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義弟に嫌われているので侯爵家を出たら、なぜか毎日探し回られています。  作者: アキラ・モーリング


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05 祖父フェルディナンド視点

 末娘のエレノアは、昔から手のかからない子だった。


 穏やかで、優しく、争いを好まない。


 だが、商人としては致命的なほどに根が優しすぎた。


 だからこそ、商会と懇意にしていた男爵家へ嫁ぐと決まった時、フェルディナンドは内心ほっとしていた。


 商売の世界ではなく、穏やかな家庭で生きていく方が、あの娘には合っている。


 そう思っていたのだ。


 だが。


 そのエレノアが産んだ孫は違った。


 リディアは、見た目こそエレノアに似て柔らかい雰囲気をしていたが、中身は驚くほどこちら側だった。


 物心ついた頃からヴァイス商会へ遊びに来ては、店先で「いらっしゃいませ!」と声を張る。


 常連客からは“小さな店員さん”と呼ばれ可愛がられていた。


 だが、本当に驚かされたのはそこではない。


 リディアは遊びながら、自然と商品在庫の管理方法を覚え、帳簿を覗き込み、商品の流れを理解していった。


「お祖父様、この荷はどうして南ではなく東へ?」


「利益率だけで見るなら、この商品はまとめて運んだ方が――」


 商会へ来れば、楽しそうに後ろをついて回る。


 計算が好き。


 帳簿が好き。


 商人同士の駆け引きが好き。


 面白がったフェルディナンドや、後継でエレノアの兄のアレクシスは、求められるままに知識を与えた。


 すると、与えた以上の答えを返してくる。


 一つ教えれば、そこから二つ三つと発展させる。


 まるで商売そのものを遊びのように吸収していく子だった。


 男であれば。


 あるいは男爵家へ嫁がなければ。


 間違いなく商会の後継として育てていた。


 そう思う程度には、才覚があった。


 だが、それ以上に目に入れても痛くないほど可愛い孫娘だった。


 だからこそ。


 一年前、突然夫を亡くしたエレノアと、そのエレノアを責めるリディアを見た時、フェルディナンドは胸が痛んだ。


 誰も悪くない。


 そんなことは、大人ならわかる。


 だが、リディアはまだ子供だった。


 大好きだった父を突然失い、その悲しみのぶつけ先を見つけられなかったのだ。


 男爵家は混乱した。


 エレノアは女男爵となったが、領地経営どころではない。


 実質的にはヴァイス商会から人を出し、ようやく回していた状態だった。


 それでも。


 しばらくして、リディアは何も言わなくなった。


 泣き言も。


 責める言葉も。


 その代わりに、母を支え、家を支え、必死に動くようになった。


 やがてエレノアが少しずつ前を向き始めた頃。


 エレノアは侯爵に見染められた。


 舞踏会で出会ったというが、出会ってから再婚までが早かった。


 男爵家には傍系の親族が入り、継承手続きも正規の手続きよりも1ヶ月も早く終わった。


 さすが侯爵家当主と言うべきか。


 それだけエレノアに惚れ込んでいたのだろう。


 エレノアもリディアも、男爵家を継ぐには荷が重かった。


 だからこれで良かったのだと、そう思っていた。


 ――そのはずだったのだが。


「叔父様の養子に入って侯爵家を出たいです」


 執務室でそう言われた時は、さすがに手が止まった。


 話を聞けば、実にリディアらしい理由だった。


 ユリウスに嫌われた。


 ならば、自分がいなくなれば丸く収まる。


 そして自分は商人になれる。


 母にも会える。


 みんな幸せ。


 合理的で、実に前向きな結論だった。


 だが同時に、フェルディナンドは理解した。


 この子は疲れているのだと。


 そして気晴らしが必要なのだと。


 父を亡くし。


 男爵家を支え。


 今度は侯爵家へ入った。


 目まぐるしく環境が変わりすぎた。


 だからフェルディナンドは、結論を急がせなかった。


 代わりに、仕事を……気晴らしを与えた。


 潰れかけの小さな宿屋。


 半年で黒字化。


 この宿の問題点に気付ければ、不可能な数字ではない。


 立地は悪くない。


 料理の味も十分。


 だが経営が雑だった。


 無駄を削り、流れを整えるだけでも改善の余地は大きい。


 ――リディアなら、きっと気付く。


 ヴァイス商会は新規事業で人手が圧倒的に足らない状況。


 フェルディナンドにとっても利のある交渉と言えた。


 もっとも、宿屋経営の件までは侯爵家へ伝えていない。


 フェルディナンドとリディアで話し合った結論だった。


 エレノアは優しい。


 きっと娘が侯爵家を出る準備として宿屋経営を始めたと知れば、自分を責め、即刻リディアの仕事を辞めさせるだろう。


