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誕生

炎は炎。ただの火。薪で燃ゆる火。それに意志が載っていることなんかあるはずがない。人の顔も腕も足も何もない、ただの火なのだから。それが現実。もしそうでない炎があるとするならばそれは全て夢ではないだろうか。


嵐の中だが目の前の炎は燃え尽きない。炎は青年の問いにこう返した。


「語り部?そんな生やさしいもんじゃねぇ。オレは監視者だ。」


青年は顔を上げて炎を見た。口無しの炎は喋っていた。青年は思ったままの言葉を返す。


「監視者?目玉もついていないのに何を監視してるんだよ。」


炎は沈黙した。その代わりにその燃える体を大きく肥大化させた。嵐に襲われている青年を炎は覆う。雷の音も雨の雫も、炎によって隔てられる。青年は炎に守られた。青年は目を丸くした。


「本当にあんたは何がしたいんだ?監視者って言ってたけど。」


炎は応えた。


「オレは監視者だ。だからこの広野にやってきたお前を監視する。」


青年はハマった沼から抜け出す。炎の熱によって沼の水が蒸発したからだ。


「もうここ広野だったのかよ。」


青年のそば一帯は、先ほどまで嵐でじめっと濡れていたが、今や炎の熱によって乾いていた。青年は乾いた大地に腰を下ろし半ば久しぶりの休息をとりながら炎に耳を傾けた。嵐はその勢いを弱めていた。傘のように青年の頭上は炎に覆われている。炎は言う。


「で、お前はなぜこんな趣味の悪い広野に来たんだ。」


炎は僕に考える時間を置くためか、少し間を置いて問いを重ねる。


「なぜお前はここに来た。」


僕は真実明快に、さも当たり前のことを話すかのように声を上げた。


「屍人を食うために。」


炎は聞いた。


「なぜ?」と。


青年は言った。


「俺が屍人を食う理由は簡単だ。まず俺は語り部らしいけど何をして良いかわからない。広野には元語り部の屍人がいる。そいつに話を聞くことで、正しい語りの作法を教えてもらう。で、その正しい語りでこの国を救う。簡単だろ?」


そう言うと、ニヤッと青年は笑った。対して炎は黙った。雨音がだんだん聞こえなくなってきた時、青年を宥めるかのように炎は優しい口調で切り返した。


「屍人に口はあるか?」


炎は嘲るように笑い出した。青年は考え込んだ。炎は続ける。


「八雲に殺された屍人は皆、魂を失う。つまり動かない。動けない屍人にどうやって話を聴くんだよ。」


続け様に「笑わせる。」と炎は言った。すると青年は不敵な笑みを浮かべてやや自虐的に笑い出す。


「ならどうするんだよ。どうすればいいんだよ。語り部はこの国に俺しかいないんだよ。そんな事すぐにわかるじゃないか。もし俺以外に別の語り部がいればなんで賢者モノは俺を蘇らせるんだよ。バカじゃねえのか。だから俺しかこの国に語り部はいない。」


炎は静かに聞いていた。穏やかな風が吹いていた。


「あんたは分からねぇだろうよ。何をしていいかも知らずに生まれて生前の記憶もなく、思い出も何一つなく、けれど精神はしっかりしている。構造的には人間そのものなのに、記憶も何もない空っぽの気持ちが。俺の本心が。」


「意味わかんねえよ。」


炎は体を萎縮させ始めた。青年の頭上には空が戻り、パチパチと弾ける火花は十分の一になる。青年は勢い任せて叫び散らかす。


「何が黄泉の国だ。何が砂の子だ。何が塵の子だ。俺は誰の子でもねぇ。ただここに居させられてるだけなんだよ。なにが鬼だよ。笑わせんな。気持ちの悪い。俺はたとえこの国を救っても何も嬉しくないんだよ。」


炎はただの小さな火となった。やがて青年の視線は炎に向いた。ただ燃える炎に青年はひどく心を揺さぶられる。


「なんなんだよお前。何が監視者だよ。広野に行く意味はないってか?屍人には口がないから会話できないってか?ああ会話しなくて結構だ。そもそも語り部なんてどうでも良いんだよ。俺は早くこの国から立ち去りたいんだよ。もう何も考えたくないんだよ。」


青年はさらに声を上げた。


「なんであんたは黙ったままなんだよ。あんたはなんで俺に声を上げないんだよ。なんで俺を嵐から救ったのに何もしないんだよ。俺に何も与えないんだよ。俺を殺さずに、かといって俺に何も教えないのは何故なんだよ。」


「気狂ってんのかよ。」


青年は未だ燃え続ける炎に向かって走り出した。駆ける足音は無秩序でやかましく、時折叫ぶ声は広野に響く。ついに青年は炎を殴る。当然、青年の拳に感触はない。


「あんたは監視しかしねぇのかよ。なんで俺に何もしないんだよ。馬鹿げてる。この国全て狂ってる。」


炎はただの炎。そこに何も違いはないのに。


「何がどうなってるんだよ。俺は何をすれば良いんだよ。教えろよ。なぁ。」


青年は炎の大元の幹を揺さぶり出した。幹の枝を何本も折って放り投げる。けれども炎は炎のまま。ただの炎。


「なんで反抗しないんだよ。なんでどんどん小さくなっていくんだよ。なんで何もしないんだよ。」


やがて炎は完全に燃え尽きた。青年が幹を四散させたからだ。青年は幹にこびりついた灰を掴む。掴んで空に投げる。青年の頬は濡れていた。


「なんだよ。本当に何がどうなっているんだよ。」


そして青年は髪をくしゃくしゃにして身をかがめた。低い慟哭がその身を揺らす。青年は思いの丈を吐き出して出し切る。


なんで…なんなんだよ…一体、誰が何をしたくて俺をこんな目に合わせるんだよ。俺が何をしたって言うんだ。俺に何をして欲しいんだよ。言ってくれないとわかんねえ。教えてくれないと何も伝わらねえ。なんでみんな居なくなるんだよ。なんで俺はここに居るんだよ。


なんで…ああ?なんで、何だこれ。何だこれ。


これ、一体何だよ。俺は何をしたんだ?俺は何をしてしまったんだよ。胸がゾワゾワする。全身の筋肉がミシミシいってる。何がしたいんだよ、本当に。


どうして…どうして。どうして…本当にどうなっちまったんだよ。狂ってるのはこの国だけにしてくれよ。俺は狂いたかねぇよ。俺は普通でいてぇんだよ。早く帰りてぇんだよ。この国に染まりたくないんだよ、なぁ。


どうして…どうして…どうして俺が語り出してんだよ、なぁ


なんで俺が語ってんだよ。気持ち悪いんだよ、なぁ


おい、なんとか言えよ。


賢者モノはこんな気色悪いことがしたかったのかよ。


おい、教えろよ。誰か教えろよ。


なんで俺が語ってんだ







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