05
翌日、荷車の上で、グランは落ち着かない様子で、隣に座るルミアのことを見ていた。
昨夜、グランが獣人であることを明かして、ルミアはそれを受け入れてくれた。
そして、一晩経って、冷静になる時間があった今日も、ルミアはまるで何もなかったかのように、グランに接していた。
「あの……」
「ん? 何かあった?」
「えっと……いや、その……あまりに、ルミアさんが、落ち着いているので……」
気にされていない。
それは嬉しいことのはずなのに、どこか気まずかった。
「仕事は仕事。プライベートとは分けてるから。私、真面目なんです」
胸を張るように自慢気に答えるルミアに、グランも小さく表情を崩すと、首を傾げて訪ねた。
「勝手にフードを触った方が真面目、ですか……?」
「そこは、『仕事では超絶真面目に落ち着いた大人な女性のように見せているんですね。さすがです。先輩』くらいなことを言ってほしいな」
「仕事では超真面目な大人に見せているんですね。さすがです。先輩」
見事な棒読みな上に、いまいち合っていない答えだったが、ルミアは絵にかいたような自慢気な表情で、腕を組んで頷いていた。
「まぁ、実際、獣人がどうのと言われてもねぇ……あ、でも、獣人と魔獣が間違われるなら、南の森で魔獣が出たって噂は、グランのことかな?」
町の噂では、西と南の森に、魔獣が現れたという話だったが、グランが勘違いされていたのなら、魔獣の目撃情報は西の森だけになる。
グランも、噂の時期と合わせても、南の森の魔獣については、自分のことだろうと頷けば、ルミアは露骨に肩を落とした。
「なぁんだ……じゃあ、昨日、わざわざ行かなくても大丈夫だったのか」
「あ、そうだ。その件……」
昨夜は、姿を見られてしまったこともあり、うやむやになっていたが、グランにとっては一番気になるところだった。
「ルミアさん、昨夜は、なぜ森に? 魔獣が出るなら危険でしょう?」
「グランが魔獣に食べられてもイヤだからって、それだけだったんだけど……」
「でも、危険でしょう? 昨日だって、魔獣の姿は見てませんが、ルミアさんの近くで、魔力の気配はありましたし……だから、ルミアさんが魔獣に襲われているんじゃないかと、心配して……」
自分を心配して、様子を見に来てくれたのは嬉しいが、それでルミアが襲われては、元も子もない。
実際、ルミアと合流してから、魔力の気配は無くなっていたが、もしあれが本当に魔獣だったら、ルミアは襲われていたかもしれない。
「あ゛、なるほど。それで、あんなに慌てて……」
「そうですよ。自身がどれだけ危ないことをしているか、理解してなかったんですか……?」
そこまでルミアの頭が悪いとは思っていなかったが、グランは眉を潜めて、ルミアを見下ろせば、ルミアも困ったように声を上げていた。
「あー……そうね。そりゃそうか……実はさ――」
ルミアが何かを口にしようとしたその瞬間。
鼻についた、肉の腐った匂いと甘い花の香り。それに、強い魔力の気配。
「――ッ!」
振り返ることもせず、グランは隣にいるルミアを抱きかかえると、荷車からすぐに飛び降りた。
直後、背後から荷車の壊れる音と鳥竜の悲鳴。
グランは、ルミアを抱きかかえながら、地面に転がり、体を起こせば、荷車を壊した魔獣が、低い姿勢でこちらを睨んでいた。
「ルミアさん。立てますか?」
背後にいるルミアに、冷静に声をかければ、小さく頷く声が聞こえる。
「自分が囮になりますから、ルミアさんはその間に坑道に。町よりは、そちらの方が近いはずです」
襲われた場所が悪かった。
ちょうど町と坑道の間で、人のいる場所に逃げるには遠すぎる。
だからこそ、魔獣もここで獲物を狩っているのだろう。
「大丈夫。魔獣とは戦ったことがありますから」
ルミアを安心させるように、グランはそう口にすると、一度ゆっくりと息を整える。
