第11話 「言えないから、書いておく」
父の日記を見つけたのは、三年前の秋だった。
実家の押し入れを整理していたとき、奥の段ボール箱の底に、古びたノートが何冊も重なっていた。
表紙は日焼けして、端が折れていた。
一冊を開くと、父の字があった。
細くて几帳面な、右肩上がりの字。
日付が書いてあった。
昭和五十四年、四月——佐伯隆一が四歳の頃だ。
「隆一が幼稚園に行き始めた。泣くと思ったが、泣かなかった」
隆一は五十二歳で、父はもういない。
それなのに、声が出なくなった。
父・佐伯義男は、感情を言葉にしない人だった。
「よくやった」も「頑張れ」も「愛している」も、一度も聞いたことがない。
怒鳴られた記憶もない。
ただ、静かだった。
食卓でも、休日でも、隆一の報告を聞くときも、父はいつも同じ顔をしていた。
何を考えているのかわからなかった。
就職が決まって報告したとき、父は「そうか」と言った。
それだけだった。
翌朝、台所で「飯、食っていけ」と言った。
それが精一杯の喜び方だったのか、今でもわからない。
結婚を報告したとき、「そうか」と言った。
孫が生まれたとき、「見に来た」と電話で言ってきた。
来て、赤ちゃんを一度だけ抱いて、「元気そうだな」と言って帰った。
隆一が仕事で大きな失敗をして、珍しく父に話したことがある。
父は聞いているのかいないのか、黙っていた。
翌週、手紙が来た。「体に気をつけろ」とだけ書いてあった。
それだけだった。
それだけで、三十年以上が過ぎた。
隆一には、ずっと欲しかった言葉があった。
「よくやった」——それだけだった。
たった一度でいい。
仕事でも、何かでも、そう言ってほしかった。
でも父は言わなかった。
定年を迎えても、孫の顔を見ても、言わなかった。
七十八歳で逝くまで、一度も言わなかった。
だから葬儀を終えてから、隆一は何年も同じことを考えていた。
認められていたのか、と。
俺のことを、どう思っていたのか、と。
「そうか」だけで三十年受け取ってきたが、それは何だったのか、と。
日記は、五十三冊あった。
隆一が四歳の春から、父が入院する前の年まで。ほぼ毎日、短く書いてあった。
長くて三行。
短ければ一行。
でも途切れていなかった。
「隆一が小学校に入った。ランドセルを背負って嬉しそうだった」
「隆一が野球で負けて泣いていた。声はかけなかった」
「隆一の就職が決まったと言っていた。よかった。言えなかったが」
「隆一に孫が生まれた。抱かせてもらった。重かった」
「隆一が仕事で失敗したと話していた。何も言えなかった。手紙を送った」
「何も言えなかった」が、何度も出てきた。
言えなかった。
言えなかった。
言えなかった。
でも書いていた。
四十八年間、書き続けていた。
隆一の知らないところで、一人で、書き続けていた。
最後のノートの最後のページに、一行だけあった。
「隆一には言えなかったが、元気でいてくれるだけでいい」
その一行を読んだとき、隆一は声が出なかった。
声が出なくなるということはわかっていた。
でも、それよりも前に、体が動かなくなった。
押し入れの前にしゃがんだまま、ノートを持ったまま、長いあいだ動けなかった。
妻が隣に来て、何も言わずに肩に手を置いた。
それが引き金になって、声が出た。
五十二歳の男が、父の古いノートを持って泣いた。
声が変になった。
止まらなかった。
止めようとも思わなかった。
言えなかったから、書いていた。
四十八年間、言えなかった分を、全部書いていた。
秋の公園に来たのは、特に理由のない日曜日だった。
息子の颯太が小さい頃、よく連れてきた公園だった。
今、颯太は二十五歳で、東京の会社で働いている。
電話をしようとするたびに、忙しいだろうと思って、やめる。
「元気か」と聞くだけでいい。
でも、なかなかかけられない。
隆一はベンチに座って、銀杏を見ていた。
