芒野
「汝の道は正しく延びている。今紡ぎ出す汝だけの物語にはあらかじめ系譜がある。それを忘れぬように。」
そう聞こえた瞬間、俺の目が開かれた。黄金色の光が瞳に流れ込む。思わず目を閉じて手で顔を抑えた。さわさわと何かが風にたなびく音が聞こえた。時間が経って、俺は慎重に目を開く。俺の先には、黄金のすすき野が一面に広がっていた。俺はしばしそれを眺めるだけの時間を要した。今起きている状況が何なのか、それを理解するのに時間が必要だったのだ。
そしてすぐに俺は雲の低いことに気づいた。自分の身長ほどの高さに浮かぶ白い雲。穏やかな風と共に俺の後方へ移動している。雲は近くまで来るとまるで最初から雲でなかったようにただの霧になる。そして大量の水気で俺の全身を濡らして雲は去る。
そんな体験をしたすぐ後、彼方から勢いよく暖かな風が吹いた。突風だ。前髪が靡いた。そしてまた、すすきも音を立てて揺れた。突風が退いた後、俺は大声を出した。声は遠くまで響いた。けれどやまびこのように声が返ってくることはなかった。ここはあたり一面が同じ高さだった。360度見渡しても山影は何一つ見えない。ずっと遠くまで黄金の野が広がっているだけだった。
「やり直せたのか。でも、どこに。」
俺は静かに座り込んだ。
「航平という奴の世界に戻ったのかな、とも思ったが。そうでもなかったようだな。ここは本当に一体。」
俺の口から心の叫びが溢れる。と、俺は何かの音を聞いた。ヒューンと甲高い音。そして数秒後に聞こえる何かが落ちる音。
俺は走り出した。音のする方へ向かって。この退屈な野原を変える刺激的な何かを求めて。けれど実際は甲高い音もその後の物音も一度きりのことであった。勢いよく走っていた足も次第に目標を忘れ、ついには停止してしまった。
俺はまた一人だった。
最後の抵抗と言わんばかりに背伸びをして辺りを見渡した。すると俺の瞳に、ずっと遠くまで続いているはずのすすき野の終端が映った。黄金色のすすきと無色の空間との境界。俺は新たな目標物に向かって走り出した。
少ししてから俺は辿り着いた。溢れる汗を必死に拭ってその境を見た。境の奥は何もなかった。下を覗くと暗い闇が見えた。横を見た。右左に首を動かした。
どれも同じで何もなかった。
俺は境界にきたのではない、ただ崖の終端に居たのだ。そう結論をつけた。ここは崖の端なのだと。けれど納得できないことが一つあった。
先に広がるのは底の見えない闇。いくら俺のいる平野の標高が高くても底の見えないくらい標高差があるのはおかしい。それに顔を上げて崖の向こうを見ようとしてもそこにはただ雲が広がっているだけ。ますますおかしいのだ。
俺は仕方なく体を翻して数歩足を運んだ。この解明できない謎から離れるために。
すすきで囲まれた場所で俺は身を沈め、足首を伸ばした。鼻からはすすきの優しい香りがする。頭上を彩る金色のすすきが俺の瞳を彩る。
久しぶりの安らかな眠気が俺を襲った。




