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台風一家  作者: 黒湖クロコ
おまけ
43/43

捕賄徒day

「いっちゃん殿~」

 宿題が終わり、さて今日のおかずは何にしようかとのんびりと考えていると、自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、さらにべとっと窓ガラスにへばりついたイッタンを目にして、俺は慌てて立ち上がった。

「ん? 一郎、どうかしたのか?」

「えっ。あっ。今日は風が強いのかな。洗濯物が飛んできちゃったみたいで……」

 はは、はははと笑いながら、俺は窓ガラスを開けて、イッタンを室内に取りこんだ。そして、くしゃっと折りたたむ。

 ごめんと心の中で、イッタンに謝るが、今日はタイミングが悪かった。俺の家族が妖怪だという事をしらない良と一緒に家で宿題をやっていたのだから。


「ちょっと、洗濯物を戻してくるよ」

「おう」

 ひらひらと手を振られながら、俺は廊下に出た。そしてイッタンを折りたたんでいた手を離すと、ボトッと床に落ちる。

「イッタン、ごめん」

 イッタンはいつも空を飛んでいるので、今回だって空を飛べると思ったのだが、何だか投げ捨てるような形になってしまって、小声で謝った。

「大丈夫……ですぞ」

 もそもそと布が動き、広がると同時に、体を上に持ち上げだ。

「イッタンって、折りたたまれていると、もしかして飛べない?」

「そうですぞ。だから扱いは丁寧に願いしますぞ」

 小さな腕で体の皺を伸ばすイッタンを見ながら、それだけで皺が伸びるなんて便利なような、折りたたまれると飛べないのが不便なような気がするなと思う。あっ。でも羽がないのに飛べる事がすでに凄い事だから、不便というのもまた違うのか。


「そうですか。では、皺を伸ばしましょうか」

「アツッ。熱い、熱いですぞっ!!」

 しゅぅぅぅとイッタンの背後で湯気が上がり、イッタンが手を振りながら、悲鳴を上げる。

「えっ、紅兄。イッタンは布っぽいけど、アイロンを当てたら駄目だと思うよ。というか、アイロンは熱い状態で振り回すと危険だよ」

「いっちゃん殿。兄君はわざと――ぎゃぁぁぁぁっ」

「本当ですね。一郎君のお手伝いをしようと思って持ってきたのですが、危険なようですね」

 イッタンの断末魔の声の隣で、紅兄は爽やかにそう言った。白い歯がキラッと光り、いつもながらのイケメンだ。きっとこういう、おっちょこちょいなところも、女の人にとっては守ってあげたいになるんだろうなと思う。イケメンというものは色々お得だ。

「それで、このトイレットペーパーよりも役立たない布は、何の用なんですか?」

「長男殿……言葉の棘が鋭いですぞ」

「そうですか? 普通だと思いますけれど」

 紅兄……まだ、イッタンの事許してないんだ。あまりにあからさまな嫌がらせに、俺は何と言っていいか分からず、曖昧に笑った。

 普通の人なら、アイロンなどをぶつけられたら大変な事になるので止めるが、イッタンのような妖怪の場合、熱い熱いと言いつつもふーふーと息を吹きかけるだけで治ってしまうぐらい丈夫なのだ。

 その為、以前俺もイッタンに迷惑をかけられたことがあった事もあり、紅兄が許すまではこの対応でも仕方がないかとも思ってしまう。


「えっと、イッタン。そう言えば、今日はどうしたのさ? 石姉に呼ばれたの?」

「そうでもあり、そうではないのでありますぞ。だから大変なのですぞ」

 そうでもあり……そうではない? まるで謎々のような言い回しだ。とりあえず、石姉に呼ばれたけれど、でもそれ以外の用事もあるという事なのだろうか?

「今日は、捕賄徒dayなのですぞ」

「えっと。うん。そう言えばそうだね」

 今日は3月14日。世間では、バレンタインより縮小して、店に陳列棚が並んでいるのを見た。でも結局のところ、チョコをもらった場合のみ返すようなイベントで俺にはあまり関係がない。

 ただ今回はバレンタインの翌日に学校で和栗さんと相田から、友チョコの余りと言ってチョコレートを良と一緒に貰った。その為、勉強会の後、何か一緒に買おうかと言う話にはなっているが……。

 ただ、ふと先月の【刃煉多飲】という、暴走族的な名前イベントを犬兄が言っていたのを思い出す。

「――ホワイトデイって、どう書くの?」

「捕虜の捕、賄賂の賄、使徒の徒でホワイト、dayは、D、A、Yで、英語の日という意味ですぞ?」

 それが何かと言った様子だが、たぶん、一般的なホワイトデイはすべてカタカナか、全て英語の2択で、漢字で書く事はまずないと思う。それとも、妖怪は漢字を使うのが普通なのだろうか。


「それはどういう意味ですか?」

 あっ、紅兄も知らないんだ。だとしたら、やっぱりイッタンが勝手に作った言葉だろう。もしくは、犬兄辺りが噛んでいるかもしれない。

「刃煉多飲の時に、捕虜の様に姉さんに捕まり、賄賂と言う名の劇物を貰った者は、この日は姉さんの奴隷もとい、使徒として働かねばならないのですぞ。前は、『楊貴妃の美貌の秘訣』を探すのを手伝わされて、太平洋を彷徨わされたのですぞ」

 ……あれ? バレンタインとホワイトデイってそんなイベントだったっけ?