葉が黄色く色づいていた。
風が吹くたびに舞った。
隣のベンチに、四十代とおぼしき男性が座っていた。
子どもが砂場で遊んでいる。
男性はその子を目で追いながら、小さなノートに何かを書いていた。
ボールペンで、短く、何度も書いていた。
隆一は気づいたら「何を書いてるんですか」と聞いていた。
男性が顔を上げた。少し驚いた顔をして、「あ、すみません、変ですよね」と言った。
「子どものこと書いてるんです」
「日記ですか」
「日記というか」と男性は言った。
「こいつに言えないんですよ、こういうこと。嬉しいとか、よく頑張ったとか。なんか照れくさくて、全然言えなくて」
隆一は体が固まった。
男性は続けた。
「だから書いておくんです。今日は転んで泣いてたとか、今日は一人でブランコ漕げるようになったとか。で、最後は毎回同じなんですけど」
男性がノートを見た。
「元気でいてくれるだけでいい、それだけですから、って書いてます。毎日」
隆一は声が出なかった。
「元気でいてくれるだけでいい」——父の日記の最後の一行が、耳の中で鳴った。
細くて几帳面な、右肩上がりの字で書かれていた一行が。
押し入れの前で初めて読んだ瞬間が、今ここと重なった。
目が、熱くなった。
男性が「大丈夫ですか?」と言った。
隆一は「ええ」と言った。
声が少し、おかしかった。
「父がいたんですよ」と言った。
「同じことをしてた人が」
「日記を書いていたんですか?」
「言えなかったから、書いていた人が」
男性は少し黙って、「そういう人、いますよね」と言った。
押しつけがましくなく、ただそう言った。
「伝えたいのに言えなくて、でも残したくて、書く人」
隆一はうなずいた。うなずくことしかできなかった。
男性の子どもが「とーちゃん、見て」と呼んだ。
男性がノートをしまって、「見てるよ」と立ち上がった。
隆一に「失礼しました」と言って、砂場へ歩いていった。
隆一はベンチに一人残った。
銀杏の葉が風で舞った。
光の中で黄色く光った。
子どもの声が遠くなった。
隆一はしばらく、ただそこに座っていた。
父が四十八年間、書いていた。
誰にも見せずに書いていた。
隆一が四歳の春から、入院する前の年まで。
言えなかった分を全部、ノートに書いていた。
「よかった。言えなかったが」
「何も言えなかった」
「元気でいてくれるだけでいい」——それが父の言葉だった。
言葉の形をしていなかったが、確かに言葉だった。
認められていたのか、という問いへの答えは、日記の中にあった。
ずっと、あった。
帰り道、隆一はスマートフォンを取り出した。
颯太の番号を出した。
発信しようとして、やめることを何十回繰り返してきただろう。
今日も一瞬、やめようとした。
かけた。
三回で颯太が出た。
「どうしたの、珍しい」という声だった。
元気そうだった。
「元気か」と隆一は言った。
「元気だよ」と颯太は言った。
「お父さんは?」
「俺も元気だ」と隆一は言った。
それだけで、あとは何も言えなかった。
颯太が「そっか、じゃあまたね」と言った。
「ああ」と隆一は言った。
電話が切れた。
それだけだった。
でも、それで十分だった。
家に帰って、隆一は棚から小さなノートを出してきた。
買ったまま使っていなかったノート。
ボールペンと一緒に机の上に置いた。
椅子に座って、一ページ目を開いた。
日付を書いた。
それから、ゆっくりと書いた。
「颯太が元気だとわかった」
一行書いて、少し考えて、もう一行書いた。
「言えなかったが、それだけでいい」
ペンを置いた。
窓の外で、夕暮れが始まっていた。
空が橙色に染まっていた。
隆一はその色を少し見て、それからノートを見た。
父がそうしていたように。
父から受け取ったものを、今度は自分が持っていく。
言えなくても、書いていける。
それだけで、何かが続いていく。




