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13.うん。バカだよね

13.うん。バカだよね



「うん。バカだよね」

 自分で思っていても他人に言われるとくるものがあるのだろう。ミウがサラの言葉に一瞬動きを止める。

「でも、それが、ミウの良いところ、でしょ」

「ぇ?」

 濡れた両目の緑の睫毛(まつげ)が驚いたようにパッチリと開いて、小さな水滴を飛ばす。

 サラは少しだけ身を起こして、向かいの斜面に寝転がるミウを見た。

「それが、ミウの良いところだって、オレは、思う、よ?」

 小さな淡い色の唇が震えて、くしゃりとその顔が歪んだ。反対側に居るから、はっきり見えるわけではないけど、何となくわかる程度には、一緒にいたのだ。


 ――ルーちゃんと、オレと、ミウ。


 わかる程度に長く、一緒に三人で過ごした。

 (こら)えきれなくなったのか、ミウが目許(めもと)を隠すように両腕を顔の上で交差させる。

 ぐっと唇を噛みそうな様子に、サラは静かに手を伸ばし、ミウの頭を優しく撫でた。

「よく、できまし、た」

 ミウが手の感触か、それともその言葉にか、一瞬身を強張らせる。

「がんばった、ね」

 スルスルと指の間を零れる緑の髪。艶やかで、柔らかい。

 頭を撫でる度に、ミウは力を抜いて、代わりに小さな嗚咽(おえつ)が聞こえてきた。

 他のお客もいないし、貸し切りでこの部屋には入って来られない上に部屋の音が外に漏れることはない。

 部屋とホールを繋ぐ出入口からは、ミウのそんな姿は見えないように、わざわざ反対側に行かせたから、それも気にしなくて良い。

 どうせなら、盛大に泣いて良いのにね、と。サラはそんな事を考えた。

「そっち、……横、行って、良い?」

 ひっくひっくと引きつる音だけで、良いともダメとも返事はない。

 それでも嫌なら即座に首を横に振るなり何なり行動(アクション)があるだろう。つまり、何も無いのだから了承(りょうしょう)とサラは取った。

 静かに、まるで野生動物を刺激しないようにする動作でミウの隣に腰を下ろす。その時もミウの顔からは目を()らして見ないようにした。

 そのまま横になって水面が揺らめく天井を見つめる。

 水音とミウの声だけが、水底の光に溶けて。

 しばらくそんな事が続いて、ミウの泣き声も小さくなり、ついに途切れた。

「…………」

 ちらっと天井から横のミウに視線を投げると、泣き疲れたのだろう。涙の(あと)もまだ乾いていない。それでもどこかスッキリしたような顔をしていた。

 叫んで楽になるなら、泣いて楽になるなら、気が済むまでそうすれば良いと、サラは思っている。

 だから止めないし、迷惑だとも思わない。

 寄り添う事くらいしか出来ないけど、それで良いならいくらでも(そば)にいる。



     ◆◆◆◇◆◆◆



 ――ひぇ……。


 子供みたいに泣き散らして寝落ち。

 そして只今(ただいま)覚醒(かくせい)

「おは、よう」

「…………おはよう、ございます」


 ――うわあああああぁぁん! あたしのバカぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 小さい子供じゃない。恥ずかしい。

 完璧な(はじ)上塗(うわぬ)りである。

 すでに絡み酒で(さら)した上に今回の泣き散らし。大人の女性のみならず一応まだ乙女と言って差し支えない外見の女性としていかがなものか。

 有りか無しかで言ったら無い。無い。

 しかもその恥の上塗りをこれでもかと見せつけた相手が全く気にしていない平静(へいせい)

 少しくらい(あわ)てたり気まずい様子ならまだ誤魔化(ごまか)しようがあるのに、一分(いちぶ)(すき)もなく通常状態ではそれも(かな)わない。()んだ。

「た……大変、ご迷惑(めいわく)を、オカケシマシタ」

「…………え。何、それ」

 申し訳なさとその他諸々が煮詰(につ)まった結果、ミウはその場で流れるように土下座(どげざ)した。

 若干(じゃっかん)サラが引いた気配がしなくもない。

 下げた頭に視線が突き刺さっている気がする。何となくではなく、高確率で残念な子を見る目だ。

「……行くよ」

「あ、はい!」

 確実にため息をつかれた。それでも追及されないのはありがたい。

 慌てて立ち上がり、先に部屋を出るサラの後を追い掛ける。

「本来、は、一定時間で、小部屋の光、時間帯が変わるんだ、よ」

 どうやら貸し切りにした時に光の設定を固定していたようだ。朝から夜へと光が移り変わり、それぞれ変わる雰囲気を楽しめるのが本来の楽しみらしい。

 小部屋を出たミウの前にずいっと白地に瑠璃糸の縫いとりがあるハンカチが差し出される。

「え?」

「目、冷やせば」

「ありがとう、ございます」

 受け取ったハンカチは少しひんやりしている。魔術で冷やしたのだろう。

 ホールに幾つかある寝椅子(カウチ)の一つに腰を下ろし、ハンカチを当てていると目許の熱が引いていくのがわかる。


 ――洗って返そう。


 当てた感じの肌触りと良い、繊細(せんさい)な縫いとりと良い、絶対高い。同等のものを代わりに買って返せる自信がない。


 ――いや、ハンカチだから高いって言ってもたかが知れてるけど、一点物とかそういう特殊な気配がしなくもないし。


 何せサラは一般的な服屋の商品を古着とのたまった事もある人物だ。

 その代わり、ちゃんとクリーニング専門店に出そう。そうしよう。ミウはそう心に誓った。

「そろそろ、良い?」

「あ。はい。大丈夫です」

 軽くコンパクトミラーを取り出して確認し、ミウが頷く。

 サラとミウは立ち上がり、次のエリアへと足を向けた。

 少しでも読んで下さっている方が楽しめるものになっている事を祈りつつ。

 次の更新は日曜です。


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