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12.バカ、ですよねぇ

12.バカ、ですよねぇ



 湖中サイクリングとは、その名の通り湖の中をサイクリングできるというもの。

 上下左右、360度が透明な管(くだ)の路の中を専用自転車に乗って見られるらしい。

「大型の水棲生物が、ぶつかっても、大丈夫な路だから、安全」

「なるほど……」

 天気も良いからさぞかし良い景色が見られるだろう。

「……真っ直ぐ、行きましょうか」

「そう。……良いの?」

「はい。今日は、ちょっとのんびりしたいです」

 サイクリングが嫌いなわけではない。自転車は乗れるミウである。しかし、サラとサイクリング……。


 ――サラ先輩、乗れるんだろうけど、楽しく話ながらって感じでもないし、それに結構路が長そうだし。


 サイクリングは、一人か、複数人なら楽しくおしゃべりしながらが良い。

 二人でサイクリングしてるのに会話が盛り上がらないのは気まずいだろう。しかも長距離。勿論、人によっては気にしないだろうが、少なくともミウとしては誰かと一緒なら少しは会話が欲しい。一人なら景色を見てゆっくり自転車を漕(こ)ぐだけで良いのだが。

 そんなわけもあり、どうせならサラのオススメの方が多少会話も弾むかも知れないという一縷(いちる)の望みを賭(か)けて、ミウは真っ直ぐを選択した。

 通路はそれまでと違って天井の灯りが等間隔でついている以外、何もないグレーの壁と床。距離も遊歩道よりも短く、直ぐに次の部屋への出口が見えた。

「わ。綺麗」

 ほぼ床と次の場所に続く通路口以外、全面ガラス張りの部屋だった。ガラス張りと言っても、少し今までと趣向が違い、高いドーム型の天井はステンドグラスで、敷かれたカーペットは白砂色になっていて透けて落ちた光がステンドグラスの色彩を鮮やかに映し出していた。

 大ホールという感じのそこには、ゆったり寛(くつろ)げそうな長椅子やソファが置かれ、幾(いく)つかの小部屋がくっついている。天井(うえ)を見るも良し、ガラス張りの湖中とそこに泳ぐ魚や水棲生物を見るも良し。

「こっち」

 サラが周囲にくっついている小部屋の一つへと足を向け、軽く手招きした。

 全部で五つの小部屋はどれも近づくと出入口にごく薄い防遮音(ぼうしゃおん)の薄絹(ベール)が掛かっているのが見える。先日ミウがサラに愚痴(グチ)って絡んだ店で半個室にしてくれたアレの高級版と言えた。

 この薄絹は薄ければ薄いほど高価である。凄く近づかないと透明にしか見えないこれは、もうわかるだろう。お高い。

「小部屋は、一時的に貸し切れる、から」

 小部屋の横にある板にサラが手早くコードのようなものを打ち込む。どうやら貸し切りを実践(じっせん)したらしい。

「え。あの」

「一時間の料金、は、カラオケと、変わらない、よ」

 高価なのでは!? と慌(あわ)てたミウに、サラはそう返す。考えそうな事が読まれている。

 平日という事もあり、他に人影もないので誰かと一緒になりそうもないのだが。

 小部屋は、透明なベールが出入口に掛かっているだけなので、ホールからは部屋の中が見える。音がホールに聞こえないだけだ。

 貸し切りに設定すると、職員以外は許可設定した人物以外が入ろうとしても入れなくなる機能がある。

 許可設定された人物の出入りは自由。

 部屋の中はどれも同じで、床は白砂の模様で部屋の中心に向かって軽く砂山のような傾斜(けいしゃ)になっている。

「そっち」

「え?」

 ミウが聞き返す前にサラは床にコロンと寝転がって上を向く。部屋は円柱状になっていて、見上げればきらきら揺ら揺ら、光が水に弾けて混ざって、白砂模様の床に模様を描いている。

 まるで本当に水底(みなぞこ)にいるかのようだ。聴こえるのは、微(かす)かな水の流れが出す音だけ。

「…………」

 とりあえずミウもサラに示された砂山の反対側に静かに寝転んだ。

 部屋に踏み込んだ時から感じていたが、寝転んだ床の感触はサラサラで、本当に砂浜に寝転がっているような気分になる。冷たいまでいかないものの、ひんやりした感じだ。

 そこに寝転がって、水の音を聴いていると、何だか……。


 ――……あ。何か、ダメ、かも。


「……サラ先輩」

 じんわり、目頭に熱が集まる。

「…………」

 返事はないけど、寝てる気配じゃなく。

 もし寝ていても、本当は良くて。

 ただ、吐き出したい。聞いて欲しかった。

「シェルディナード先輩に、幸せになって欲しいんです」

 熱い。視界が歪んで、瞳の縁に熱い水が伝って、目尻に届く。

「……うん」

 返った声は、穏やかで。

「シェルディナード先輩が、好きだったんです。今も、好き、なんです」

「うん」

「負けちゃい、ました、けど」

「うん」

「好きな、ままで」

「そう」

「でも、幸せに、なってくれる、なら、あたし……」

 目だけじゃなく、喉にも熱い何かが込み上げて、喉の奥でざらつくような感覚を覚える。

「あたしじゃなくても、良いかなって、思っちゃって」

「そっか……」

「ずっとずっと、好きだったし、好きなんです。けど、もう」

 ひっく、と。喉がひきつって変な音が出る。

 鼻の奥がぎゅっとなって、ツンとするような気がした。

「他の、人でも、幸せに、なれるなら、良いって、思っちゃっ、う」

 同じ言葉が廻るのは、何でだろう。

「バカ、ですよねぇ」

 明日も更新予定です。

 風邪など引かないようお気をつけ下さい。

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