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29.恋と好きの違い

29.恋と好きの違い



「ここは何なんですか?」

音楽堂コンサートホール

 サラが白いグランドピアノの方へと歩く後についていく。

 真っ白なピアノの本体には湖の中で咲く花や植物があしらわれ、珊瑚のような枝が所々出ている。

 サラが鍵盤けんばんフタを開けるのを見て、ミウがポロッとこぼす。

「サラ先輩、弾けるんですか?」

「…………」

「う」

 吹雪は吹かない。が、ジトリ感が半端ない。

「……貴族の、基本」

「あ、あはは……そう、でしたね」

 貴族の教養として楽器の演奏が出来ることは必須。聞くのも失礼なレベルなのは間違いない。

「そこ、座って」

 それでもサラがそれ以上、とがめる気配はなく。

 ピアノ近くの腰掛けられる部分を示した。

「何してるんですか?」

 ちらりとサラがミウを見て、片手の人差し指を唇の前に立てる。

 ピアノの譜面台には花の形をしたゴブレット

 サラはその杯に先程の記念香水を注ぐ。

 そして静かに細く白い指先が鍵盤を叩くと、変化が現れ、ミウの耳が軽く跳ねた。

「!」

 一音ごとにピアノからシャボン玉が舞い上がり、弾けたそれがキラキラ光る金の粉に。

 金の粉が香りを振りまきながらピアノの上で五線譜スコアを描く。サラが楽譜の通りにかなでると、音符は弾けて藤へ吸い込まれ、オーロラのように藤の色を変える。

 音楽と光が踊り、広がっていく。

 仄かな香水の香りと、揺れる藤から落ちて消えていく光の雪。淡くもカラフルな燐光が曲と共に輝く。

「すごい……」

 舞踏広間で踊った曲に似ているけれど、それよりも少しだけゆったりとして、真夜中からやがて朝焼けに移り変わる時間を思わせる曲調。

 最後の一音を弾き終わると、その光景はゆっくりと消えて元の室内へと戻る。

「すごいです! サラ先輩!」

 思わず拍手をして立ち上がり、ミウはサラの側に近寄った。

「サラ先輩、ピアノ上手なんですね」

「上手……かどうかは、知らないけど。ピアノは一番、弾きやすいから」

「今のどうなってるんでしょう?」

「この杯に、香水を入れると、それを楽譜に変換する」

 トントンとサラの指が杯の縁をつつく。

「後はその通りに弾けば、今みたいになる、よ」

「事もなげに言いますけど、すごい技術ですね」

隣領地あっちは音に詳しいの、いるし。ルーちゃんは、魔術の組み立て、凄いし」

「あー……そういえば、そうですね」

 既存の魔術を弄って効率化したり、新しい術式を作り出すのはシェルディナードというよりその家系の十八番おはこである。

「人間でも、材料揃えて、術式さえ正しければ、稼働する、なんて術式作れるのは、ルーちゃん以外あんまり見ない、し」

「そもそも普通の魔族は人間でも使えるように、なんて考えませんしね……」

 ここは人間でも魔族でも等しく同じように楽しめる施設として作られているが、そもそも魔族が人間にも同様の楽しみをと考える事自体、この世界では異質。

「でも、あたしはわりと好きです」

 人間が好きかと聞かれると微妙ではある。なんせミウの仕事は迷い込んで来たのではなく、侵略に来る異世界の人間から領地を守る騎士団を指揮すること。

 今のところは面識を持つ人間が当たりで良い印象だが、そうではない人間も多いことは当然知っている。

 それでも、第一階層の職場(シアンレード領)に来てそこに暮らす人たちを見てきたから、やはり彼らが楽しそうだったり嬉しそうだと、ミウも嬉しい。


 ――人間全部が好きなわけじゃないけど、シアンレード領の人たちは好き。


 ――そういう人たちを守ったり、嬉しくさせる、そんな今も好き。


 ――……好き、かぁ。


 虹のように様々な色の『好き』が、胸の中にある。


 ――失恋しても、そこは変わらないもん。


 恋は終わっても、だからって『好き』が無くなることも、嫌いに変わることもない。少なくともミウはない。


 ――恋と好きの違いって何だろ?


 好きな間は恋なら、一生終わることはないだろう。

 恋が終わっても好きなら、やはり恋と好きは別のもの。でもその違いはハッキリしない。

 やがてその好きも、色を変えて、そうしたらこの胸を締めつけるような感覚は薄れて消えるのかも知れなくて。そうなる事を、いのっている。

「ミウ?」

「あ……。すみません、ちょっとボーッとしてました」

「いいけど……」

 そしてサラは静かに鍵盤の蓋を閉じた。

「……技術が凄いって言ったの、ピアノも確かに凄いと思いましたけど、サラ先輩も大概たいがいですよ」

 事もなげに言って行っていたが、いきなり初見の楽譜を見て間違いなく弾けるのは凄いと思うわけで。

「そう、かな? ……みんな、これくらいできる、けど」

「サラ先輩のいう『みんな』は貴族のご令息やご令嬢ですよね」

 一般人でもいるだろうが、そんなの一握りである。

「……確かに。でも、基礎教養、だから。長くやっていれば、誰でも出来るようになる、よ?」

「そういうものでしょうか……。あたしは無理そうです」

「まあ、時間は掛かるだろうけど、たいていのものは、諦めなければ、そのうち出来るようになる、よ。それまでに掛かる時間が違うだけで」

 終わりが見えてきています。

 明日も更新予定です。

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