03 甘え下手な義弟
アルヴェイン侯爵邸での生活が始まって、一ヶ月。
リディアは最近、ひとつ気づいたことがある。
(……ユリウス様、毎日いらっしゃるなあ)
しかも絶妙なタイミングで。
朝食を食べていれば向かいに座り、
庭で本を読んでいれば現れ、
図書館に行けば近寄り、
紅茶を飲んでいれば嫌味を言って帰っていく。
最近、こういうことが多い。
しかも、不機嫌なユリウスに気を利かせてリディアが「ではお先に失礼しますね」と席を立とうとすると、ユリウスはさらに機嫌が悪くなるのだ。
なので最近は、ユリウスの気が済むまで付き合っている。
今日のユリウスは、じっと刺繍枠を覗き込んでいた。
「……下手だな」
「まだ練習中なんです」
「侯爵家に来たんだから、もっと貴族らしくしろ」
「頑張ります」
素直に返すと、ユリウスはまた顔をしかめた。
……わかりやすい人だなぁ
そんなことを考えていると。
「ユリウス様」
廊下から侍従の声がした。
「剣術教師がお待ちです」
「……今行く」
ユリウスは不機嫌そうに返事をする。
けれど、なぜか動かない。
じっと刺繍を見ている。
「ユリウス様?」
「…………」
「行かなくて大丈夫ですか?」
「別に、お前の刺繍なんか気になってない」
「はい?」
「暇だから見てただけだ」
「そうなんですね」
素直に頷くと、なぜかまた顔が赤くなる。
「……もういい!」
そのまま足音荒く出て行ってしまった。
リディアはぱちぱち瞬きをする。
(また怒らせてしまったわ……)
でも、どうして嫌いな人のところに毎日来るのだろうか。
愚痴でも言って憂さ晴らしをしたいのかもしれない。
そう思って、リディアは再び刺繍へ視線を戻した。
すると。
「お嬢様」
近くで控えていた侍女のミレーユが、なぜか生温かい目をしていた。
「ユリウス様、本当にリディア様のところへよく来られますね」
「そうねえ」
リディアは苦笑する。
「やっぱり文句を言いやすいのかしら?」
「……そう見えますか?」
「え?」
ミレーユは口元を押さえた。
「いえ、なんでもありません」
なんだろう。
最近、周りの人がたまに変な顔をする。
その日の夜。
リディアは自室で本を読んでいた。
すると、控えめに扉が叩かれる。
こんな時間に誰だろう。
「はい」
扉を開けると、そこにユリウスが立っていた。
寝間着姿のまま、むすっとした顔で。
「……何か御用ですか?」
「別に」
即答だった。
けれど帰らない。
じっと床を睨んでいる。
その時。
ゴロゴロ、と遠くで雷が鳴った。
ユリウスの肩がぴくっと揺れた。
リディアは瞬きをする。
……あ。
顔色が少し悪い。
もしかして。
「お部屋、一人だと眠れませんか?」
「違う!!」
否定が早い。
耳が赤くなった。
リディアは少し考えてから大きく扉を開いた。
「少しお話しします?」
「……別に話したくない」
「そうですか?」
「…………少しだけなら」
どっちなんだろう。
リディアはくすっと笑って、ソファを勧めた。
ユリウスはむすっとしたまま座る。
そして。
また雷が鳴った瞬間、ぴくっと肩を揺らした。
……かわいい。
いや、失礼かもしれないけれど。
昼間あんなに偉そうなのに、雷が怖いんだ。
なんだか少し安心する。
「私も小さい頃、雷苦手でしたよ」
「お前と一緒にするな」
「ふふ」
笑うと、ユリウスがまたむっとする。
でも帰ろうとはしない。
そのまましばらく、ぽつぽつと他愛のない話をした。
庭の花のこと。
料理人が焼いてくれたお菓子のこと。
毎日ご飯が美味しいこと。
ユリウスは最初こそぶっきらぼうだったけれど、段々普通に返事をするようになった。
そして夜も更け、雷も雨もおさまった頃。
リディアがふと見ると。
ユリウスはソファに寄りかかったまま、眠っていた。
規則正しい寝息。
怒ってばかりの顔は迫力があるが、寝ている顔は年相応でどちらかというと可愛い。
リディアはそっと毛布を掛ける。
するとユリウスが薄く目を開けた。
「……ん」
「雷は行ってしまいましたから、もう怖くありませんよ」
ぼんやりした目で、じっとこちらを見る。
その顔があまりにも幼くて。
リディアは自然と、昔お母様にしてもらったように、そっと頭を撫でた。
「大丈夫ですよ」
静かな声だった。
ユリウスの目が、ゆっくり見開かれる。
次の瞬間、ユリウスは真っ赤になってソファから立ち上がった。
「子供扱いするな!!」
「えっ」
「お、お前なんか嫌いだからな!!」
「はい?」
「今日のことは忘れろ!!」
そのまま転ぶような勢いで部屋から出て行く。
バタン!!と扉が閉まった。
リディアはぽかんとした。
……寝起きって機嫌悪くなるのかな。
そう思いながら、ずり落ちた毛布を拾う。
その頃。
廊下に飛び出したユリウスは、真っ赤な顔を誰にも見られたくなくて急いで自室に戻った。
「っ〜〜〜……!!」
熱い顔を両手で覆う。
「なんなんだよ、あいつ……」
思わず文句が口から漏れた。
けれど。
撫でられた感触だけは、いつまでも頭から離れなかった。
ユリウス…(笑)