 もっと、、こう、なんというか、世間一般では、リア充爆発しろ的なイベントではなかっただろうか? しかも、石姉が渡したチョコを劇物と言った。確かにあの良く分からない肉とかが入ったチョコレートは、劇物指定されても仕方がないかもしれないけれど。

「イッタンは、貰ったの?」

「はい。今年も貰ったでありますぞ。何故か、鉄が溶けたでありますぞ」

 それは本当にチョコレートだったのだろうか。

 嫌がらせで渡したならいいけれど、本当に石姉が相手を思って渡していたとしたら、家族として止めた方がいいと思う。イッタンだから大丈夫だったものの、これが普通の大学の友達だった場合、警察沙汰になりかねない。

 日本の警察は、チョコを作ったんですと言う言葉を素直に信じてくれるだろうか……無理だよな。


「えっと、それで石姉に会いに来たんだ」

「そうですぞ。そして、いっちゃん殿、逃げて下され」

「えっ?」

「姉さんから、いっちゃん殿をディナーができた後、連れて来いと言われたのですぞ。刃煉多飲のお礼がしたいと。おいは、姉さんが大切ですが、ここでいっちゃん殿の命が潰えるのは見ていられないのですぞ」

 えっと。

 何故、お礼が、危険なお礼参りみたいになっているのだろう。というか、命が潰えるって、石姉はまたそんな凶悪なものを作っているのだろうか。

 ホワイトデイの基本のお返しは、クッキーや飴と雑誌に書いてあったけれど……。

「勝手に一郎君を殺さないでくれませんかね、ちり紙以下さん」

「しかしこの日の姉さんの命令は絶対ですぞ。おいは姉さんに本当は逆らってはいけないのですぞ。でもそうすると、いっちゃん殿が……。おいはどうすればいいのか――」

 ……うーん。

 だからわざわざ気を使って、外から俺を呼びに来てくれたんだ。そう考えると、イッタンは悪い奴じゃないんだよなと思う。犬兄や、紅兄には、甘いと言われてしまいそうだけど。

「たぶん、大丈夫だと思うよ。とりあえず、石姉のところへ行こうか」

「一郎君?! 兄である僕が言うのもなんですが、石華さんの手料理は甘く見てはいけないですよ」

「確かに、石姉の料理は絶望的にセンスがないもんね。でも今回、刃煉多飲、もとい、バレンタインでチョコレートを上げたのは俺だから、つまりは俺の願い事を叶えてくれると思うし。石姉? いる?」

 俺は危険そうな台所の方へ向かうと、石姉が顔を出した。今日の服は、ばっちりとエプロンでコーティングされている。

 うん。やっぱり台所でテロを起こそうとしていたんだ。台所の片づけが大変な事になっているかなと思いつつ、素知らぬ顔で俺は石姉の顔を見た。

「実は刃煉多飲のお礼で、石姉にお願いしたい事があるんだけど」

「えっ。今、お礼を作ろうと思ってエプロンに着替えたところだけど、何かリクエストあるの?」

 リクエスト……うーん。ポットドリンクで失敗するレベルだと、何なら大丈夫なのかなと思わなくもないけれど。

 でも俺は、とてもいいタイミングでやって来たようだ。


「石姉、エプロン良く似合ってるね」

「やっだぁ。いっちゃんたら」

 バシバシと手中を叩く石姉の力は間違いなく男のものだけれど、動きはどこまでも可愛らしい。服装に合わせた動きを作れる石姉は、やっぱりプロだ。

「あ、あのね。そんな石姉なら、女心が分かると思うんだ」

「そうね。日本男子たるもの女心が分からないといけないものね」

「実は、良と一緒にホワイトデイのお礼を買いに行こうと思ってるんだけど、何がいいか分からなくて、相談に乗ってもらいたいな――」

「えっ?! 一郎君、まさかチョコを?!」

 何故か後ろからついてきた紅兄が会話に入ってきた。

「何で言ってくれないの?! こうしては居られないわ」

「今日はお赤飯ですね」

「それは、アンタが食べたいだけでしょうが。でも、これはお兄様がひと肌抜かないとよね」


 バッと、石姉がエプロンを脱ぎ捨てた。脱ぎ方が男らしい。

「あの。何か勘違いしてるみたいだけど、チョコレートは――」

 義理だよ?

 そう伝えようとしたところで、ぶぼぼぼぼぼっと地響きがするような、バイクの音が外から響き俺の言葉を打ち消した。

「おい、一郎! 今年はお前からチョコレートを貰ったからな。今日は俺の舎弟を一日貸してやるよ。捕賄徒dayだからな」

 ……舎弟?

 犬兄の……舎弟。

 このバイク音は、ソレなのかな?

「一郎! 窓の外、凄い事になってるぞ? あっ、お兄さん、お姉さんこんにちはっす!」

 うん。見ていないけど、何となく分かってた。妖怪って極端から極端に走るのかなと遠い眼差しになる。

「とりあえず……近所迷惑になるし、出かけようか」

 すべてを上手くいかせる方法はないと思った俺は、とりあえずご近所迷惑だけは避けようと思いそう提案した。ご近所付き合いは大切である。




 その後、犬兄の舎弟、もとい、お友達と仲良くなった事で、和栗さんと相田さんにかなりの勢いで引かれ、失恋パーティーを家族に開かれる事になった。

 でもそもそも義理チョコをもらっただけで、別に春が来たわけでもなく……何故、俺はふられた設定になっているのだろう。自分の命は守れたけれど、この年のホワイトデイは俺の中でブラックデイ――黒歴史として刻まれた。

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