 今のリディアには必要な事だ。


 だから今はまだ言わない。


 フェルディナンドとしても、侯爵家を出る手伝いをすると決めたわけではない。


 あくまで様子見だ。


 半年後、本当に結果を出せたなら、その時に判断を下せばいいと思った。


 そして今。


 リディアの補佐役から上がってくる報告書を見て、フェルディナンドは何度目かの笑みを浮かべていた。


「食材管理の効率化か」


 夫婦経営の宿屋だった。


 料理は悪くない。


 だが無駄が多かった。


 ――どうやら、ちゃんと気付いたらしい。


 リディアは定食形式を導入し、余ったパンは朝食へ回し、余剰食材は日替わりスープへ転用した。


 食材ロスを減らし、提供速度を上げ、回転率まで改善させた。


 さらに。


「干し野菜、か」


 親戚農家から安く仕入れていた葉物野菜。


 足が早く、よく廃棄が出ていた。


 リディアはそれを干し野菜へ加工した。


 最初は厨房用だったが、興味本位で買った客が広め、今では店頭販売まで始まっている。


 さらには大通りの店舗で委託販売まで話を繋げたらしい。


「……面白い」


 一つ教えれば、勝手に育つ。


 まるで水を得た魚だった。


 その日の帰り。


 視察ついでに宿屋へ立ち寄ると、店先にリディアの姿を見つけた。


 どうやら帳簿確認をしていたらしい。


 リディアはエレノアが再婚する前から週に一度は商会へ顔を出していた。


 今回のことを機に、それを続けたいと願い出ていた。


 もちろんフェルディナンド側からも事前に侯爵家に話を通していたのですんなりと許可が出た。


 ただし、日暮れ前には帰る条件で。


 だが今日は少々遅い。


「乗っていけ」


「ありがとうございます、お祖父様」


 馬足の速い駿馬を使った商会用馬車だ。


 普通の貴族馬車より速い。


 移動時間の効率化も商売のうちである。


 馬車の中で、リディアは楽しそうに報告を始めた。


「干し野菜ですが、保存期間が伸びたので地方販売も視野に入れられそうです」


「ほう」


「あと、宿泊客向けに朝食を簡略化したら、厨房の負担が減りました」


「……ふむ」


 まるで部下の業務報告だった。


 十三歳の少女とは思えない。


 だが、あまりにも生き生きしている。


 フェルディナンドは呆れ半分、嬉しさ半分で孫の話を聞いていた。


 やがて侯爵家へ到着する。


 先触れを出していたからか、玄関前には侯爵とエレノアの姿があった。


 そしてその横に、ユリウス。


 以前会った時は、実に侯爵家嫡男らしい少年だった。


 感情を表に出さず、礼儀も完璧。


 報告書通りの優秀な子息。


 だが。


 馬車から降りたフェルディナンドを見た瞬間、ユリウスはぎり、と眉を寄せた。


「フェルディナンド老。送っていただいたことには礼を言う。だが、このような時間まで連れ回すのは感心しない」


 10歳とは思えない物言い。


 だがその視線は明らかに苛立っていた。


 続いてリディアが御者の手を借りて降りた瞬間。


 ユリウスの顔色が変わった。


 一瞬、ほっとしたような顔をしたかと思えば、次の瞬間には眉を吊り上げる。


「遅い!! こんな時間まで何してたんだ!」


 ずかずかと近寄る。


「ごめんなさい。お祖父様のところで本を読んでいたら、つい夢中になってしまって」


「本なら屋敷にもあるだろ! ないなら取り寄せればいい!」


 そう言いながら、ユリウスはリディアの手を掴んだ。


「ほら、入るぞ!」


「えっ、でも――」


「いいから!」


 そのまま半ば引きずるように屋敷へ入っていく。


 文句を言いながら。


 フェルディナンドは驚きでユリウスから目が離せなかった。


「息子の失礼をお詫びする。今日はリディアを送っていただき感謝します」


 フェルディナンドは侯爵の声にハッとして向き直った。


 侯爵の隣では、エレノアが安堵したように「お父様ありがとう」と心からの感謝を述べる。


 侯爵が自然にエレノアの腰へ手を添えると、2人の視線が合い、微笑み合った。


 実に仲睦まじい。


 フェルディナンドはその様子に、ひとまず安堵した。


 晩餐に誘われたが、仕事があるのでと断った。


 帰る間際。


 ふと、まだ聞こえる怒鳴り声の方へ視線を向ける。


 屋敷の奥へ消えていく、小さな背中が二つ。


 フェルディナンドはその背中を眺めながら、静かに目を細めた。


……嫌っているようには見えんな。


 むしろ。


「……」


 さて。


 どうなることやら。

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毎日18自投稿に変更しました!

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