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変動せし器の可塑性

知らない世界が見えた。それは夢の中の話のようで、すぐにぼやけていく。俺の目の前には今、先ほどの女がいた。


「変な顔してどうしたの。」

「いや何でもない。」


「変なの。」


麗花はそう言うと先ほどの恐怖心が嘘のように堂々とした立ち振る舞いで俺に言った。


「そろそろ退いてよ。レディの朝は忙しいの。」


俺はふと周りを見渡した。広がるのはただの子供部屋であった。俺が壊したのは今思えばただの目覚まし時計で、結界なんてものはなくただの窓であった。


「どうなってたんだ、俺。」

「どうしたの?」


いちいち反応してくる麗花に俺はムッと嫌な気分になる。けれどどんなに不吉なことを願っても、彼女の背中を睨みながら願っても願いは叶わない。俺の手は何も掴んでいなかった。


「ねぇ。」

「ん?」

「あの…さ。」

「あぁ?」

「服着替えるから出て行って。」


麗花は女にしてはかなり強い力で俺を扉の外へ押し出した。俺はそのままよろけて、階段から一階へ落ちる。重い体が素早く沈んでいく。痛みは強く俺は目を閉じて気を失った。


起き上がって部屋に戻ると麗花は消えていた。ただ机に紙が置いてあっただけだった。


(凪君の友達だから許したけど、お母さん怒っていたから後で謝るように。)


俺は静かにそれをくしゃくしゃに丸めてくずかごに捨てた後、階段を再び降りた。廊下を進んでそのまま外へ出ようと玄関の扉を開けると訝しげな顔で立っていた女性と出会った。


「あんたは…麗花の母親か?」

「あなたは今朝の。」

「…」


怯む俺の瞳を容赦なく捉えるその母親。俺は後退りした。


「凪君なら今朝、麗花と一緒に登校していたけれど、何か用があったの?」


俺はただ目で応戦することしかできなかった。願いはここでは使えない。俺は静かにすいません、と謝って親を抜かした。


玄関からネズミのように走って逃げ出すと生暖かい春の風を感じた。


勢いよく走る。風が俺を妨げるように吹いていた。けれども人間の脚力を舐めてはいけない。早々に人通りの多い道へ出た。目標は一つ。

麗花、もしくは凪とやらに会うことだ。


「ねぇ有希ちゃん。有希ちゃんはやっぱりお兄ちゃんのこと好きなの?」


そんな薄い声が聞こえてきた。この耳に届いた。早く黄泉の国に帰りたい。俺はそれを一身に抱えて麗花の元へ進んだ。麗花は俺に気づくと隣にいた少女に聞いた。俺は立ち止まってその様子を観察した。正対した俺と二人の少女。俺は耳を傾けている。


「有希ちゃん、この人知ってる?」

「凪君の友達だと私思ったんだけど。」

「知らない。」


少女はそう言った。言ってしまった。俺を驚かせたのは少女のその返答の内容だけではなかった。麗花は顔を俺に向けた。表情を変えながら。鬼のような形相で、俺を睨み見る。その表情は俺にだけ向いていて、顔は熱く、燃えていた。麗花は一歩足を進めた。俺の方へ。

その小さな少女は一歩引いた。けれどその目は落ち着いていた。

麗花はまた一歩進めた。俺はその時全てが遅く見えた。


麗花の口から煙が出る。麗花は持っていた水筒をその握力で凹ませ路上に投げ捨てた。

俺はまた一歩引く。隣の小さな少女は少し微笑み深い笑みを漏らす。


麗花はついに俺の喉元を掴んだ。そして一度自分の方へ俺を引っ張った。そして大いに往復運動をかけて俺を投げ飛ばした。麗花の前方へ。俺は背中から硬いコンクリートの路上へ沈んだ。体は衝撃に耐えられず節々が割れた。

麗花は赤くなった燃える拳を今度は俺の喉元にぶつけた。貫き屈する。

麗花は本当の鬼のようであった。


俺は目を瞑った。死を悟った。早すぎる死。何もわからずに死んでしまう不安と悔恨。けれどこれが呪いだったのなら俺は呪いから解放されると言うことでもある。

静かに目を閉じて身を任せた。


拳で痛ぶるのは何度も続いた。何回が何十回になり何百回になった。拳の衝突はもう感じなくなっていた。喉元は完全に砕け皮膚はよれて塊、血がそれを覆っていた。


久しぶりに目を開けた。すると丁度なぶるのをやめた麗花がそこにはいた。


麗花は冷たくなった俺に向けてこう吐き捨てた。


「教えを受けていて正解だった。」


それは俺に聞かせる言葉ではないような気がした。目が閉じていく最中、俺は彼女の悲壮な声を聞いた。


「有希が、有希がいない…」






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