神性
「なぁ、ここは本当に何処。」
高千穂村。広がる千のすすきはまさに高千穂。前を先導する若男は右手を挙げて、俺に立ち止まるよう要求した。だから足を止めた。若男は振り向きその額を俺に見せる。
「僕からしたら君が何者か不思議で仕方なくてね。まさか神様だなんて言わないよね。」
明らかに若男の拳には力が入っている。その瞳は俺だけを映していた。底なしの黒い眼だった。
「神様だったらどうするんだい。」
俺の言葉に若男は一歩後退りをした。俺は一歩足を進めて距離を縮める。
「それ以上近づくな。」
若男は手を前に押し出して叫ぶ。けれど重みのない叫びはただの鳴き声でしかなく、俺は問答無用でまた一歩足を進めた。若男はさらに下がる。
「俺が神様だったとして、なぜ逃げる。」
「逃げてなんかいない。」
「なら…」
「君がもしも神だとしたら、それは僕の知らない神様ということになるじゃないか。」
彼の言葉に俺は足を止めた。彼の顔を見る。何よりも恐怖が彼の顔を染めていた。
「知らない神様だったとして、それがどう…」
「異教徒の神はもう懲り懲りなんだ。もう招き入れてはいけないんだ。」
「それは…なぜ。」
「いや…野暮か。」
若男の頬には涙が流れる。俺から目を離さずに若男は涙を拭く。俺は一呼吸おいた。
「俺は神ではない。」
その言葉に彼は反応する。いちいち反応する。
「しかし俺は神を喰ったことがある。」
彼は顔をしかめる。いちいちしかめる。
「お前は砂の子だな。俺は塵の子でも、砂の子でもない。この体には二つの粒が宿っている。」
「疑っているのか?」
若男は首を横に振る。さらに膝をついて俺にひれ伏した。
「…」
俺は手を彼に向けてかざした。そして願う。その刹那、地が割れる。岩が飛び出す。若男の耳を掠めて岩は虚空を舞いそして俺の後方で停止した。
数十の岩。俺の後方で停止する岩。若男は顔を上げてそれを見た。その顔が憎かったからではない。その顔が醜かったからではない。そして願ったことがまさか現実になったことへの喜びが俺をそうさせたわけでもない。
ただ…
次の瞬間、俺は手に再び力を込め、そして願った。願ってしまった。若男は内側から四散して死んだ。
俺はただ茫然とその様子を見ていた。拳は震えていた。
すすきは血で染まって紅い。それは美しい宝石のようで、穢れた異臭を放つものでもあった。そして死んだ若男の顔は、俺が憧れたあの男の顔を思い出させた。静かにその場を立ち去る。踵を返した。
彼の小屋に戻った。女がいた。子供がいた。
だから…
俺は願った。願ってしまった。小屋にもまた紅い宝石が生まれた。俺は一人、目覚めた時と同じ布団に入り、静かすぎる世界で、眠りについた。拳は震えていた。けれど涙は流れなかった。




