の娘として侯爵家へ入った自分が浮くことくらい理解している。


 嫌っている相手に無理に近づく必要もない。


 授業を終え、学舎の外へ出る。


 すると、見慣れた侯爵家の馬車が止まっていた。


 その傍には、一人の少年。


 陽光を受ける金髪。


 まだ少年らしい中性的な雰囲気を残しながらも、侯爵令息として磨き上げられた立ち姿は自然と人目を引く。


 身長もすでにリディアより高く、侯爵譲りの恵まれた体格は十三歳とは思えないほどだった。


 すらりと伸びた手足と洗練された所作には、すでに完成された貴族子息の気配がある。


 さらに整いすぎた顔立ちが無表情であるせいで、自然と近寄り難い空気を纏っていた。


 帰宅途中の令嬢たちが色めき立つが、気軽に声を掛けられる者はいない。


 だが当の本人は、そんな視線など一切気にせず、真っ直ぐリディアだけを見た。


「……どうして?」


 なぜここに?と聞く前にユリウスが口を開く。


「迎えに来た。乗れ」


 短い。


 だが有無を言わせない。


 ざわり、と周囲がざわめいた。


「え、今日は用事が――」


「却下だ」


 反論しようとした瞬間、ユリウスはリディアの荷物をひょいと奪い取る。


 そのまま当然に腰へ手を回し、半ば強引に馬車へ促した。


「ゆ、ユリウス様?」


 背後で、きゃあと黄色い声が上がる。


 周りの視線に耐えかねて、結局リディアは馬車へ乗り込んだ。


 ユリウスが真っ直ぐ屋敷へ帰るよう指示を出すと、馬車は動き出す。


 窓の外に本屋が見え、リディアが思わずそちらへ視線を向けた。


「……」


「却下だ」


「まだ何も言ってません」


「顔に”行きたい”と書いてある」


「そんなはずありません」


「ある」


 むすっとしたまま返される。


 学舎へ通い始めてからユリウスと会う時間は減ったが、小言は格段に増えた。


 屋敷へ戻った後も、なぜかユリウスはリディアを解放しなかった。


「座れ」


「……はい?」


「刺繍の続きをするんだろう」


 そう言って、強引にサロンへ連れていかれる。


 結局そのまま、二人で午後のお茶をする流れになった。


 リディアは刺繍枠を手に取り、ユリウスは隣で本を読んでいる。


 静かな時間だった。


(……結局、何の用だったのかしら)


 迎えに来た理由を聞こうか迷ったが、なんとなく聞きづらい。


 そんな空気のまま時間だけが過ぎていく。


 そこへ偶然通りかかったエレノアが、くすくすと笑った。


「仲が良いのねぇ」


「良くない!!」


 ユリウスが即座に否定する。


 勢いが良すぎて、リディアはぱちぱちと瞬きをした。


 そこまで強く否定しなくても良いのに、と少しだけ思う。


「俺は侯爵令嬢としての振る舞いを注意しているだけです」


 焦ったように言い訳する。


「外を出歩きすぎですし、警戒心も足りない。そろそろ侯爵家に相応しい行動を覚えてもらわないと困ります」


 真面目な顔で言われ、リディアは少しだけしょんぼりした。


 そんなに自分は侯爵令嬢として落第点なのだろうか。


 数日後。


 侯爵家の応接室には、珍しく重い空気が流れていた。


 侯爵夫妻。


 フェルディナンド。


 そしてリディア。


 正式な場として整えられた席だった。


 テーブルの上には、分厚い書類が置かれている。


「こちらが、これまで私が関わってきた店舗再建の実績と、今後の事業計画書になります」


 リディアがそう言って書類を差し出した。


 侯爵が静かに目を通していく。


 宿屋再建。


 経営改善。


 食材管理。


 人員配置。


 帳簿整理。


 さらには、それらの知識や改善方法を体系化し、別の店舗でも活用できるよう纏められていた。


 ヴァイス商会は、この運営指針を基盤に、店舗経営支援事業を本格展開するつもりらしい。


 その責任者の一人として、リディアの名前が記されていた。


 侯爵は無言のまま最後まで目を通す。


 やがて深く息を吐いた。


「……義父殿」


「なんだ」


「自分の娘の成長を喜ぶべきなのでしょうが……素直に喜べませんね」


 頭が痛そうに額を押さえる。


「うちの娘に何をさせているのですか」


「リディアが勝手に育っただけだ」


「笑えません」


 侯爵は肩を落とした。


 リディアが商会の仕事をしていたこと自体は把握していた。


 娘の行動を把握するのも親の務めだ。


 だが、まさかここまで形になっているとは思わなかったのである。


「本格的にこの仕事をするなら、貴族籍は動きづらい」


 フェルディナンドが淡々と言う。


「だからアルベルトの籍へ入れるつもりだ」


 エレノアが青ざめた。


「リディア……本当に……?」


「ただ籍を抜けて叔父様の籍へ入るだけよ、お母様。お母様の娘であることは変わらないわ」


 そう言って微笑む。


 だがエレノアの表情は晴れない。


「私……この仕事をしたいんです」


 リディアは静かに続けた。


「お祖父様のお手伝いをしているうちに、困っている人を助けられる仕事がしたいと思うようになりました。お店が立ち直れば、そこで働く人も、その家族も笑顔になれるでしょう?」


 まっすぐな声だった。


 エレノアが胸を押さえる。


 その顔には、痛みと、それでも娘を応援したい気持ちが滲んでいた。


「……あなた、本当に昔からそういう子なのよね」


 小さく笑う。


 泣きそうな笑顔だった。


「自分のことより、誰かのために頑張れてしまう子なの」


「お母様……」


「俺も何度か説得した」


 フェルディナンドが静かに口を開いた。


「だが、この子が積み上げてきたものを見れば、やりたいことをやらせてやりたいと思うのが本音だ」


 その言葉に、侯爵は黙り込んだ。


 反論できない。


 結果が出ている。


 書類が、それを突き付けていた。


 長い沈黙の後。


 侯爵はエレノアを見る。


 エレノアは寂しそうに目を伏せ――それでも、小さく頷いた。


 その姿を見て、侯爵は深く息を吐く。


「……条件があります」


 リディアが顔を上げる。


「今回の事業については、卒業まではあくまで手伝いの範囲を出ないこと。そして王立淑女学舎は必ず卒業しなさい」


 静かな声だった。


「……成人するまでは、娘でいてくれ」


 その言葉に、リディアは一瞬だけ目を見開く。


 胸が熱くなった。


 侯爵は、本当に自分を娘として大切にしてくれていたのだ。


 込み上げた涙を誤魔化すように、リディアはふわりと笑った。


「……はい」


 侯爵はそっと額を押さえる。


 本当は、手放したくなかった。


 実の娘と変わらぬほど可愛がってきたのだ。


 そして最近のユリウスを見ていれば分かる。


 リディアへの態度。


 あれはもう、家族へ向ける感情ではない。


 二年。


 王立淑女学舎を卒業し、成人を迎えるまでの猶予。


(……あとはユリウス次第か)

長くなったので半分にしたのに

やっぱり長くなってしまいました。

次はユリウス視点です(^^)


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毎日18時更新です!

完結まで毎日投稿しますので、宜しくお願いします(^^)

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