閑話休題 宿屋夫婦と小さなお嬢様
「今日も余ったねぇ……」
「余ったねぇ……」
厨房の隅で、夫婦そろってしょんぼりしていた。
大量の葉物野菜。
鍋いっぱいのスープ。
山積みのパン。
ついでに二階の宿泊部屋は、本日空室が三つ。
「今日は人来ると思ったんだけどなぁ」
「昼いっぱい来たものねぇ」
「だから張り切っちゃった」
「張り切っちゃったねぇ」
この夫婦、料理の腕は良い。
とても良い。
宿の食事目当てで来る客もいるくらいだ。
だが。
商売が壊滅的に下手だった。
人が来そう→いっぱい仕込む。
安く仕入れられる→いっぱい買う。
結果→いっぱい余る。
しかも二人とも人が良すぎる。
「これ昨日のパンですけど……」
「食べます?」
「半額でいいですよぉ」
利益とは。
宿の掃除も後回しになりがちで、客室の管理まで手が回らない。
料理に夢中になっている間に、宿屋としての評判はじわじわ落ちていた。
「……もう店畳む?」
夫がぽつり。
妻もしょんぼり頷く。
「でも最後に、ヴァイス商会に相談だけしてみる?」
「えぇ!? あの大商会!?」
「ワンチャンあるかもぉ」
「ない気もするぅ」
そんな軽いノリで申請を出した。
まさか本当に返事が来るとは思わなかったのである。
「来たぁぁぁ!!」
「ど、どうしよう!!」
宿の前で夫婦そろって大慌て。
立派な馬車。
商会の紋章。
胃が痛い。
そして降りてきたのは――。
「本日はよろしくお願いします」
ぺこり。
まだ幼さの残る少女だった。
茶色の髪。
柔らかな雰囲気。
笑うと可愛い。
だが服も所作も明らかに上流階級。
夫婦は震えた。
(貴族様だぁ……!!)
(失礼したら首飛ぶ!?)
(飛ぶの!?)
(知らない!!)
だが、その後ろに控えていた補佐官風の男性を見て、二人は内心ほっとした。
(あっちだ)
(うん、絶対あっちが本命)
(このお嬢様は視察だ)
(可愛いもんねぇ)
そう思っていた。
「では、厨房から見せてください!」
元気よく歩き出したのは、お嬢様の方だった。
「えっ」
「えっ?」
夫婦は固まる。
補佐官は後ろで腕を組んだまま。
止めない。
助けない。
本当に見守ってるだけ。
(あれ?)
(本命この子!?)
お嬢様は厨房へ入るなり、ぱっと辺りを見回した。
「……なるほど」
さらさらさらっ。
高速でメモを書き始める。
「えっ、なになに!?」
「怖い怖い怖い!」
「食材管理が曖昧ですね」
「うっ」
「導線が悪いです」
「うぐっ」
「掃除、たぶん後回しになってます?」
「ぎくぅ!」
「宿泊部屋の管理表もありませんね」
「ぎくぎくぅ!」
「メニュー数が多すぎますね」
「ぐはぁ!」
次々刺さる。
夫婦、瀕死。
しかも全部当たってる。
「あと、この仕入れ量だと廃棄かなり出てますよね?」
「はいぃ……」
「帳簿も、どんぶり勘定です」
「はいぃぃ……」
夫婦は青くなった。
(うちダメダメだぁ……)
(全部バレてるぅ……)
だが。
お嬢様は責めなかった。
「でも大丈夫です!」
「へ?」
ぱっと顔を上げる。
「改善点いっぱいあります!」
にこっ。
笑顔が明るい。
「まず定食形式にしましょう!」
「ていしょく?」
「メニューを絞れば仕込み量を安定できます!」
「おぉ……?」
「余ったパンは朝食へ!」
「おぉ〜……!」
「余剰食材は日替わりスープ!」
「それ美味しそう!」
「葉物野菜は干し野菜にできます!」
「干す!?」
「保存期間伸びますよ!」
「おぉぉ……!」
「あと掃除当番を決めましょう!」
「はい!」
「客室管理表も作ります!」
「はい!」
「帳簿は私が書き方教えます!」
「はいぃ!!」
いつの間にか返事していた。
勢いが凄い。
キラキラしてる。
楽しそう。
そして何より。
「料理、美味しいんですから!」
お嬢様は本当に嬉しそうに言った。
「だから絶対、お客さん増えます!」
その笑顔を見て。
夫婦は顔を見合わせた。
――頑張ろう。
こんな小さなお嬢様が、一生懸命考えてくれている。
なら、自分たちも頑張らなきゃ。
結果。
お嬢様はとんでもなかった。
食材ロス激減。
提供速度改善。
宿も綺麗になった。
空室続きだった宿泊部屋にも少しずつ客が戻り始めた。
そして。
「干し野菜売れたぁぁ!?」
「売れたねぇぇ!?」
本当に売れた。
しかも人気。
宿の客が買い。
口コミで広がり。
気づけば委託販売まで始まった。
「忙しいぃ!」
「部屋掃除終わらないぃ!」
「人足りないぃ!」
「雇おうぉ!」
「そうしようぉ!」
黒字化した。
借金返済も順調。
気づけば、夫婦は毎日走り回っていた。
「いやぁ……」
ある日、夫がしみじみ呟く。
「お嬢様来なかったら、うち潰れてたねぇ」
「ほんとねぇ……」
妻も頷いた。
視線の先では、茶色の髪のお嬢様が帳簿を見ながら唸っている。
「うーん……地方販売もっと増やせそうですね……」
十三歳である。
考えることが商人すぎる。
でも。
「こんにちはー!」
客に笑いかける姿は年相応で。
笑うと可愛い。
だから夫婦は、こっそり思っていた。
このお嬢様。
きっと商売の女神様なんじゃないか、と。
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