枯れ枝の炎
何も残っていない荒野には凄まじい轟音と共に何本もの稲妻が降っている。地を這うように何もかもを吹き飛ばす暴風。枯れて朽ちた木々の残骸がその身を粉にして空へ舞う。大粒の雨が荒野を濡らす。巨大な水たまりは大きな口を開けていた。
稲妻と暴風と大雨。
それらはこの荒野に訪れていた。住まう者のいない荒野。たった一人の砂の子が嵐と共にそこにいた。それは今朝、意を決して金剛山の洞窟から出発した青年だった。
稲妻に暴風に大雨。
青年の向かう道は水たまりに沈み、青年の見上げる空には、風で舞った枯れ木の枝ども。青年の耳に届くは空を駆ける稲妻の爆音。
嵐と青年は仲が悪かった。
青年はついに地に倒れた。
青年の両足が大きな泥の湖にハマったのだ。身動きだけでなく息をするのも辛い時間が続く。そんな時も嵐はその激しさを抑えようとすらしない。青年は胸の前で手を結んで、目を閉じた。嵐の下で必死に念じる。
嵐の退去を望んで。
もう一度太陽の光を。
祈る青年の頬は雨粒で濡れていた。何度唱え直しても、青年の祈りを神は聞き入れなかったようだった。嵐はその勢いをさらに強めていた。青年は泥にハマったまま次第に力を失っていく。口は乾き、髪は泥に浸かった。
「語り部って。弱すぎだろ。」
青年が望みを捨ててしまう刹那、轟音が駆け降りてきた。青年のそばに稲妻が落ちたのだ。地が割れるほどの轟音の後、木々が燃える音が静かに聞こえた。火花が弾ける音だった。
けれども青年は目を開けていられなかった。それほどまでに衰弱していた。
泥の湖に体温も活力も奪われて、青年の心はとっくに砕けていた。
鳴り止まない嵐に青年の希望はあっけなく溶かされていた。
それからしばらく木々の燃える音と嵐の音のみが青年の耳に届いていた。嵐の中、どれだけの時間が経っても木々が燃える音は無くならない。青年がとっくに希望を捨て、一度眠りについて、そして目が覚めてからも音は聞こえた。木々が燃える音は聞こえていた。
青年はついにそれを不思議に思った。以前、嵐は鎮まらない。けれど…いやだからこそ、なぜ炎は燃え尽きないのか。泥の湖にハマったままの青年はついにその顔を上げた。望みを失った青年は顔を上げて瞳を開いた。
希望を失った真っ黒な瞳には炎が映った。ゆらゆらと踊るように燃える炎がしかとその目に映った。大雨に振られ、暴風に吹かれながらも消えない炎がそこにはあった。
それはひどく奇妙で、浮世離れしているものであった。
青年は瞬きを繰り返した。力尽きたはずの体が徐々に起き上がってきた。生命の活力の全てを削がれたはずなのに、心臓の鼓動はまだ止まっていなかった。青年はそのうごめく炎をじっと見つめた。
ひどく不思議であった。
炎は木々を燃やして火花を散らす。ゆらゆらと燃え続ける真っ赤な炎。
そんな炎に向けて、青年は口を開いた。
「あんたは語り部か?」