そして、一息に魔獣へ跳びかかると、その頭に拳を叩きつけた。
「走って!!」
グランはそう叫び、ルミアに合図をする。
だが、ルミアは動かなかった。
「ルミアさ――――ぇ」
何かあったのかと、ルミアに振り返ろうとしたグランの視界の端に捕らえた魔力。
それは、こちらに噛みつこうとしていた魔獣の脇腹を貫き、魔獣を大きく吹き飛ばした。
今のは何だと、壁に叩きつけられた魔獣へ目をやっては、はたとルミアの振り返る。
そこには、魔力の多く通う杖のようなものを持っている、ルミアの姿。
「なんだか、ものすごいタイミングになっちゃったけど……簡単に言うと、魔法が使えるんです。私」
聞きたいことが大量に頭を巡ったが、今はそれどころではないと、尻尾を引かれるような思いで、魔獣の方に目を向ける。
「とりあえず、話しは後ででいいですかね!?」
「安全確保は最優先」
「はいっ!!」
ルミアの言葉に、グランは大きく頷くと、荷車の瓦礫から刀を蹴り上げると、空中で鞘から刀を抜いた。
「……器用ぉ」
「こういうことやると、師匠に怒られるので、秘密で!」
「秘密がいっぱいだ」
「貴方ほどではありません!」
ルミアが放つ魔法の隙間を駆け抜けながら、魔獣の急所である首を斬りつける。
「?」
手に感じる軽い違和感。肉は切っているはずだが、妙な手応えだった。
柔らかいというか、弾力がない感触。
なにより、首を斬った割に、出血が少ない。
「……グラン、そいつの首と手足を落として」
「――了解」
魔眼に写る、妙な魔力の塊は、魔獣の脇から背中側だが、グランはルミアの言葉に従うように、姿勢を低く落とすと、命令通りに刀を振るった。
「はーー……運がいいのか、悪いのか……」
動けなくなった魔獣にゆっくりと近づくルミアに、グランも不思議そうに、ルミアの方に振り返る。
既に、グランの鼻には、明らかな腐敗臭が届いていたが、おそらく視界としてその様子は、ルミアにも届いているだろう。
「この魔獣は、腐っているのですか……? すでに死んでいる、アンデッドの類とか」
「アンデッドは知らないけど、これは、この”ボーシット・フラワー”の影響だね」
”ボーシット・フラワー”
別名 吸血花とも呼ばれる、魔力を養分に花を咲かせる、魔力に寄生する花。
魔獣の魔力を、血ごと吸い上げることで、その花は赤黒く、不気味に咲き誇る。
そして、ボーシット・フラワーに寄生された魔獣は、枯渇した魔力を補おうと、死の直前まで、人や動物に襲い掛かる。
「魔獣が死んでも魔力を求めるから、不吉の象徴にされてる花だよ」
そう説明をしながら、ルミアは、その赤黒く咲き誇っている花を、力づくで抜くと、魔獣の体から出てくる、連なった球根たち。
「ルミアさん……? いったい、なにを……」
ルミアの行動が理解できず、グランも動揺していれば、出てきた球根のひとつを差し出される。
「これだよ。マリッジ・アルテミスフラワー」
「……え?」
「だから、ボーシット・フラワーがモデルなんだよ。マリッジ・アルテミスフラワーは」
理解ができなかった。
魔獣の血を吸い上げる赤黒い花が、月の光を映した美しい花と一緒などとは、到底思えなかった。
「嘘つきの花、だからね」
ボーシット・フラワーの本来の性質は、『吸い上げた魔力によって、様々な形の花を咲かせること』。
つまり、魔獣の血ではなく、純粋に魔力を球根に吸わせることができれば、様々な形の花を咲かせることができる。
故に、『嘘つきの花』。
「――――っ」
魔眼に写るのは、まるで月明かりのような、白く儚い、だが決して消えることのない、美しい白い花。
「これで、前の約束は守れたかな?」
それはまるで、おとぎ話に出てきた、愛の誓いを、長年の約束を果たした末に渡された、マリッジ・アルテミスフラワー、そのものだった。




