03
「おとぎ話に出てくるような魔法も大好きだよ。夢があるじゃん」
作業の手を止めて、グランを見下ろすルミアに、グランも大きく頷いた。
「”マリッジ・アルテミスフラワー”とか! 素敵ですよね!」
「これまた懐かしいものを……」
もし、グランに尻尾が生えていたのなら、大きく振っていそうな勢いだ。
「ルミアさんも知っていますか?」
「そりゃ、大人気だったもん。あの本」
数年前、ルミアが子供の頃に流行していた物語に出てきた、”マリッジ・アルテミスフラワー”と呼ばれる魔法の花。
その物語の中では、愛し合っているふたりが結ばれる時に、月が祝福して流した涙によって花開く、プロポーズの花だ。
当時の人気はすごいもので、マリッジ・アルテミスフラワーに似た花をプロポーズや告白に送るというが流行っていた。
今でこそ、その人気は落ち着いたが、今でも根強く残っている文化だ。
「というか、グラン、知ってるんだ……あの本」
「はい。昔、行商としてこの町に来たことがあって……その時に、取り扱いを聞かれたことがあって」
「子供の私でも、探してたもんなぁ……」
「懐かしい……」と乾いた笑いを漏らしながら口にするルミアに、グランも少しだけ意外そうに声を上げる。
「ルミアさんも探してたんですか?」
「そりゃ、月明かりのような儚くも美しい花。なんて言われたら、どんな花か、気になるじゃん」
結局、マリッジ・アルテミスフラワーは、物語の中だけに登場する、存在しない花であった。
しかし、魔力で咲く花というものは、存在している。
その中に、マリッジ・アルテミスフラワーのような花もあるかもしれない。
「私も、花屋だけじゃなくて、インチキ魔道具屋みたいな人にまで聞いて、『そんな花、聞いたことがない』って言われたし」
「みたいですね。似たような花をモデルにしたのではないかと……」
「…………」
「この町に来てるのも、そのモデルになった花の情報があればいいなという気持ちもあって……」
「……その魔法遺物管理機関っていうのには、情報はないの?」
「ありますよ。ただ、魔力で咲く花は、意外に結構あるらしく……絞り切れなくて」
どれが、マリッジ・アルテミスフラワーのモデルになった花なのか。
それは、どうにも絞り切れなかった。
「その、マリッジ・アルテミスフラワーを教えてくれた子供にも、見つけたら、その花を見せてあげたいんだけどなぁ……」
ただ、その子供に会ったのは、数年前の事だ。
子供も成長してしまっているだろうし、本人も覚えていないだろう。
たとえ、花を見つけたとしても、その子供に見せるのは、現実的には難しいかもしれない。
グランが、小さく俯くと同時に、頭上から物品のチェックを終えたらしいルミアが、ノートを閉じる音が響く。
「さて、帰ろうか」
「あ、はい」
仕事を終えたからか、先程よりも淡々と片づけを始めるルミアに、グランも慌てて手伝うと、一緒に帰路についた。
「――待った。グラン。聞いてもいい?」
「はい?」
「そっちに宿はないはずだけど……」
途中まで一緒に帰ろうと、町に出たというのに、グランの足は、南の森の方に向いていた。
ルミアの記憶では、この先に宿はない。
金のない放浪者が、馬小屋の一角を格安で借りていることもあるが、グランは働いているし、多少の路銀はある。
むしろ金がないなら、店主に頼んで、寮を使わせてもらえばいい。
わざわざ、馬小屋に泊まる必要はないはずだ。
「あ、えっと……実は、森で野宿を……」
「なんで……相当、シャイって話……?」
「は、はい……」
「…………」
呆れたように額に手をやっているルミアに、グランも困ったように、くぐもった声を上げることしかできない。
店主を含め、従業員は皆、グランは宿に寝泊まりしているのだと思っていた。
この風体のこともあり、寮は何か理由があって嫌がっているのだろうと。
ただ、町の外の森で、野宿しているとなれば、話しは異なる。
魔獣だけではない。動物だって、野盗だっている。
そこに、ひとりで野宿させるなど、危険すぎる。
「あ、あの、慣れているので、どうかお気遣いなく……」
「それはあくまで、旅で。って話でしょ……町に滞在してるのに、なんでそんな危険なことを……」
ルミアは呆れたようにため息をつくと、グランをじっと見上げた。
「うちに泊まる?」
「え!?」
「一応、辛うじて寝室と言い張るための仕切りあるし、そこを閉めれば、多少マシじゃない?」
「い、いえ!! 本当に!! 大丈夫です!!」
「普段ならまだしも、今、魔獣いるって話もあるし……」
「ほ、本当に……!! 大丈夫ですから!! ほ、ほら! 鼻……夜目も利きますし!! じょ、女性の家に泊まるなんて、できません……!!」
「それを言われるとコメントしがたいけど……はぁ……わかったよ。でも、気をつけなよ?」
「は、はい……」
まだ心配そうにグランの事を見上げるルミアだったが、グランの言葉に、ため息交じりに納得するしかなかった。
グランも、早鐘を打つ心臓のまま、足早に南の森に入ると、ここ数日、寝床にしている川原で足を止めた。
そして、川を覗き込みながら、顔を覆っていたフードや口布を取る。
分厚い布から現れたのは、目を切り裂くような大きな傷跡がある狼の姿だった。
「……こんな姿、人には見せられないからな」
”獣人”と呼ばれる希少な種族で、その容姿は、獣や魔獣と、ほとんど同じものだ。
違いがあるとすれば、理性が人に近いということくらいだ。
「いくら、ルミアさんでも、この姿を見たら……」
毛並みのひとつすら見せないように覆った布を『不気味』ではなく、『暑そう』と口にした彼女であっても、きっとこの姿を見れば、その目には、恐怖が映るだろう。
グランは、その姿を想像しては、大きく息を吐き出しながら、顔を手で覆った。




